第四十二回『魔女は魔女以外に負けないから、魔女なんだよ』
女王の間に飛び交う大臣や高官たちの罵声や中傷。ルミセラを城から送り出してから数日後。朝から続く不毛な会議ではあるが、ミルドレッドは目を伏せ、全てに耳を傾けていた。無能な王女と何度も繰り返さなくても、そんなことは自分が一番良く知っている。
「こうなったら女王政の撤廃も已むなしですな」
「我々で国家評議会を運営し、新たな秩序を設けましょう」
「王女は冠を拒んだわけですからな、無能以前の問題だ」
飛び交う勝手な議論。しかし自分が女王の地位を継ぐよりは、どれも良い案に思えた。
隣に立つグリセルダが一歩前に出たのを目にし、ミルドレッドは彼女の腕を掴む。
「構わないのです、グリセルダ」
「……しかし、奴らに好き勝手を言わせておいていいのか?」
「私は彼女たちに全ての権を委ねようと思います」
「あんな奴らに……」
「それが国民にとって最善なら構いません」
ミルドレッドは大きく息を吸いこむ。
「みなさん! 私は国家評議会の設営に同意し――――」
そう叫んだ瞬間だった。城が大きく揺れたのは。
「何事だ、リコリス!」
「グリセルダ様。おそらく敵襲でございます」
「て、敵襲だと? バカな……! 国の中央部だぞ、ここは!」
敵対している国はあれど、最前線は遥か北。この城が襲撃された前例など今まで――。
ミルドレッドは眉をひそめる。いや、なにもかもがおかしい。城が襲われたならば真っ先に敵の排除に向かうはずの王宮妖精が何故平然としている。
「リコリス、あなた。……なにか知っていますわね?」
その言葉は女王の間に溢れかえった悲鳴と怒声にかき消された。女王の間。この場所へ続く頑強な扉が、まるでケーキにナイフを入れるかのようにいくつもの剣に引き裂かれ、断片に分かれて飛び散る。強引に開かれた女王の間の入り口から無数の花弁が舞い上がり、ミルドレッドは息を呑んだ。
「ま、まさか……この魔法は」
花びらと共に舞う剣。ざっと見ても三十は超えている。全ての剣は花弁をまとい、光輝いていた。その中心に立っている人物を目にし、ミルドレッドは涙を浮かべる。
「迎えに来たよ、ミルドレッド」
「フルル……」
全ての剣は幾何模様を描くように、フルルの周囲を美しく舞う。その右手には聖剣フローラリアが携えられていた。恐らくフルルは自由に操れる花弁を剣に貼り付けて、間接的に操っているのだろう。まさに剣の魔女に相応しい魔法だ。
「剣の魔女! 貴様……国家へ反逆するつもりか!」
「魔女は政に発言権があるんだよね?」
「だからどうした!!」
「だから発言しに来た!」
「な、なんだと、貴様!」
「第一王女は剣の魔女が連れ去る!」
喧騒に満ちていた女王の間が静まり返った。大きく口を開き、唖然としていた大臣が正気を取り戻したのか腰の剣を抜く。
「各々方、この反逆者を討ち取るのだ!!」
高官たちも伊達に魔法大国で偉そうにしているわけではない。それぞれが魔法の達人なのだ。
「フルル……! お逃げください!」
ミルドレッドの言葉は間に合わず、大臣の言葉に冷静さを取り戻した高官たちは一斉にフルルに向かって魔法を放った。
「アウトプットブルーム」
フルルが静かにそう呟いた瞬間、舞い飛ぶいくつもの剣が一斉に動き出す。そして飛来する炎や雷など、全ての魔法を斬り刻み消滅させた。舞う無数の剣には一つ残らずエンチャントがかけられていたのだろう。頑丈な扉を斬り裂いた時点で、それは明らかだった。こんな強力な魔法に対抗できるのは、この国には夜の魔女か花の魔女しかいない。
「ソード・オブ・プリンセス」
決意と強い意志を感じさせる冷静な声。トリニタリアと戦っていた時のように。
「魔女は魔女以外に負けないから、魔女なんだよ」
フルルの言葉に再び静寂が訪れた。誰一人、物音を立てようとしない。圧倒的な力の差を見せつけられて皆、唖然としているのだろう。
「さあ、行こっか、王女様っ」
歩み寄ってきたフルルは笑顔で手を差し伸べてきた。助けを求めるようにグリセルダへ視線を向けると彼女は目配せし、幸せになと言った。
「で、でも私は国を捨てては行けません……」
「なにも心配しないで、王子様についてきて」
いつもの優しい笑顔。力強い言葉。本当に王子様みたいで。
「私はまだミルドレッドの王子様でしょ?」
ミルドレッドは思わず何度も頷き、フルルの小さな手を強く握り返してしまった。
「誰の許しを得て、こんな勝手を――」
そう言いかけて大臣は身震いをすると言葉を呑みこんだ。何故そうなったか理由は分かる。ミルドレッドも同じだからだ。身震いするほどの恐怖を感じている。
……これは恐怖を操る魔法。
「このクロウエアが許したんだよ」
それは夜を支配する魔女の力。女王の間から奥にある女王の自室へ繋がる通路。そこにはクロウエアとルミセラの姿があった。
「へ、陛下ぁぁ……!」
大臣や高官たちは恐怖に引きつった顔を地面に擦りつける。
「お母様……お体は……」
「治っちゃった」
「治っちゃったですって……!?」
昨日まで危篤状態でしたのに……。
「ルミセラまで……一体これは」
「だから迎えに来たんだよ、お姉様~」
ミルドレッドが呆然としていると、女王は凶悪な笑みを浮かべながら玉座へ腰掛ける。
「それよりさぁ。私が寝こんでる間に好き放題、言いたい放題。評議会だぁ?」
「へ、陛下、許しくだ…………!!」
「楽しい夜の始まりだねぇ」
黒い霧のようなものに包まれ、大臣や高官たちは一斉に女王の間から姿を消した。
「あれは、お母様の支配する異空間、夜の牢獄へ送る魔法ですわ……」
「あ、あの女王様、大臣さんたちはどうなっちゃうのかな……?」
「剣の魔女ちゃんは、また他人の命の心配? あんたお人好しだよね~」
「うん。お人好しかもっ」
「この国が誰のものか、激しく骨の髄まで教育するだけで命までは取らないよ」
「……良かったぁ。ありがとうございますっ」
「それより早く、うちの可愛い王女たち連れて自分の城に帰りなよ、王子様~」
「はいっ! 女王様!」
なにが起きているのか、ついていけないミルドレッドは目を白黒させる。ルミセラが無言で空いている手を握ってきた。
「お姉様、魔力分けてっ」
「え、は、はい」
言われるままに妹へ魔力を分け与える。
「繋がれ!」
女王の間に大きな空間の裂け目が現れた。その向こうには小さな部屋が見える。
「フルルの部屋ですわね……」
「それじゃ女王様! 約束通り炎の魔女は剣の魔女がもらっていきますっ!」
「お母様、元気でね~」
二人に手を引かれ、ミルドレッドは混乱したまま空間の裂け目を通り抜ける。
「お母様、どういうことですのよぉ……!」
「詳しくは二人から聞きな」
「お母様……っ!」
「大切な人といられる時間は限られてる」
優しげな目。こんな優しそうなお母様は初めて……。
「どうか毎日を大切にね、私の可愛い娘たち」
空間の裂け目が閉じると、そこには誰よりも大切な二人が立っていた。




