第八回『花の魔法とキスの味! お母さんは最強の魔女!?』
……お母さん、絵本の巨人が怖くて眠れないよぅ。
フルフル。大丈夫。体格で負けてる大きな人と喧嘩する時はね、急所を狙えばいいよ。
……なにを言ってるのお母さん……。
一番良いのは顎。どんな怪物でも脳が揺れたらオシマイだから。
……顎に手が届かないくらい大きな人が相手だったら?
だったら膝の皿を狙えばいいよ。思い切り。顎が降りてくるから。
「膝ぁ!」
花弁をまとう拳をオーガの右膝に力いっぱい叩きこむ。膝の骨が砕けるような嫌な感触が拳に伝わってきた。オーガは苦悶の表情で叫び、骨が砕けた右膝を地につけた。
「そこ! くっついて!」
花弁が意志を持ったようにオーガの見開いた目に貼り付いていく。一度、くっついた花弁は私が魔法を解除しない限り二度と剥がれない。彼はたまらずハンマーから両手を離す。
「でかした、フルフル……っ。後は私に任――」
ハンマーを放り、両手の自由を取り戻した彼女の言葉には応えず、私は左手で腰のミスリル短剣を抜く。太陽光を弾き、銀色に輝く刃。私は柄を握った左手に右手を添える。
「フルフル!?」
「たああああああっ!」
勢いをつけて巨大な左脛に短剣を深々と突き刺し、私は山のようなオーガを見上げる。
「フルフル危ない!」
目を塞がれたオーガが仕掛けてきた闇雲な攻撃を避け、私は脛に刺さった短剣に足をかけた。そして、その短剣を足場に、私は片膝をついている巨人の左膝へと飛び乗る。
「顎が降りてるよ、オーガさん」
彼の左膝を蹴り、もう一度飛び、私はエンチャントの魔法で強化された拳を振りかぶる。
「咲き渡れぇぇぇぇっ!!」
空をも削り挫くような、拳をオーガの顎めがけて放つ。耳を覆いたくなる激しい打撃音が響き、舞い上がる花弁と共にオーガの顎が跳ねる。まるで森の中に大きなブリッジがかかったかのようにオーガは激しく仰け反り倒れこんだ。
「も、もう力が……」
倒れたオーガに花びらがひらひらと舞い下りるように。全身の力が抜けてしまった私も落ちていく。しかし地面に落ちる衝撃のかわりに、甘いキャンディの香りが漂った。
受け止めてくれたんだね、ルミセラさん。私、助けてもらって……ばっかり。
「凄かったよ、フルフル。お陰で助かった」
良かった。そう安心し、私の意識は霧に呑まれるかのように薄らいでいった。
「むにゃむにゃ。私、ファーストきしゅだったんだよぉ……むにゃ」
「……」
「ルミセラしゃん……甘いきしゅ……キャンディみたい……むにゃ」
「……ルミセラって呼んじゃだめだって」
「むにゃ……せきにんとってくだしゃ……」
「あれは人工呼吸だぁぁ――――ッ!」
「うわわぁ!?」
突然の大声に飛び起きたつもりだったが、私の足はジタバタと空を泳ぐ。
「ど、どうなってるのぉ!?」
目の前には真っ赤になってチュパパキャンディをモゴモゴしているルミセラさん。
「なにがどういう……?」
「落っことしそうだから、暴れないでよ、フルフル~」
「え? ご、ごめん」
……あ、あれれ? 私、ルミセラさんに……。
「お姫様抱っこされてるぅ~!?」
「お姫様抱っこだねぇ」
割と憧れでした、お姫様抱っこ。どういう経緯でこんな状態になっているのか分からないけれど、ちょっといい気分だったりも……。
「あの場所に留まってたら、また別のオーガが出てこないかって心配だったからさ~」
「だから運んでくれたんだね、ありがとう……って、そうだっ。オーガは!?」
「フルフルにぶん殴られて今頃、気持ち良く寝てると思うよ」
「……良かった。ちゃんとやっつけられたし、寝てるなら命にも別状なかったんだね」
「あんたね、あんな化物の心配までしてるの?」
「え? ま、まあ、うん。えへへ……」
そう言えば、でっかいハンマー持ってたっけ。武具屋さんとしては、こう、うずくものがあるのですが。
「あの巨大ウォーハンマー鑑定したかったなぁ。出来れば持ち帰りたかった」
「この子はまた……なにを言い出すのかと思えば」
「どんな素材で作られてたんだろう。見た感じ、なにかしらの金属だったよね。それってつまりオーガにも精錬や鍛冶の技術があるか、もしくはその技術を持ってる誰かと取引して手に入れてるわけだよ。武器はその辺に生えてるわけじゃないし。つまりオーガにもちゃんと文明があって生活もあるのが、あの武器一つで伝わってくるよねっ!」
「伝わってくるよねって言われても、私には全く伝わってこなかったけど……」
「でもほら、こういうことも考えられるよ! 武器を手に入れる知能があるのは簡単に推察できるよね。でも防具は着てなかった。武器があるなら防具だって手に入るはずなんだよ。それなのに防具を着けてなかったってことは、あの地域ではオーガにとって防具を着けるほどの驚異はいなかったのかもしれない。でもハンマーを持ってたってことは、それなりの理由があるわけだよ! 亜人だって意味もなく武器持ってウロウロしてるわけないからね! 私たちとの遭遇はきっとオーガにとっても計算外で――――」
「フルフル、お預け! ハウス……!」
「わんっ! ……って、私、わんわんじゃないよぉ……!?」
「い、犬が鳴き止まない時みたいだったから」
「お預けにハウスまでされちゃった……」
「やっぱりフルフルって語りだしたら止まらないタイプ?」
「うん。あ……っ! そう言えば私のリュックは!?」
「え、オーガのことより、そっち先に考えようよ!?」
「お、置いてきちゃったのかな……?」
抱きかかえてくれているルミセラさんの顔を慌てて見上げて私は安堵の吐息を漏らす。
「心配いらないよ」
彼女の頭の後ろに私の大きなリュックが見えたからである。リュックを背負ってるから、私をお姫様抱っこで運んでくれていたようだ。これも必要、あれも必要。そんな風に荷物をまとめていたら、こんなにリュックが大きくなってしまいました。とは言っても森の中ならナイフ一つあれば生きていける自信はある。あるけれど便利グッズは持ち歩きたい。
「それより、フルフル~。そろそろキャンプする場所探さないとね」
そう言えば日が暮れてきている。
「私、そんなに意識失ってたんだ」
「今日はほとんど気絶してたよ、フルフルは」
「う、うう……本当だね。迷惑かけて、とほほだよぉ……」
「私を助けるために、無理に魔法使って気絶しちゃったんでしょ?」
しょうがないよ、そう言って優しく微笑んでくれる。優しくて本当にかっこいい。それに私の笑顔が好きって。うぅ……なんだろう、ドキドキしてきちゃった。
「フルフル、真っ赤だけど、大丈夫?」
「うんっ、大丈夫だよ、えへへ~」
「滝壺で溺れて服ずぶ濡れだったじゃん。だから心配だったよ」
「あれ? そう言えば私たちの服、あんなに濡れてたのに。自然と乾いたのかな?」
既に夕刻。滝壺に落ちたのは朝方でかなり時間が経ったとはいえ、既に服は乾いている。いや、むしろ服や下着は乾燥しきって干した後のように心地良い。
「脱がして乾かしたんだよ」
「え……!?」
「オーガと戦った場所から移動した後ね。火を起こして服を乾かして、また着せたんだよ」
「脱が……え? で、でもアーテルさんは女の子同士。なにを恥ずかし……脱が……?」
「真っ赤になって可愛いね、フルフル~」
「は、恥ずかしい。私、裸なんてお母さんにしか見せたことなくて……」
「その間、あんたのリュックに入ってたタオルかけといたから、心配しなくていいよ」
「あうう……ありがとう……」
凄い気配り。優しいよぉ……あうぅ。なんだか本気でドキドキモジモジしてきた。
「ところであんたさ、エンチャンターだったんだね」
話を急に変えられて私は首を傾げてしまった。
「エンチャンター?」
「エンチャントの魔法を操る魔法士のこと」
「操るって言っても普段は右手にしかかけられないし、一回使うとすぐ魔力が尽きて意識が朦朧としちゃうけどね。でも、お母さんの剣があれば――」
「フローラと同じ魔法だね」
「……え? どうして、それを知ってるの?」
「花の魔女フローラ。全身に花のエンチャントをまとう最強の魔法士。有名だよ」
「は、はなのまじょ? さいきょうのまほうし?」
確かに教科書でも大々的に取り上げられている超有名な魔女だ。挿絵も写真もなかったので読み飛ばしていた。お母さんと名前が一緒だ~くらいにしか思っていなかったのに。
「お、お母さんって八人の魔女の一人だったのぉ!?」
「知らなかったんだ?」
「た、ただの少し変わった武具屋さんだと思ってたよ……」
「きっとフルフルと平和に暮らしたくて、魔女の立場を忘れようとしたのかもね」
「そうだと嬉しいなぁ」
親子キャンプと称した山篭りで何度か死にかけたこともあったけれど、それも今となってはお母さんとの良い想い出だ。あの時の経験が、今回の冒険で役に立っている。
「家族かぁ。家族って大事だよね、フルフル」
寂しそうに微笑むルミセラさんの表情を見たら。何故か胸がトクンと鳴った。
「今頃、ミルドレッドお姉様は城で、どうしてるんだろ」