第五回『仮面の少女VS蒸気の盗賊! オークにも家族がいるかもしれない!』
アーテルが光に包まれ転送された先は、森の中にある小高い山の上だった。
「ここは……」
腰のポシェットから巻物を取り出し、アーテルは現在位置を確認する。王子様候補全員に配布された巻物には現在位置と周囲数十キロに渡り地形が表示される地図の魔法がかけられている。これを見れば目的地と現在地の距離関係も容易に把握できるのだ。
あの小さな武具屋さんは、ちゃんと地図見てくれているだろうか。イマイチ心配だ。
「さあて、捜索開始と行きますか。フルフル、私が見つけるまでやられちゃわないでよ」
アーテルは森を一望し、新しいチュパパキャンディを咥えた。
「フルフル、見ぃつけた」
それは全くの幸運だった。森に入って間もなく、オークの一団を目にしたアーテルは豚面の亜人たちとの交戦を避けるために迂回した進路を取った。大回りした結果、森を抜け開けた崖の上に出た。そこで王子様候補生の女に担がれたフルルを見つけたのだ。
とっさに木陰に隠れ、二人の様子を見る。
……なにがあったのか分かんないけど、なんだか緊急事態って雰囲気だね、こりゃ。
新たなキャンディを口へ運ぶ。甘い物を食べていると脳が癒やされて冷静になれる気がするのだ。どう行動に出ようか迷っていると、女は崖へ一直線に進んでいった。
――あいつまさか。フルフルを崖に……っ。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「……っ!?」
女はこちらの声に驚いたのか、フルルを投げ捨て隙のない動きで身構える。地面に転がった哀れな少女は意識を失っているのだろうか、身動き一つしない。
ま、まさか。生きてるよね?
「あんた、フルフルをどうするつもりだったの」
「気絶してたから介抱してあげてたのよ」
「そうなんだ。でもあんたが咥えてる限定チュパパキャンディのスティック……」
女へ短剣を投げつけると同時に一気に距離を詰め、アーテルは彼女に向かって剣を振り下ろす。
「私がフルフルにあげたものなんだけど!」
弾ける金属音。投げつけられた短剣を柄で弾いた女は、そのままアーテルの剣を刀身で受ける。剣が交差し、火花を散らす。
……手強い。
「そのキャンディ、フルフルを襲って奪ったね、あんた!」
「ご名答。だからなに?」
鍔迫り合いが続く中、女のニヤけた顔が鼻につく。
「なに? って、あんた……」
「ぶん殴ってアイテム強奪したのを恨まれでもしたら面倒くさいじゃない? だから、この子を始末しておこうと思って」
「気持ちは分かるけどさ、試験中に他の候補生から命を奪ったら失格じゃん」
「そうなるわね。でも証拠が残らないように、崖から投げ捨てておけばいいと思うのよ」
「なるほどねぇ」
「分かったら邪魔しないでッ」
言葉を切ると同時に放たれた女の蹴りをかわし、アーテルは距離を取る。短剣を投げようと構えると女は口元に指を当て含み笑いをした。
「なにがおかしいの」
「その短剣、どこから取り出してるのかしら。まるで手品か魔法みたい」
「ローブからだよ」
「そのローブからぁ? 冗談でしょ? ひらひらしてるくせに」
「な、なにそれ」
「短剣が仕込まれてるような重さを感じないってことよ」
……こいつ、よく見てるじゃん。
「それがあなたの魔法? そうよね、魔法大国で魔法が使えない人間はほとんどいない」
「ノーコメント」
「そう。でもね、私は魔法が使えないのよ。分かる? この国でそれがどういうことか」
いいわね、魔法が使えて。女がそう呟いた瞬間、背にしている機械の様なものが動き出し、唸るような音を上げる。彼女は額のゴーグルを目の位置まで下げた。
「仕事にも就けない。就けたとしても奴隷に近い最下層の仕事。使用者の魔力を動力にしてる機械も使えない」
女の言葉を聞き流し、アーテルは警戒する。あの機械、なにかある。
「そんな人間はドンディエゴディアに集まって、細々と慎ましく生きるしかないの」
蒸気のような煙が、ゆらゆらと彼女の背中から立ち上がり始めた。
……なにか仕掛けてくる気だ、こいつ。
「他人から奪いながらね!」
激しく蒸気のようなものが噴出されると同時に、女は高速で間合いを詰めてきた。
「――速っ!?」
魔法大国で行き場も魔力もない人間が最後に行き着く地区、ドンディエゴディア。そこでは魔法の代わりに圧縮した蒸気を使った不思議な機械や技術が発展しているという。その技術を使い略奪行為を続ける盗賊たち。彼女たちは拠点を地下に構える。そして出入り口を兼ねる独特な形状の建物や地下拠点を含めてバンカーと言う。
蒸気を操り地下に生きる彼女たちを人々は、こう呼んだ。
「スチームバンカー……!」
「ご名答。私の『魔法』を見せてあげるわ!」
女の剣から同じように蒸気が溢れ加速する。斬り下ろしの一撃を剣で受け流したものの、受け流した剣は蒸気を吹き出し不自然に斬り上げの軌道へと変化した。アーテルは辛うじて刀身で受け止め、反撃の水平斬りを放つが、女は蒸気を吹き出しながら後方へ飛ぶ。
その蒸気を浴びてアーテルが怯んだ瞬間だった。女は背から溢れる蒸気の勢いを利用し空中で軌道を変えると、こちらに向かい斬りかかってきた。
「な、なんて動き……!?」
「青ざめたぁ? 良い顔。あははははは」
笑いながら剣を振り上げる女の顔に、キャンディのスティックを吹いて飛ばす。
スティックが額に当たり一瞬怯んだ女の攻撃をかわし、アーテルは再び距離を取る。
「……舐めた真似してくれるじゃない」
「まあ、キャンディは舐める物だし?」
短剣を投げるモーションを見せてたらかわされてたろうし、こいつの攻撃、早すぎて投げてる余裕はなかったからね。だから意表を突いてスティックを飛ばしたけど。でも、一時凌ぎ。こいつ本当に強い。私も手加減してられないか。魔法はできるだけ使いたくなかったけど――
女の背から蒸気が溢れだす。また来るか。だったらやるしかないね。そう覚悟を決めアーテルが身構えると、女は後方の森へ蒸気の噴出と共に飛び上がった。
「なんなの、あんた。逃げる気!?」
「やめやめ。あなた、まだ奥の手を隠してそうだもんねぇ」
女は大木の枝に乗り、こちらを見下ろしながら肩をすくめる。
「それにほら、豚さんたちの群れが怖い顔して、ご登場よ」
「げっ……」
森の中から鼻息の荒い複数のオークが現れた。彼らは武器を手に殺気立っている。
「あちゃ~。さっきのオークの群れか。派手にやりあってたから気づかれちゃった感じ?」
「それじゃ、後は豚さんたちと頑張って。私は行くわね」
「……あんた、名前は」
「トリニタリア・セシーナ」
「私はアーテル・アルト。今日のことは忘れないからね」
「はいはい。お互い生きてたらまたどこかでね。チャオ」
バカにするような仕草で手を振りながらトリニタリアは蒸気をまとい、森の中へ消えて行った。
「……引き際も見事じゃん。食えない奴」
それよりフルフルは。
フルルに駆け寄り、アーテルは彼女の首元に手を伸ばす。
「……良かった。生きてる」
後頭部から出血し、呼吸は浅いが脈はある。しかし、多数のオークに囲まれたこの状況。奴らを蹴散らすのは容易でも気絶した少女を戦いながら守り抜くのは、さすがのアーテルでも自信がない。
「起きて、フルフル。かなりヤバイ状況だよ」
揺すっても起きやしない。
「フルフルっ」
オークたちは彼らの言語で仲間に声を掛けあっているのだろう。徐々に数が増えていく。
「これは、本当にヤバイって、フルフル!」
オークが放った弓矢を素手で払いのけ、アーテルの苛立ちは高まる。
「雑魚のくせに。今、矢を飛ばしてきた豚、後でトンカツにしてやる……ッ」
そう呟き、アーテルはチュパパキャンディを口に運ぶ。
甘い物を食べて脳に糖分を送ろう。こんな時こそ冷静にならなきゃ。
「起きてよ、フルル・フルリエ・トリュビエルっ! あんたも王子様候補生なんでしょっ!」
「あー! 思い出したぁ……っ!」
「お、おおぅ。藪から棒になんなの、フルフル~」
オークを全て撃退し――殆どのオークを倒したのはアーテルさんだけれども――とにかく撃退し、一息ついていると意識を失う前の私の記憶が急激に蘇り始めた。
「そうだ。私、トリニタリアさんに……なにかされて……あたた」
「ほら、頭に怪我してるんだから急に大声上げないの」
「うん。助けてくれて本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
私は頭を下げながら、母の教えを思い出す。生肉を好む魔物の習性。
「移動しよう」
唐突な私の言葉にアーテルさんは怪訝な表情で首をかしげる。
「肉食の魔物は血の臭いに引き寄せられて集まってくる種類が多いの。急いでやること済ませて移動しないと」
「フルフルの頭からも血が出てるけど、魔物が寄ってくるのかな?」
「これくらいのかすり傷なら大丈夫。出血量も少ないし。でもオークの血は……」
アーテルさんは動脈などの急所を狙い、細身の剣で一撃でオークたちの命を奪っていった。当然、動脈を斬れば血が溢れだす。彼女は返り血がかからないように出血する方向をコントロールしているかのごとく、オークたちを器用に倒していた。
その血溜まりが、命を奪われたという実感を私に突きつける。
「なに悲しげな目で豚どもを見てるの」
「……どんな生き物でも死んじゃうのを見るのは辛い」
「こいつらは、私たちが死んでもそうは思ってくれないよ、フルフル」
「うん。それでも悲しいよ」
「フルフルは一匹の命も奪ってないじゃん」
「……うん。気持ちを切り替えなくちゃ、だね」
そう言いながら私は絶命しているオークの腕から鉄製の円盾を取り外し、矢の刺さった盾と交換する。
「壊れた私の盾の代わりに頂きます」
そして彼の腰に下がっている革袋を開き確認すると、中には出血止めに使う薬草が入っていた。原始的な物だが効果はある。頭部の怪我にも使えそうだ。
「な、なにしてるの?」
「気持ちを切り替えて使えそうな物を回収してるの」
「な、なるほど……」
「私のポシェットに入れてあった傷薬や包帯、万能解毒剤などなど、全部盗られちゃったみたいなので代わりにね」
息絶えた数匹のオークから使えそうな物を回収し、腰のポシェットに収める。
「戦利品、貰っていくね。ありがとう」
そして私は、まだ息のあるオークの両足を掴み必死に引っ張ってみる。重いが、あの巨大なリュックを背負い持ち上げる腕力がある私には、さほど苦もなくオークを移動させられそうだった。
「……今度は、なにを始めちゃったの?」
「生きてるオークを離れた場所に移してあげなきゃ」
「ま、待って。血に引かれた魔物が、ここへやって来るんだよね?」
「うん。だから急がないと。この子たち、放って置いたら食べられちゃうよ」
「な、なに言ってるの? こいつら、ただの亜人だよ? 人間襲う化物だよ?」
「そうだね。でも私たちがこの森に来なかったら、オークたちだって今日ここで傷つかずに平和な一日を過ごしてたかもしれない」
「……それはそうだけど。こいつら助けたって恩なんか感じないし、どこかで出会ったらまた襲ってくるよ」
「助けた相手がどう思っても構わないよ」
必死に引きずって生きたオークを森の入り口まで運ぶ。血溜まりのある崖から、もっと離さなければ。
「命は出来るだけ奪いたくないし、消したくない……」
「魔物が来るんでしょ? 自分の命を危険に晒してまで、こんな豚、守りたいわけ!?」
「私ね、お花を育てるの好きなの」
「……え? だ、だからなに?」
「お花を育てるの失敗して枯れちゃうと凄く悲しい」
アーテルさんは眉をひそめ、首を傾げる。
「命を育てるのは楽しいけれど、消えちゃうのは悲しいことだと思う」
真っ直ぐに彼女を見つめて精一杯気持ちを伝えた。バカなことをしてるのは分かってる。誰に褒めてもらえることでもない。自衛で相手が死んじゃうのも仕方がないかもしれない。でも……それでも救える命があるなら。
「オークたちにも帰りを待ってる家族がいるかもしれない……そう思うと私」
涙が溢れてくる。このオークたちにも帰りを待つ家族や子供がいて。ずっと帰らない親を待つ子供が増えてしまうのかもしれない。そんなの悲しすぎる……。
「倒したオークの家族を心配して泣いてる人間なんて世界中、探してもフルフルくらいじゃないかなぁ……」
「かなぁ」
「しょうがないな~」
アーテルさんはため息混じりに、私が引きずっていたオークの肩を持ち上げた。
「豚ども、運ぶの手伝ったげるから、さっさと済ませて、とっとと移動しよっか」
「……うんっ! ありがとう、アーテルさん!」