第三十六回『結婚式と口づけと! 主役は壁の花!』
祝賀会が始まり、貴族や高貴な人々が、ひっきりなしに冒険譚をせがんできた。語るのも説明をするのも大好きな私は、ここぞとばかりに延々と喋り続けた。しかし武器の講釈や魔物の生態について事細やかな解説が始まると皆、逃げていった。やがて上品な音楽が奏でられ優雅なダンスが始まると、みんなはそちらに行ってしまい私はぽつーんと壁に寄りかかって手皿に取ったケーキを寂しく食べている。私にはどうにも場違いすぎる。
「王子様、ダンスのご相手を願えませんか?」
如何にも貴族のお嬢様という綺麗な女性に声をかけられ私は慌てて転びそうになる。
ヒールの高い靴は苦手だよぉ……。
「ご、ごめんなさい、私、食べるのに忙しくて」
「そうでしたか。これは失礼を」
我ながらろくでもない断り方をしたものだ。断った理由は別にある。
……武具屋さんはダンスなんてしたことがないので人前で踊るのは恥ずかしいのです。
「せめてルミセラが誘ってくれたらなぁ……」
しかし、彼女は祝賀会には参加していないらしく姿が見えない。
それに死んじゃった人たちのことを考えると私、心から楽しめないよ。でも生き延びたんだから前向きに明るく生きなきゃかな。いつまでも引きずってたらトリニタリアさんたちだって、きっと喜ばない。
「パーティーの主役が壁の花か、トリュビエル」
「うわわ……!?」
ぼけーとケーキをかじっていた私はいきなり声をかけられ驚いてしまった。
「明日の戴冠式を過ぎれば、あなたは正式に私の主だな」
私の前にはいつの間にか、美しい羽飾りで彩られた青いドレスを着た大人の女性が立っていた。貫禄と威厳をドレスと共にまとっているかのような、美しい女性。
「ぐ、グリセルダさん!?」
ど、どうしよう。気まずいよぉ……。記憶が曖昧だけれど私……この人を、やっつけちゃったんだよね。そうでなくても私はミルドレッドを巡る恋敵みたいに思われてるし……。
そんな私の不安をよそにグリセルダさんは真剣な表情で私の両肩を鷲掴みにしてきた。
「突然だが、あなたに頼みたいことがある!」
「な、なんでしょう!?」
「我が君を……幸せにしてやってくれ」
彼女は涙ながらに、そう訴えてきた。本当に好きなんだ、ミルドレッドのこと。
「約束してくれ、トリュビエル……」
「……私は」
グリセルダさんの想いも背負わなければいけない。結果的に私が彼女から大切な人を、もぎ取ってしまったのだから。頷くとグリセルダさんは深々と頭を下げてきた。
「うわわ……! 顔を上げてくださ――」
「もう一つ!!」
顔を上げてとは言ったが、予想以上の勢いで顔を上げられ私は驚いてしまった。
「明日の戴冠式は結婚式を兼ねていて、あなたとミルドレッドは誓いの口づけを交わす」
「く……くちづけぇ!?」
結婚式なんだから、それくらいするよね。ん? 明日、結婚式なの……!?
「ああ、もぉっ! どこからパニックになればいいのか分かんないよぉ……!」
「とにかく、トリュビエルよ!!」
真剣を通り越して恐ろしい表情で名を呼ばれ、私は強張る。なんだか少し怖い。
「ミルドレッドと口づけを交わした暁には!!」
「あ、暁には?」
「トリュビエルよ、私とキスをしてもらえないだろうか!」
「ええええ……!? な、なに言ってるんですか……!?」
「間接的な口づけで構わない! 私もミルドレッドと――」
「案件ですわよ、グリセルダ」
迫る水の魔女と私の横には炎の魔女が呆れ顔で立っていた。
「ミルドレッド……!?」
同時に叫ぶ私とグリセルダさんに、彼女は苦笑する。
「グリセルダ。廊下で立ってなさい」
「しょ、承知した……」
とぼとぼと去っていくグリセルダさんを微笑ましく思いながら見送る。ミルドレッドへ顔を向け彼女と目が合うと私の顔が熱くなってきた。こ、この人と私は誓いのキスを……。
「お顔が真っ赤ですわね、ふふ」
表情を明るく染め、ミルドレッドは私の額に指を這わせる。
「あ、あうう? な、なんで、みんな……おでこを。うう、くすぐったいよう」「……あなたがどこか悲しそうにしていらしたから気になって」
「それで話しかけに来てくれたんだね」
そして、ついでに水の魔女からも救ってくれて、どうもありがとう。
「優しいね」
「……っ!」
炎のように顔中を赤く染め、ミルドレッドは驚いたように首を振る。
「もしかして照れちゃったのかな。今度はあなたが真っ赤だよ」
「……フルルに優しいなんて言われたら、それは照れますわよ」
ミルドレッドは口元に指を当て、恥ずかしそうに目を逸らした。
「……私、今まで人に恋をしたことがなくて。当然、告白も初めてです……」
「え、こ、告白ぅ!?」
こちらへ一歩近づき、小柄な彼女は私を潤んだ瞳で見上げてきた。
「ですから、うまく気持ちが伝わらないかもしれませんが」
上目遣いに見つめられ、私は照れくさくなり目を逸らす。
「あなたの花のような笑顔と勇敢な魂に……私は心を……」
「う、うう、て、照れてきちゃったよう」
「私は……あなたを心から…………」
唾を飲みこみ、彼女は顔を伏せる。
「な、なんだか、私までドキドキするぅ……」
「……だめ。恥ずかしいです。もうこれ以上……口にできなくってよ」
余程照れくさかったのだろうか。ミルドレッドは私に背を向ける。
「なんだか私も緊張したよぅ、えへへ」
「ご、ごめんなさい……」
「ミルドレッドって、なんだか可愛いね」
私に背を向けていた彼女の肩は小さく震え、耳まで赤くなった。
「……案件ですわ~~~~!!」
そう叫びながら彼女は祝賀会の会場から走り去ってしまった。
「行っちゃった……」
なんだか、とっても可愛かった。グリセルダさんがミルドレッドに惚れている理由が分かった気がする。
「こんにちは、フルル様」
「こんにち……うわわ!?」
いきなり目の前にリコリスさんが現れ、丸太で殴られたように私は驚いてしまった。
「驚きましたか、それは失礼を」
「それはもう大変驚きましたよう……っ!」
スカートの裾を両手で摘み上げ、リコリスさんは優雅に一礼をする。私もせっかくなので真似をしようと思ったが手皿が邪魔で叶わなかった。
「ルミセラ様は、あなたが選抜試験で失われた命を思い、悲しんでいるのではと心配なさっておいででした」
「あの子が私の心配を……」
ルミセラが私のことを考えてくれていた。それだけで頬が緩んでしまう。
「あなたは大変な誤解をなさっています」
「……誤解?」
「先方の準備が整いました。あなたを転送してもよろしいでしょうか」
「え? え、先方? 準備? 転送ってどこへ……?」
「これはルミセラ様のご指示。そしてフルル様にとって大切な話です」
真剣な目。きっと本当に大切な用件なのだろう。
「分かった。なんのことか分からないけれど、リコリスさんに任せる」




