第九回『王子様候補生狩り! 赤騎士と水の魔女!』
「な、なんのつもりよ、赤騎士……!! あああ……!」
赤騎士に拳を叩きこまれた女は炎にまみれながら水平に飛ばされ、森の中へ消えていった。真紅の重鎧に全身を包み、両の拳から炎を踊らせているその姿は、逃げ惑う王子様候補生たちにとって夜を照らす紅い悪魔に見えたかもしれない。
「赤騎士、貴様。我々、王子様候補生は協力しあうために集ったのだろうが!」
白い重鎧をまとった女がそう叫ぶ。
「協力? 冗談でしょう、マグノーリア。ふふ」
赤騎士が小さく笑いながら彼女に近づくたびに炎が激しく揺れ、辺りにはいくつもの影が踊り始める。
「私は王子様候補生を狩るために、ここに来ました」
「皆、武器を構えよ! 赤騎士は敵だ! 囲え!」
五、六人の王子様候補生が赤騎士を包囲するように集まる。
「あらあら」
「我々は全員が地区の代表であり強者だ! 思い上がったバカに鉄槌をくだしてやれ!」
「その調子で力を見せてください、王子様候補生の皆さん」
夜更けの森を昼のように照らす、紅蓮の炎が舞い上る。
「その結果いかんでは見逃してあげてもよろしくってよ」
クジラに襲われた魚の群れの生き残りが散っていくように逃げていった王子様候補生たち。赤騎士は倒木に座りながら、彼女たちが残したキャンプで剣に刺した肉を焼いている。丁度良い焼き加減か。そう思い手を伸ばそうとした時だった。背後に気配を感じたのは。
「私だ、赤騎士殿」
「グリセルダでしたか。首尾はいかがでした?」
「王子様候補生を四人、仕留めてきた」
「ご苦労さまです」
グリセルダは隣に座りパチパチと小気味の良い音を立てて燃える炎を見つめている。その青い髪が炎に照らされ揺れる水面のように美しい。
「あなたはずいぶん派手にやったな」
苦笑しながら彼女は目を伏せる。
「王子様候補生以外にもオーガが二匹と数えきれない魔物が炭になっているじゃないか」
「可哀想に。私の上げた炎の明かりに引かれて魔物や亜人が集まってきましたのよ」
「明かりに引き寄せられ、待っていたのは獲物じゃなく恐怖だった。というわけか」
「恐怖? 誰が恐怖ですか。その発言、案件ですわよ」
「す、すまない……」
叱られた犬のようにグリセルダは縮こまる。その様子が少し面白かった。
「そ、それで、あなたの首尾は?」
「一人に逃げられましたが、私は五人片付けました」
「残る王子様候補生は十八人か。いや、私たちを除けば十六人」
「それよりも面白いものを見つけましたわよ」
「ほう? 面白いものだと?」
赤騎士が掌をかざすと、そこには炎が巻き付くようにうねる宝玉が現れた。その宝玉は宙に浮き、輝きの中に二人の少女を浮かび上がらせる。一人は横になり、一人は火の番をしているようだ。
「…………フルル・フルリエ・トリュビエル」
「おや? 知り合いですか」
「……ああ。起きているほうは親友の娘だ」
「面白いものというのは、そのフルルです」
「トリュビエルに興味があるのか?」
「変なの」
「……変?」
「倒したオークの命まで助けようとなさったり。面白いでしょう?」
「それは確かに変だ。亜人なんぞ助けたところでなんの得もない」
「全ての王子様候補生の動向を私の『炎水晶』で監視していましたが、この二人にだけは興味があります」
「トリュビエルともう一人か。……あ。この娘は」
「気が付きましたか」
「……ルミセラ。何故、第二王女が試練の森にいる」
「さあ。何故でしょうね」
炎を操る魔法とは真逆に、涼しげで落ち着いた優しい声でエーベルハルトは笑う。
「これは森で拾ったのですが」
覆った布を外し、グリセルダに剣を見せる。不思議な金属で作られた美しい桃色の刀身。豪華な飾り柄。焚き火の炎を反射し、引きこまれるような魅力を持つ不思議な剣だ。
「立派な剣だな。しかし、剣に刃がない。これでは人は斬れないだろう」
「ええ。恐らくフルルという少女の持ち物です」
「そう言えば会場でトリュビエルが帯剣していたな。この柄には見覚えがある」
「さすがグリセルダ。良い洞察力ですね」
「しかし、そんな斬れない剣が、なんの役に立つというのだろうか」
「さあ。それは私にも分かりかねますが――」
フルル、面白い子です。お陰さまで王子様候補生狩りも少しは楽しめそうですわ。
「たあああっ!」
私は向かってきたコボルトの剣と顔面を同時に左腕の円盾で払い上げた。激しい打撃音。そして彼の顔が跳ね上がり、がら空きになったコボルトの喉を掴むように掌を叩きこむ。
小犬のような悲鳴を上げ、コボルトは喉を押さえながら跪いた。
「キャンって。やだなぁ、わんちゃんを虐待してる気分になるよぉ……」
犬と人間の間の子のような姿。少し可愛らしいが、その性質は獰猛そのもので人間を見ると食料にしようと襲い掛かってくる。……と図鑑に書いてあった。
「このわんころども、有無をいわさず仕掛けてくるなんてムカつく~!」
ルミセラさんはチュパパキャンディを咥えながら器用に叫ぶ。私は苦笑いを浮かべ、跪いているコボルトの後ろに回り、その後頭部へ盾を叩きつける。
「ごめんね。あなたたちの顎って小さくて狙いにくくて……。手早く意識を奪えない」
夜明けと共に順調に森を進んでいった私たちだったが、樹々の合間にあった開けた草原で突然コボルトの一団が襲ってきた。ただ今、夕暮れの中で絶賛交戦中だ。
「心配だったけど武器がなくてもやれそうじゃん」
「私にとっては盾も武器だからねっ」
メイスとミスリル短剣をオーガとの戦いで失ってしまったので、頼りになるのは盾と右腕だけだった。新しい短剣をください! とルミセラさんに言えない小心者の武具屋さんです。
「それにしてもフルフルはさ、顎とか喉とか急所狙い好きだよね」
「そっちこそ、斬るのはいつだって動脈狙いでしょ……」
「一瞬で終わるからね。楽じゃん」
ルミセラさんは剣を持った四匹のコボルトと斬り合いながら余裕の表情だ。そうこうしているうちに、彼女の刃を受けた一匹の首から血が溢れ、私はつい目を背けてしまう。
「私は敵に情けはかけないよ」
「私も情けなんて微塵もかけてないよぅ……」
……命を奪いたくないから奪わないようにしているだけ。それより私も後二匹、相手にしなければいけない。
「パイクなんて持ってるよ、あの二匹のコボルトたち。騎兵でも相手にするつもりだったのかな」
違う。オーガだ。そうじゃなくても、きっと巨人種や大型の魔物と戦う時に使おうとしてたんだ。この場所は小さな草原だからいいとしても、そうじゃなきゃ、こんな森の中で不利な長槍を持ってる理由なんてない。
武器からは色んな情景が思い浮かん――――
思考を遮るように二匹のコボルトパイク兵が、低い唸り声を上げながら突進してくる。
「パイクはそうやって使うものじゃないのに~!」
パイクはその長さを活かしてチクチク攻めて出来るだけダメージを与えた後、それでも近寄られたら抜剣するなりしてとどめを刺すのが基本。
「柄は木製。刃部分は焼入れなしの粗悪な鉄製。せいぜい価格は二千ウィズだね」
私は値踏みをしながら左右から迫る二本のパイクをかわし、コボルトへと駆ける。
「借りるよっ!」
不意な接近に対応できず、慌てるコボルトの腰から剣を抜き取る。そして私はパイクを掴む彼の手首を革製の籠手ごと斬り下ろした。コボルトは苦悶の表情を浮かべパイクを落とし、手首を掴んで座りこむ。
「……後でちゃんと止血してね」
剣は振り下ろした勢いのまま投げ捨て、私は落ちる長槍を足で受け止める。
「お願いだから、わんちゃんたち、みんな死なないでよっ」
パイクを蹴りあげ両手で掴み、私は身構えた。突進してくるもう一匹のパイクをパイクで絡めとるように払い、バランスを崩した相手の肩に穂先を鋭く突き立てる。
「キャンッ!」
「うう、だからその悲鳴止めて欲しい……」
「フルフル! まだ来るよ! 油断しないで!」
そう叫ぶルミセラさんの視線の先に目を向けると、森の中から五匹のコボルトが武器を構えて突進してくる姿が見えた。それぞれが猛犬のような恐ろしい唸り声を上げている。
「うわわ、いっぱい来たぁっ!」
「こっちにも増援来ちゃったし、そっちもなんとか頑張って!」
「やっつけるのはいいけれど……うぅ……」
コボルトの悲鳴は聞きたくないんだけどなぁ……。しょうがない。
「……パイクはこうやって使うんだよっ!」
短く突き、そして素早く引く。一匹の肩にパイクを突き刺し、すぐさま引き抜き次のコボルトの肩めがけて穂先を突き立てる。
「パイクは後の先が基本だからねっ! 攻めてくる相手を迎撃する武器っ!」
更に二匹の肩を突いた横を抜け、コボルトが接近する。私は素早くパイクから手を離し、フレイルを振り上げるコボルトへ、盾を構えて突撃する。
「たああああっ!」
「キャンッ」
突き飛ばされたは犬顔の亜人は昏倒し倒れこむ。
「……ちなみにオークから拝借した、この鉄製円盾は鑑定額一万ウィズ」
せっかくなので決め台詞の代わりに私は呟いた。
「相手は長い武器。接近戦は不利に違いない。だからなんとか近づこう。近づいたなら勝てる。武器の戦いで、その思いこみと焦りは危険だよ。そこに付け入るのが私なりのパイクを扱う場合の極意であり、基本的な――――」
私の長い話に恐れをなしたのか、コボルトたちは逃げ出してしまった。切なくなった私は、剣についた血を振り払っているルミセラさんのそばへと駆け寄る。
彼女もどうやら無事に亜人たちを倒したようだ。
「あんた争いを好まない割に、いざ本気で戦い始めると全力だし滅茶苦茶強いよね」
「それは全力にもなるよ。命を奪わないように戦うには手を抜けないもん……」
「フルフルは本当に甘いんだから~」
「肩の動脈が傷ついてなければいいけれど。大丈夫かなぁ、コボルトたち」
「それより、わんころの増援が来る前に移動す……」
ルミセラさんは言葉を切り、剣を森に向けた。コボルトの増援? 私も慌てて落ちていたコボルトの剣を拾い身構える。ガサガサと茂みが揺れ現れたのは――
「おや。やはり戦いがあったのか」
現れたのは幸いなことに魔物ではなく白い鎧の女性だった。しかしルミセラさんは警戒を解かず、むしろローブに左手を入れ、さらに短剣を取り出している。
「騒ぎを聞いて様子を見に来たのだが。このコボルトはキミたちが倒したのか?」
「そうだけど」
ルミセラさんは更に警戒の色を強める。
「動かないで用件だけ言ってもらえる? 無駄な交戦は避けたいんだけど」
……ルミセラさんって私には凄く優しいし柔らかい雰囲気なのに、普段はこんな厳しい態度なのかな。私には初めて会った時から親切にしてくれてたのに。
「まあまあ、落ち着け」
「どうでもいいけど、動かないでもらえると嬉しいな」
一歩近寄ってきた女にルミセラさんは剣を振って威嚇する。ヒュンヒュンと小気味の良い音がした。私も真似をして剣を振り回したが、かっこいい音は微塵もしない。
「動くなっていうのはね、森に潜んでるお仲間たちにも言ってるんだけど」
「はは、感づいていたのか。頼もしい」
女が首を小さく振ると背後の森から、更に二人の武装した女性が現れた。
「私はマグノーリア・ペトロヴァ。どうだ? この試練の森を抜けるため団結しないか?」




