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今日から始める王子様候補生  作者: 緑川桜子
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第七回『人工呼吸かファーストキスか! フルルの魔法!』

「んん……」


 瞳を開くと、まず目に飛びこんだのは水で乱れた金色の髪。お母さんの髪?

 ぼやける視界に紫色の瞳がうつる。美しい瞳……誰? アーテルさん? アーテルさんの顔、想像よりもずっと綺麗。それに甘い味。チュパパキャンディみたいな…え? え?


「良かった、フルフル……」


 急激に私の脳が覚醒する。私たち、キス……してた? 

 ええええええええええええええええええ!?

 その瞬間、急に苦しみが走り、私は水を吐きながらむせこんでしまった。


「ゲホッ、ゲホッ……!」

「もう。世話ばっかり焼かせるんだから」

「……ひどい目にあったよぉ」


 ほっとした表情で微笑むアーテルさんの背後には巨大な魚の姿があった。


「うわわわっ!? な、なにこれっ!?」


 よくよく見ると、その巨大魚は真っ二つになっている。


「人間がミミズサイズに見えるくらいに大きい!?  私なんて一呑にされちゃいそう……」

「その魚は…………っていうか死にかけてたのに元気ね、あんた」

「お、お陰さまで。もしかして、また助けて貰っちゃったのかな……?」

「フルフルが落ちた滝壺は結構深くてね~」


 ちょっとした湖のような滝壺に目を向けると確かに深い青をしている。色も深ければ底も深そうだ。そっか。人工呼吸してくれてたんだ。指を自らの細い唇に当てると、ほんのりと頬が熱くなるのを感じた。


「フルフルが溺れてるの見て、すぐに飛びこんだけど、その魚が襲ってきてさ」

「滝壺の主さんだったのかなぁ」

「その主さんがフルフルを朝ごはんにしようとしてたからね。戦いになっちゃって」


 私は立ち上がり、アーテルさんに深々と頭を下げる。


「何回も助けてくれて本当にありがとうございます」

「い、いいってば、照れくさい。頭上げてよ、フルフル~」

「えへへ。ところでこの魚って、どうやって真っ二つにしたの?」

「え……? け、剣で」


 水辺の石に腰を掛けた彼女の剣と、見事に真っ二つにされた魚の切り口を見比べる。


「綺麗な切り口。一刀両断にされてるね。でもガラスの剣がいくら鋭い斬れ味を持っていても長さが足りなくて、あんな風には斬れない。それにどうやって大きな魚を水辺から離れた場所に移動させたのかも分からない。でも不思議なことが起きるのは本に描かれたファンタジーな物語の中だけ。1+1=2。それと同じ。この世界には必ず結果には過程があるから不思議はない。絶対的な式。ちなみに、これもお母さんの教えですっ」

「は、話が長くてお母さんの教えだってことしか頭に入らなかったんだけど」

「ご、ごめん。とにかく、なにかそういう答えや結果が起きる魔法を使ったのかなって。剣の攻撃範囲を広げる魔法かなぁ」


 魔法大国クリームチャットでは、大半の人が魔力を持ち、なにかしらの魔法を扱える。魔法を使えない人間のほうが少ないのだ。アーテルさんも恐らく魔法を使えるはず。

 もちろん、私も――――


「確かに魔法は使ったけど、どんな魔法かは話せない」

「うんっ。分かった。とにかく助けてくれて、ありが…………」

「……ん? どうしたの? 急に雪球を背中に入れられたような顔して」

「今更だけれど、アーテルさんの仮面がない!」

「え……!?」


 慌てて彼女は自分の顔をまさぐる。


「ほんとだ……っ!? 魚とバトルってた時に外れちゃった!?」

「……大切な仮面だったんだね。ごめん」

「仮面はどうでもいいけど……私の正体がバレたら困るん……」


 そこまで言ってアーテルさんは口をつぐむ。

 正体? あれ? この顔どこかで……。


「る、ルミセラ・シャントリエリ・クリームチャ……むぐ!?」


 凄まじい勢いで駆け寄ってきたアーテルさんに口を塞がれ、その勢いで倒れこんでしまった私たち。


「正体がっ! バレたら……! 困るんだけど!?」

「は、はい!」


 魔法大国クリームチャットで王位継承権を持つものは二人。第一王女のミルドレッドと、倒れた私の上に乗っかっている第二王女ルミセラだ。


「で、でも私にはもうバレちゃったし、ここには私しかいないよ……?」

「他の王子様候補生が万が一にも潜んでるかもしれないし、王宮妖精たちが見張ってるかもしれないから」


 王宮妖精。それはあるかもしれない。

 この選抜試験は首位の成績を収めたものが王子様に選ばれる。だったら誰かが試験を監視していなければ成績はつけられないだろう。


「私は本物のアーテルから王子様候補生の証でもある巻物を奪って……なりすましてるの」

「な、なんでそんなことを」

「結婚なんて望んでないミルドレッドを……他人に渡すなんて嫌だから」


 だからアーテル、いや、ルミセラさんは会場でも絶対に王子様になるって言ってたんだ。


「偽のアーテル・アルトが首位なら、試験は無効になるかなって……」

「好きなんだね、お姉ちゃんのこと」

「うん。辛い時、表に出さなくても察してくれたりね。本当に優しい人なの」


 姉との記憶を思い起こしているのだろうか。彼女は幸せそうな表情を浮かべている。


「それじゃ頑張って一位にならないとね」


 きっと他の王子様候補生は、もっと先に進んでいるだろう。私のせいでルミセラさんは、まだスタート地点から然程離れていない滝のそばで人命救助を行っているのだ。


「とんでもない足手まといしちゃってる……とほほだよぉ……」

「それは気にしなくていい。私があんたを守るのは使命でもあるから」

「……使命?」

「詳しくは言えないけど……」


 彼女は口淀みながら立ち上がり、私の上からやっとどいてくれた。差し出してくれた手を掴むとルミセラさんは私を引っ張り立たせてくれる。


「あなたのお母さん、フローラとグリセルダは王立魔法学園時代の親友だった」


 唐突に母の名が飛び出し、私はきょとんと思考が停止してしまった。


「私のお母様、クロウエアもその親友の一人だったの」


 ――お母様? ルミセラさんのお母さんって。……え?


「お母さんと女王様が親友ぅ!?」


 私のお母さん……いったい何者なんだろう。


「まあ、そんな事情でお母様に頼まれたのよ」

「な、なんて?」

「無事に試練の森を越えさせてって。あんたをね」 

「女王様がなんでそんな。親友の娘だから……?」

「さあね。想像にお任せだよ、フルフル~」

「う、うん。よく分からないけれど、分かった……」


 それより本名を隠してても、女王様をお母様なんて言ってたら色々バレバレなのではないのでしょうか、と私は思ってしまう。もし誰かが聞いていたらの話だが。


「あんたを守るのは私が勝手にやってることだから、気にしなくていいよ」

「……出会ってたった一日で、アーテルさんは二回も私の命を救ってくれたよ」


 お母さんの帰る場所を守りたい。私のそんな願いと夢も守ってくれたことになる。


「助けてもらったら、ありがとうだよっ」


 お辞儀をするとルミセラさんは少しだけ照れたようだった。


「それとね、勘違いしないで欲しいけどさ」


 なんのことだろう? 私は首を傾げる。


「本音言うと、その花みたいな笑顔を守りたいから守りたくなったっていうか……その……」


 彼女は桃色に頬を染めている。とても可愛らしい。そして私も照れくさくて赤くなっている気がする。


「やっぱり、優しいね、ルミ……アーテルさん」

「そんなんじゃない! どっちにしても私が好きで勝手に守ってるってことだから気にすんなっての~……!」

「えへへ、ありがとう」


 なんだか、ちょっと不器用な王女様を好きになってきました。


「それにほら、あんたがドジって溺れてくれたお陰で、朝ごはんにもありつけそうだし」


 ルミセラさんは巨大魚に視線を向ける。


「ていうか、フルフル~。これ食べられる種類か知ってる?」

「セイバーリードシクティス。この国の全水域に生息してる狂暴な魚の魔物だね。でもお肉は美味しいよ。今は初夏だけれど秋物は特に油ものってて最高に美味しいの」

「良いね! お肉が美味しいしか頭に入らなかったけど」

「短く説明したつもりだったのになぁ……」


 商品の説明をする場合も情報過多は、お客さんが混乱するだけなので良くないとお母さんに教わった。でも、とにかく説明するのが大好きなので、どうしても止められない。


「お肉の知識もお母さん仕込み?」

「ううん。図鑑の知識」

「本とか文字読むの苦手なのかと思った」

「挿絵がない文章を読むのが苦手なだけで、図解入りの本は大好物だよ」


 武具屋さんは、お客さんが来ないと暇なので色んな本をたっぷり読んでいるのです。


「ほらね、フルフルは足手まといじゃないよ」

「え? そ、そうかな」

「キャンプの時だってどんな場所が危ないか教えてくれたし、この魚が食べられるかだって教えてくれる」


 そう言ってルミセラさんは嬉しそうな表情で抱きついてきた。


「あ、アーテルしゃん……!?」

「ちょっと抜けてるけど、良い相棒だよ」

「……嬉しい」

「最初は自信あったんだけどね。私一人じゃ、この森を抜けられる自信なくなったよ」


 手伝ってね、フルフル。そう言って笑顔のまま私から離れたルミセラさん。彼女の言葉が私には嬉しくてたまらなかった。

 お母さん以外の人から必要とされたのって、きっと初めてだから。


「アーテルさん。私、頑張る。試練の森……二人で突破しようね」

「うん。一緒に……」


 言葉を切り、ルミセラさんは眉をひそめ警戒しているような面持ちで辺りを見回す。何事かと思ったが、彼女が剣に手を伸ばす姿を見て察した。なにか危険が迫ってるんだ。

 耳をすますと確かに、なにか物音が聞こえる。回りの樹々の隙間から漏れ出すように、ざわざわと。獣が茂みを動きまわるような。私はリュックに駆け寄り、引っ掛けてあったメイスを掴み取る。


「……相手はなんだろうね、フルフル。オークかな。それともヘルハウンド種?」


 ――違う。どんどん大きくなるざわめきや樹々が揺れる音。


「茂みの中を動きまわる音じゃない。茂みの上を歩く音だ!」

「え? どういうこと、フルフル!」


 戦慄と緊張感が辺りを覆う。


「アーテルさん! 逃げよう! 巨人種か大型の魔物だよ……っ!」

「……逃げるには、ちょっと遅いかな!」


 樹々が震え、耳を裂くような咆哮。巨木をなぎ倒し、森の中から巨大な男が躍り出た。凶悪そうな髭面。筋骨隆々な体をむき出しにし、下半身には腰布のようなものを巻いている。私が必死にバンザイして背伸びをすれば、ようやく彼の膝に届くか届かないかの巨躯。その太い腕の先には私の背丈を三倍にしたような、大きいウォーハンマーが握られている。


「嘘でしょぉ……。凄いのと遭遇しちゃったなぁ……」

「でっか……! あ、あれ、なんなの、フルフル!?」


 亜人で最も危険で凶悪な巨人種。その中でも最強の怪物。


「オーガ……っ!」


 真っ二つの巨大魚から流れる血の臭いに引かれたか、この水場が彼の縄張りだったのか。それは定かではないが、とにかくオーガは話し合いが通じる相手ではない。

 しかし、話し合いが通じないというのは図鑑で見た知識でしかない。何事もチャレンジが大事である。


「あ、あの! お魚が欲しいなら譲ります!」

「ふ……フルフル!?」


 説得するなんて正気なの!? そう言わんばかりにルミセラさんは目を見開いてる。


「わ、私もオーガと分かり合うのは少し無理があるって分かってるけれどね!」


 狂暴そうに息を荒くし目はすわっている。そして彼は既に巨大な槌を振り上げていた。


「この水場が、あなたの縄張りだったなら、すぐに出て行きま……うわわ!?」


 いきなりルミセラさんに横から蹴り飛ばされて、私は前のめりに転がる。


「な、なにするのぉ……」


 その瞬間、さっきまで私が立っていた場所にウォーハンマーが叩き下ろされた。激しい音と土煙が上がり、ついでに緊張感もどんどん上がっていく。


「あんた、私がいなきゃ何回死んでると思ってるの……っ!?」

「三、四回かな…………うわわわわ!」


 立ち上がろうとした私に、大きなハンマーのなぎ払うような一撃が迫る。

 お母さん、先立つ不孝をお許し下さい……そう頭に浮かんだ瞬間だった。

 誰かに襟首を引かれ、私は今度は後ろのめりになりハンマーの一撃を辛うじて回避できた。鼻先を走り抜けるように、ハンマーが凶悪な風切音と共に空を切る。

 え? 蹴り飛ばして助けてくれたルミセラさんは離れた位置にいるのに。誰が私を?


「フルフル……! 早く逃げて!」


 尻もちをついてしまい、起き上がるのが遅れた私にハンマーが振り下ろされる。

 今度こそ死んじゃう。そう諦めかけた時だった。ハンマーと私の間にルミセラさんが割って入ってきたのは。


「ぐぅ…………重い……っ!」


 す、凄い。私と変わらない小さな体で、あんなに大きなハンマーを受け止めるなんて。

 水平にした剣を両てのひらとウォーハンマーの間に挟み、彼女は必死にハンマーヘッドを押し上げようとしている。


「……思わず飛びこんじゃったけど、この状況、ヤバイ……」


 ガリ……。キャンディを噛み砕く音がした。


「ぼさっとしてないで逃げてよ、フルフル!」

「で、でも!」

「私、左手が自由じゃないと魔法が使えないんだよ……! 本気でヤバイの!」


 ルミセラさんは初めて見せる必死な表情をしていた。ハンマーを押しとどめるために、確かに彼女の両腕は塞がっている。もし、あの巨大魚を真っ二つにした魔法が使えればオーガも倒せるかもしれない。その魔法が封じられ、余裕のない状況なのだろう。

 しかし、オーガはとどめと言わんばかりに、ルミセラさんに接しているハンマーヘッドの逆側を左手で押しこんできた。彼女の足が土に食いこんでいく。


「アーテルさん……どうしよう! 私……」

「……なんにもできないなら、尻もちついてないで早く逃げなさいよ……!!」

「やだ!!」


 戸惑ってる場合でも、ためらってる場合でも、ましてや怯えてる場合でもない……っ!


「ここで働けなければ本当に足手まといだよ!」

「フルフル!」

「たあああああ!」


 必死にメイスをオーガの踵に叩きこむが肉に弾かれダメージが入っている様子はない。


「私からハンマーを離せば、なんとかするから。お願い。あいつの気を引いて!」


 彼女に頷き、私はメイスを必死に振り回す。


「私が相手だよ! こっち見て~!」


 ルミセラさんを潰そうと意識を集中しているのか、いくら殴ってもオーガは私には見向きもしない。そうこうしているうちに巨人のくるぶしに当たったメイスは折れてしまった。


「こ、これだから鑑定額八百ウィズの粗悪品はぁ……!」

「……メイス折っちゃうくらい必死に頑張ってくれて……ありがと」


 ルミセラさんの表情から力がなくなっている。


「ダメ、諦めないで!」

「……それより、ごめん、もう力が……」

「なんとかするから……っ!」

「……逃げて」


 こんな時まで私の心配をしてくれる。そんな人を…………。


「見捨てて逃げられないよ!」


 私はメイスを投げ捨て、右拳を握る。


「アウトプットブルーム!」


 右拳に魔力を集中し叫ぶ。右拳が鋭い光を放ち始める。


「……フルフル。まさか、魔法!?」


 魔法は出来るだけ使うな。そうだったよね、お母さん。私は魔力がほとんどないくせに使う魔法は不釣り合いに強力だから。その分、消耗も激しい。下手したら命を削っちゃう。


「エンチャント……フラワー!!」


 右拳から溢れるように様々な色の花弁が舞う。


「でも今使わなきゃ、私の笑顔を好きって言ってくれた人を守れないから!!」


 私の唯一使える魔法、エンチャント。それは魔法の効果が及んでいる間、対象の攻撃力や強度を跳ね上げる。


「アーテルさん! 今、助けるよ!」 

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― 新着の感想 ―
[一言] フルフルの優しい性格はとても素敵で魅力だけど、もうちょっとしっかりして欲しいです...... じゃないと自身の死亡だけではなく仲間の命と母の願いも何も守らない フルフルのキャラとしての成長を…
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