第三十三回『起きてよ、フルル・フルリエ・トリュビエル! あんたは王子様でしょっ!』
空を割り、大地を裂くかのような轟音。フルルの振り下ろした巨大な花の剣は大気を震わせ、青空に浮かんでいた雲すらも吹き飛ばした。花の剣は飛散し、花びらとなって辺りへと舞い降りていく。まるで天界から降りそそぐ雪のように。可憐に儚く美しく。
「凄い。……今の一撃は私でも防げたかどうか分かりませんわね」
不思議なことにあれだけ大きな剣が叩きつけられたにも関わらず、森に被害が一切出ていなかった。樹々は風に揺れ平穏そのもの。地面にもなんら異常はない。草一つ折れてはいなかった。そんな中に、へたりこみ呆然としている青ドレスの女がいる。
「グリセルダ。生きていますか」
「ああ……生きているのか私は……」
「真っ二つになったかと思いましたが、どうやら無事のようですね」
「……剣が接触する前に、私の体に合わせて消えていったからな」
グリセルダは無傷のようだ。安堵したミルドレッドはフルルへ目を向ける。
彼女は目が虚ろで足下もおぼつかない様子だった。恐らく限界以上に魔力を使い、疲弊しきっているのだろう。
「……凄まじい魔法だったな。剣に刃が必要ないわけだ……」
「フルルは剣を振りおろす途中で力尽きてしまったのでしょうか」
グリセルダは首を振り涙を落す。
「あいつは……手心を加えたんだ……全てに」
「負けましたね、グリセルダ」
「……剣の補助があったとはいえ、ここまで実力差を見せつけられてはな。私の完敗だ……」
よほど悔しかったのだろう。グリセルダは地に伏し泣き崩れた。
あなたの気持ちは承知していました。いつも私を第一に考えてくれていましたね。
「結局、私を斬れなかったじゃないか、甘ちゃんめ……」
「ありがとう、グリセルダ」
「……気にするな」
水の魔女。あなたの忠誠と愛情に敬意を。そして――。
「フルル」
ミルドレッドの言葉にも反応せず、彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。フルルは握力すら失うほど疲弊しているのか剣を手から零した。
「……ルミセラを……自由にして」
最早、気力だけで意識を保っているのだろう。彼女はミルドレッドを見ていない。
ふらつく足を引きずりフルルは、すぐ目の前まで歩いてきた。
「ルミセラを……」
震える体で彼女は拳を振り上げる。
「返し……て……」
のろのろとした右拳。フルルは薄れいく意識の中でも戦っているのだろう。大切な友人を守るために。ミルドレッドはその拳を左手で受け、倒れかけた彼女を抱きとめる。
「……頑張りましたわね」
気絶してしまったのかフルルの全身は脱力していた。そんな彼女をミルドレッドは思わず強く抱きしめる。
「合格ですわ、フルル・フルリエ・トリュビエル」
彼女を抱くミルドレッドの両腕から炎が上がる。そしてフルルの全身を優しく包んだ。
「癒やしの炎です。今はゆっくりとお休みください」
その時、むず痒いような違和感を右頬に覚える。 指を頬に這わせてみると、そこにはなにかが貼り付いていた。
指でつまみ剥がしてみると、それは――
「まあ。綺麗な花びら」
桃色の小さな花弁。偶然貼り付いたのだろうか。
「なにやらフルルに一本取られた気分です」
「あなたも完敗だな、ミルドレッド」
「……ええ。手も足も出ませんでした」
フルフルっ。
誰かが私を呼んでいる。誰だろう。必死な声。
フルフル。フルフル!
「起きてよ、フルル・フルリエ・トリュビエル! あんたは王子様でしょっ!」
瞳を開くとまず目に飛びこんだのは。
……なんだろう、これ? カーテン? あれ、私、ふかふかのベッドに寝てる? あ、これいわゆる天蓋付きベッドだ。
「ルミセラ……? おはよう」
「おはよう、フルフル~! やっと起きてくれた!」
頭を傾けると目を涙で濡らした金色の髪を持つ少女の姿があった。その口元には棒付きキャンディのスティックが見える。私が天蓋付きのベッドに横たわってルミセラとおはよう? なにそれ。ああ、分かったぞぉ。
「うん、これは夢だ。夢に違いない。夢の中で寝たら、どうなるか試してみよう」
「こらこら、寝ちゃダメだって!」
「んん……?」
「目を覚ましてくれて本当に良かったよ、フルフル王子」
「ルミセラ……? 武具屋だよ、私」
「そうだったね」
彼女は安心したように微笑むとベッドに横たわっている私に飛びかかるように抱きついてきた。
「うわわわ…………ぐえ!?」
突然、のしかかられて私はヒキガエルのような声を上げてしまった。
「ごめんごめん。もう起きてくれないのかと思ってさ。嬉しくて」
「お、起きてくれないって、なにが?」
「一週間、寝っぱなしだったんだよ、フルフルは~」
「一週間も!?」




