第二十八回『空から降って遭遇! ミルドレッド王女!』
ルミセラの叫びがこだまし、私は回転しながらどこかへ向かって転がり続けていた。止まらない私。ずっと転がり続けるのだろうか。それとも岩石にでもぶつかって大怪我しちゃうのかな。下手したら……。
「んぐ!?」
そんな思考を遮るかのように、私は宙に投げ出された。
「が、崖!? うわわわわ……っ!?」
高いところから落ちる夢を見ると、ぞわぞわするけれど、あれの三億倍ぞわぞわだよ! 実際に高いところから落ちると、とってもぞわぞわだ~!
お母さん、先立つ不孝をお許しください。そう覚悟を決めた時だった。なにか生暖かいものに包まれ、落下速度が緩やかになったのは。
「ど、どうなってるのぉ……?」
なんと私の全身はうっすらと炎に包まれていた。
「も、燃え……!?」
熱くはない。炎に包まれた私は、羽になったようにふわふわと、ゆっくり落下していた。そして転がり落ちた時にできたのであろう、擦り傷や痣などが徐々に消えていく。
「え? な? ……なにこれぇ!?」
そんな騒然としている私を誰かが抱きとめてくれた。
「空から女の子が降ってくるなんて。試練の森は不思議な場所ですわね」
私を抱きかかえた少女は無邪気に笑った。その笑顔に見とれていると体を覆っていた炎が徐々に消え去っていく。
「な、なんだったんだろう、この炎……」
「怪我などを燃やし尽くす癒やしの炎です」
「……もしかして助けてもらいました?」
「ええ、誰かを助けるのは理屈じゃありませんからね」
え? その言葉って。
「どうかされましたか?」
「う、ううんっ。ありがとうございました!」
「どういたしまして」
鈴を転がすように笑う少女。この人……どこかで。
左右に結び分けた淡いブロンドの髪。水を弾く白く透き通るような肌。小さく細い肩に綺麗な鎖骨。赤いドレスに真紅のティアラ。そしてこの美しく整った顔。見覚えが……。
「あ、あな、あなたは、まさか」
「初めまして。フルル・フルリエ・トリュビエル」
「み、ミルどりぇっどぉおうい……!?」
「ええ、ミルドレッド・スパトディア・クリームチャットです」
噛み噛みですね。そう笑う王女様に私の頭は真っ白になった。
私は浅い泉の中に尻もちをつき、驚きのあまり口をパクパクとさせている。そんな私を女神のような笑みを浮かべて見下ろすミルドレッドさん。王女様がどうしてこんな場所に? そもそもここはどこなんだろう。
辺りを見回すと美しい光景が広がっていた。
「わぁ。綺麗!」
「素敵なところですね。気に入りましたか?」
王女様に返事をするのも忘れて、私は自然の美しさに魅入っていた。切り立った崖の下、樹々に隠れるように小さな泉がある。私はその泉に腰まで浸かっている。小魚が指を突いてくすぐったい。
「凄く素敵! とっても気に入りました!」
水面が木漏れ日を反射し、まるで液体になった宝石のように輝いている。泉全体が幻想的な青い光を放っているようだった。せせらぎと鳥の歌声が、心地良い。そんな優美な世界の中央には水を滴らせた美しい少女が立っている。まるで神秘的な一枚の絵画のように、完成された芸術品にも見えた。
「楽しそうですわね、ふふ」
「私、綺麗な自然や風景を見ると興奮しちゃって我を忘れちゃうんですよね~」
……その困った性格のせいで今ここにいるわけです。ついでに言うと、前にも同じ理由で滝壺にも落っこちて、とほほだよぉ……。
「こんなに美しいところですもの。気持ちは分かります」
「またピクニックに来たいなぁ」
「危険な森ですのに剛気ですわね」
口元に手を当て笑う彼女の姿は気品に溢れていた。
さすが第一王女様……お姫様オーラに満ちてる。この人がルミセラのお姉さんかぁ。それにしても、なんて優しそうに笑う人なんだろう。
「ミルドレッドと呼んでください。敬語も必要ありません」
「え? そ、それはさすがに勇気が……」
「ルミセラには敬語も使わず、様もつけていないじゃないですかっ」
ミルドレッドさんは子供のように頬を膨らませ、私を睨んできた。
「え? え!?」
「それに私の方が、あなたより年下なのです。親しげに話かけてくださらないと」
「し、親しげって。会ったばっかりなのに……っ!?」
「そうそう。そんな砕けた反応や態度が望ましいです」
今までの神秘的で気品溢れるオーラから一点、無邪気な子供のような雰囲気だ。
「……ん? 待って」
「はい?」
「今、年下って言った……?」
「ええ。私は十二歳です」
「私は十三歳だから確かに年下だね」
「王子様候補生の経歴には目を通してありますので存じあげております」
「ルミセラってミルドレッドさんの妹だよね?」
「つーん。呼び捨てにしてくださらなければ口を利いてあげませんもん」
「み、ミルドレッド……」
「はい。ルミセラは間違いなく妹です」
「ですよね。それってつまり」
…………ええええええええええええええ……!?
「ルミセラって私より年下なのぉ……っ!?」
「ちなみに、あの子は十歳です」
「じゅ、じゅう!?」
十!? 十歳……!?
「三歳も年下ぁ!? ……うわわ!?」
動揺しながら立ち上がった私は、つるつるした水底の石に足を滑らせる。
「あら。大変」
どぼんっと小気味の良い水音が上がり、私は浅い泉に全身を浸からせた。
る、ルミセラが年下ぁ……? 確かに色々とぺったんこな私よりもぺったんぺったんだったけれど、スラリとして大人びた外見で身長も私より少し高くて美人で…………。
「さ、フルル。私の手に掴まってらして」
ミルドレッドに引っ張り起こしてもらい、ようやく立ち上がる。
「重ね重ね、ありがとうございます……」
「水も滴る良い王子様候補生ですわね」
苦笑いを浮かべる私を見つめるミルドレッド。彼女が上目遣いで私の胸元にまで詰め寄ってきた。身長が低い私よりも、彼女は頭一つ分ほど小さい。百四十センチ程だろうか。じいっと見つめられ私は動揺してしまう。




