第四十三回『毎日を大切に、幸せな日々を紡いでいこうね』
朝日の差しこむ店内は美しい花と武具で満たされている。留守を任せた、お客様は、しっかりと花の世話をしてくれていたようだ。店内を満たす花の香りが、心地良い。
しかし、そんな花に囲まれながらも、開店準備をしている私は大いに嘆いていた。
「つ、剣……剣ぃ……」
「剣がどうしたの、フルフル~」
店内の床を掃除していたルミセラはモップをバケツの水に浸し、首を傾げる。
「お城で使った剣、全部忘れてきちゃったよぉぉ……!」
「お母さんの剣は持ち帰ってきたんでしょ?」
「それはそうだよ、手に持ってたからね……」
「だったらいいじゃん。どうせ在庫過多だったんでしょ? 鋼鉄の剣」
王女誘拐作戦のために剣の在庫を全てを持って行き、その全てを未回収のままだった。
「忘れなよ、お金なら賞金を貰って有り余ってるんだからさ~」
「あ、それ商人らしからぬ問題発言だよぉ!?」
「私、王女様なんだけど」
「フルル武具店に就職したのだから武具屋さんでしょ……っ!」
「店員さんだし~」
「共同経営者だもん……っ!」
べ~だ、と生意気そうに舌を出して笑うルミセラを私は追いかけ回す。
なんだか楽しい。ルミセラと一緒に暮らせるなんて夢みたい。それに――
「ふふ。走り回っているとバケツを倒しますわよ」
ミルドレッドも一緒に暮らせるようになるなんて。彼女はカウンターに立ち、私たちの様子を微笑みながら眺めている。その微笑みに笑い返しながら走っていた私は、不覚にもバケツを蹴り倒してしまった。床に埃の混ざった輝く水が広がっていく。
「だから言いましたのに」
「掃除当番代わってね、フルフル」
「とほほだよぉ……」
満面の笑みでモップを渡され、私はがっくりと肩を落とした。
「一晩経っても、未だに信じられません」
「うん~? なにがかな」
涙目になりながらモップをかけ続ける私にミルドレッドが語りかけてきた。ちなみにルミセラは倉庫に別のモップを取りに行っている。なんだかんだ言って掃除を手伝ってくれる優しい王女様だ。
「お母様が首謀者だったなんて……」
「うん。ミルドレッドを連れ去ったのは女王様の計画だよ」
あの騒ぎの前夜、リコリスさんが以前のように転送魔法で店にやってきた。突然現れた彼女は有無をいわさず、私を城へと転送魔法で送り飛ばしたのだ。それも女王の部屋へ直接である。そして私に女王様は言った。
「ミルドレッドをさらって欲しいんだよ、フルル~」
「え、えっと……話が見えてきませんがっ!」
「その顔、ウケるんですけど~。動揺してる?」
「女王の部屋に突然招かれ、激しく動揺する私ですが。なにから動揺して良いのか分からないですよ。突然招かれたこと? ミルドレッド誘拐の話? それとも危篤だった女王様が元気いっぱい、顔色をツヤツヤさせてワインを飲んでることー!?」
「フルル。話、長っ」
「恐縮です」
「母親として、もうしばらく娘を自由にしてやりたいんだ」
子供を想う優しい母親の表情。彼女はそんな顔をしている。
「強引にさらうくらいしないと、国を捨てては行けませんわーとか言い張って聞かないだろうからねぇ~」
「ミルドレッドを自由にできるならなんでもします」
「そう? なんでも?」
「はい」
「それなら城へ正面から乗りこんで、かっさらっちゃいなよ。あの大臣たちの鼻もあかせて、せいせいするでしょ?」
「お、お城に正面から乗りこむぅ!? それはさすがに無理ですよぉ……!」
「なんでもするんだよね?」
「な、なんでもします」
「それならよろしく。自分じゃ気づいてないけどね、あんたは、うちの軍隊を全員相手にしても勝てるくらい強いんだよ?」
「私って、そんなに強いんです!?」
「グリセルダを倒したくらいだからね~」
「は、はあ、そうですか」
「まあ城の一つや二つ、落とす覚悟で頑張ってよ」
「……出来る限り頑張ってみます」
「ありがとう、剣の魔女。感謝するよ」
満面の笑みでクロウエア様は強引に私を抱き寄せ、頬にキスをしてきた。
「ほんと、フローラにそっくり」
「それにしても、お母様はどうして快癒なされたのです? なにか聞いてはいませんか?」
「まず病気の原因から話すけれど、魔力がマイナス感情で暴走してたらしいよ」
愛する人と自由に会えない束縛。自分を縛り付ける城を憎み、そして民を捨てて愛に走れない自分の弱さを呪っていた。娘たちの自由すらも奪った弱さ。、そして自分への消せない悪感情は魔力を暴走させた。
「そうやって自分を壊していったんだって。女王様は悲しそうに言ってたよ」
母親の内面を聞かされたミルドレッドは悲しげな表情で目を伏せた。しかし、なにかに気がついたように表情を輝かせる。
「つまり、快癒したということは」
「うん。愛してる人と再会できたんだって」
クロウエア様の愛している人が誰だったのか。そこまでは聞いていない。でも十年以上も会っていないのに愛し続けてしまう相手だ。きっと素敵な人に違いないだろう。
「私とルミセラのお父さんかもしれませんわね」
「もう一人のお母さんかもよ」
「そうですね、ふふ」
「お母様、そんな風に復活したんだね」
微笑み合う私とミルドレッドの間に、ルミセラが現れた。
「うわわっ!?」
「ルミセラ!? 驚きましたわ……っ!」
「ごめん、ごめん。取ってきたよ、モップ」
彼女の背後には空間の裂け目が開いていた。
「あ、ありがとう。本当に驚いたよう……」
倉庫は近いので空間接続魔法で戻ってきたのだろう。歩いて移動するより魔力を使ったほうが疲れそうだが。
「まあ、それでね、ミルドレッド」
私の言葉に彼女は首を傾げる。
「女王様は後、十年は玉座を譲る気がないみたいだよ」
「それは、なによりです」
「公務で第一王女が必要な時以外は、ここで暮らしていいって言ってた」
ミルドレッドは目を見開く。
「三人で暮らせますの?」
「そうだよ、お姉様~」
「うん。ずっと一緒に暮らしていこう。毎日を大切に、幸せな日々を紡いでいこうね」
「大好きですわよ、二人共ぉ……っ!」
涙をぽろぽろと零しながら抱きついてきたミルドレッドを私とルミセラは受け止めた。




