第三十四回『突破、試練の森! 王子様に選ばれたのは誰!?』
「なにから説明したげたらいいかな」
私から離れると、睫毛の長い瞳の涙を袖でこすりルミセラは微笑んだ。
「あ。ルミセラがドレス着てるぅ~!? 王女様みたい!」
「いやいや。私、王女様みたいっていうより、王女様だから」
「そ、そう言えばそうだったね」
嬉しそうに笑うルミセラは漆黒のドレスにティアラを合わせ、どこからどうみても完璧な王女様だった。ストレートのブロンドに素晴らしく黒が映える。
「綺麗……」
「ん~? フルフルだって綺麗だよ」
「どこが? 私なんて眉毛太いし、実は太もも太いし、ちびっちゃいし、腕は細いけれど髪の毛も癖っ毛で服装だって子供っぽ………………」
半身を起き上がらせた私は、自分の着ている衣装を目にして驚愕する。
「えええええええ!? なにこれええ!?」
ベッドから飛び起きた私は錯乱し、部屋中を歩き回る。
薄い桜色のドレス。鎖骨が剥き出しな上に肩まで出ている。床を引きずる長いスカートが実に歩きにくい。広い部屋に置いてあった豪華で大きな鏡に写った、そんな自分の姿を目にして私は再び驚愕する。
「どうなっちゃってるのぉ……!?」
「落ち着いて。王宮妖精が着替えさせたんだよ、フルフル」
「そうなのぉ!? 私のお子ちゃま体型にこのドレスは馬子にも衣装ですらないよ……!?」
「超絶可愛いよ、フルフル~」
「え? ほんと? えへへ」
ルミセラに褒められて私の頬は一気に熱を帯びてきた。
「褒められると笑顔の花が咲いちゃいます」
「その笑顔見てると私も笑顔になっちゃうよ」
ベッドに腰掛けているルミセラとにっこりと微笑み合う。
「それにしても広いお部屋。私のお店よりも何倍も広いし豪華だよぉ。あ、壁にかけてある剣。あれオリハルコン製だっ! 良い仕事してるな~。お値段はざっと見積もって」
「ま、また始まった」
「でもオリハルコン製の剣なんて滅多にお目にかかれるものじゃないし、柄の飾りも――」
……って。そうじゃなくて!
「……ここどこ!?」
私は試練の森にいて。ルミセラが魔法で水の中に閉じこめられて……あれ!?
「ここは王宮だよ」
「グリセルダさんとミルドレッドは!?」
「元気にしてるよ。とにかく試練の森、首位で突破おめでとう」
「え? 試練の森を首位で突破? 私、いつの間にか試練の森、突破しちゃったの?」
ん? 私が首位突破? 話が全く見えてこないんですけれど……!?
「私が分かりやすく説明して差し上げますわ」
「ミルドレッド!?」
いつの間にか部屋の扉が開かれており、そこには森で見た時よりも豪華なドレスを着た第一王女の姿があった。扉を開いた妖精がミルドレッドに一礼し、姿を消す。
リコリスさんのお友達かな? 私に王子様候補生の話を持ってきた妖精リコリス。ふと彼女を思い出し、遠い昔のことのように懐かしさを覚えた。
「ルミセラの説明は少し適当過ぎますわね」
「だって、なにから説明していいのか分かんなかったんだもん……」
チュパパキャンディを咥えた口を尖らせてルミセラはベッドに寝転がった。相変わらず喜怒哀楽が分かりやすい子だ。
「テーブルと椅子をお持ちなさい」
ミルドレッドの言葉と同時に豪奢なテーブルと椅子が三つ、忽然と現れた。
「す、凄い。王宮って便利なんだね」
「王宮妖精は優秀ですからね」
「王宮妖精さんが転送魔法で頑張ってるのかな」
「そうだよ、フルフル。あいつらの転送魔法は一流だからね~」
「……うちのお店にも一人欲しい」
重い武具をいちいち倉庫から出したり、しまったり運ばないで済む。実に便利だろう。一家に一人、王宮妖精。
「それでは座ってお話しましょうか」
ミルドレッドに促され、私たちはテーブルにつく。よく見ると紅茶やお菓子までテーブルには用意されていた。
「なんて優秀なの、王宮妖精!」
「さてと。どこから説明しましょうか」
「は、はい」
彼女はティーカップを手に取り、ゆっくりと私の現在に至るまでの状況を教えてくれた。試練の森の目的地までミルドレッドが私を運んでくれたこと。目的地には転送魔法のかかった装置があり、それに触れると城の広間に送られること。ルミセラの予想通り王宮妖精たちが王子様候補生を監視し点数をつけていたこと。目的地まで到達したのはグリセルダさんとミルドレッド、私の三人だったこと。
そして私が最優秀の成績を収め、首位で王子様に選ばれたこと。
「私が王子様……。そうだ、ルミセラは?」
「私?」
「うん。ルミセラはどうなったの?」
「グリセルダの奴に負けたあの場所から、王宮妖精の転送魔法で城へ逆戻りだったよ」
「そっか……私を守るために」
肩を落とした私の頭をルミセラは優しく撫でてくれた。
「フルフルの役に立てたなら満足だよ」
頼もしく優しい笑顔。そばにいてくれるだけで安心する。
「ありがとう。ルミセラが無事で本当に良かった……」
相変わらず……ルミセラはかっこいい。う、うう……また顔が熱くなってきちゃった。
「フルルがお目覚めになられたのであれば今日は祝賀会ですね」
「私と祝賀会になんの因果関係が……」
「王子様選抜試験突破の祝賀会だよ、フルフル」
「へえ。私、そういうの参加したことないから楽しみ。でも……」
「暗いお顔をなさってどうされました? 体調が悪いようなら延期しましょうか」
……体調は平気だけれど。そう言いよどみ、私は顔を伏せる。
「王子選抜試験で、いっぱい命が失われたよ。人も魔物も……」
そんな私を見やり、王女姉妹は顔を見合わせる。
「……とてもじゃないけれど、お祝いする気分じゃないよう」
森にいた間は泣くだけ泣いたら切り替えて、明るく前向きに頑張ってきた。そうしなければ前に進めないと思っていたから。でも今はみんなの死を悲しむ余裕がある。
「試練の森を無事抜けれたらみんなのお墓を作りたいって思ってたんだ」
「あ~。そのことなんだけどさ」
「あら、もうこんな時間ですか」
豪華な装飾が施されたな壁掛け時計を見てミルドレッドは慌てる。
「申し訳ありませんが、公務や祝賀会の準備が残っていますので失礼致します」
彼女はカップをテーブルに戻し、優雅に立ち上がる。そして茶請けのケーキを口に運んでいた私を輝く瞳で見つめてきた。なんだか、その視線は炎のように熱い。
「お加減がよろしいようでしたら一時間後、国民に姿を見せてさしあげてくださいね」
「こ、国民に!? もしかして、このドレス姿で……!?」
「それはただのパジャマですわよ。もっと素敵なドレスを用意させます」
「こ、この豪華なドレスってパジャマなのぉ……!?」
「ですわー」
「私みたいなちんちくりんが素敵なドレスを着て国民の前に姿を見せるぅ……? 引っこめって石とか投げられないか心配なのだけれど……」
「大丈夫。今のフルフルはクリームチャットの英雄なんだよ~」
「え、英雄!? 寝てる間に、なにがあったのぉ!?」




