第二十六回『ねえ、フルル。一緒に暮らさない?』
「片付きましたね」
「ああ。カレンデュラと一緒にいた他の二人も片付けた」
倒木に座り、ミルドレッドはいつの間にか焚き火を拵えていた。
彼女の前には長い枝で作った三脚に吊るされた鉄鍋があり、煮える湯が肉の色を変化させている。鍋は編んだ草で作られた紐で吊るされていた。
「本格的だ。凄いな」
「フルルの真似をしてみました、ふふ」
「鍋はどうした?」
「あなたが倒した三人の誰かが持っていた剣を拾って、魔法の炎で加工して作りました」
「……器用なものだ」
「でも……スプーンと取り皿がうまく焼き切れなくて……」
彼女の回りには焼け焦げたスプーンと皿のような木片が、いくつも転がっていた。
「なんでも炎で作ろうとするから……」
「失敬な。草紐は炎に頼らず、素手で編みましてよ」
頬を膨らませて反論してくるミルドレッドが愛らしい。
「何故、スプーンやらを木製にしようとした。鉄で作ればいいだろう」
「フルルは木で作っていました。紙製の物は手に入れようがないので鍋は仕方なくです」
気になる人の真似をしたがる幼子のようだ。
「それなら木製のスプーンと皿は任せておけ。これでも手先は器用でね」
グリセルダはドレスの袖からナイフを取り出し、微笑んだ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。良い腹ごしらえになったな」
野菜嫌いなミルドレッドがこしらえた鍋には肉しか入っていなかった。それ以前に食べられる野草が彼女には分からなかったのかもしれない。
「それにしても、あの魔法。アクアケージとかいう」
ミルドレッドはカレンデュラたちが浮かんでいるほうへ振り返り苦笑する。
「ぷかぷかと浮かんで水槽の魚みたいですわね」
「ゆっくりと頭を冷やす時間が出来るだろう」
グリセルダもカレンデュラたちへ目を向けた。そこには水でできた球体の中に浮かぶ三人の少女の姿がある。魔法で作られた水の檻。重力に逆らうかのように球体に固定された水の中に対象を閉じこめるグリセルダの魔法だ。
「これで王子様候補生は残り二人か。ルミセラと――」
「フルル・フルリエ・トリュビエルです」
待っているぞ、クロウエアとフローラの娘たちよ。特にトリュビエル、貴様は我が君の心を掴みつつあるようだ。たっぷりと、かわいがってやる。ふふ……。
「へくちっ!」
突然のくしゃみ、そして寒気に私は身震いする。
「風邪でも引いたかなぁ」
「気をつけてよ、フルフル~」
「うんっ。この森で風邪を引いたら命取りだもんね」
「また気絶されても困るし~」
「も、もう気絶しないもん」
この森に来てから何回気絶したんだっけ。四回? 五回……? ま、まあいいや。
「とにかくフルフルが無事で良かった」
「えへへ。ルミセラも無事で良かった」
夜の深い森の中。私とルミセラは肩を寄せあい、小さな焚き火を見つめている。
「トリニタリアさんは私を助けた後、一人で先に行っちゃったって教えてくれたよね」
「あいつ、協調性皆無だからね~」
「嘘でしょ」
「うん。大嘘」
そしてルミセラは、あの時の様子を話してくれた。トリニタリアさんがリザードマンの群れを倒してくれたこと。フルルを守ってと頼まれたこと。
彼女がもう助からないほどの重症を負っていたこと。
「あいつを私は置き去りにした。怒る?」
「私は気絶してて、なにもできなかった。怒れるわけないよ」
「フルフルは誰も責めないもんね。自分のことは責めるくせに」
「私に誰かを責める資格なんてない」
ルミセラは私の首に両腕を回す。
「う、うわわ、ルミセ……っ!?」
「泣いていいよ」
「私……」
「悲しいんでしょ?」
「……う、うう……また守れなかったよぉ……」
私の額に額を寄せ、ルミセラは優しく微笑む。甘い吐息がかかる。キャンディの香り。
涙が止めどなく溢れてきた。
「もっともっと必死に頑張って努力すれば、きっとトリニタリアさんを救えたかもしれない。マグノーリアさんだって……!」
「いつだってフルフルは頑張ってきたよ」
「結局、私は守られてばっかりだよぉ……っ! いつだっていつだって……!!!
「でもさ」
ルミセラに強く抱きしめられ、私は硬直する。
「あいつら、最後はかっこ良かった」
「かっこ良かった……?」
「ある意味、フルフルに救われてたはずだよ」
「でも……死んじゃったら意味ないよ……」
「だからだよ。あいつらも、そう思ったんでしょ」
「……どういうこと?」
「死んだら意味がないから、フルフルを助けたいって思ったんだよ。トリニタリアたちは」
――自分の命も守れないくせに、人の命を守るなんて甘ったれたこというなぁ!!
トリニタリアさんはそう言っていた。守られて大切な人に命を落とされるより、自分も大切な人を守りたかった。そういう意味だろう。お母さんが自分を守るために死んじゃったのを、ずっと怒ってたんだ。大切な人だったから。大好きな人だったから。優しい世界をくれた人だから。生きていて欲しかった。でも自分が弱かったから守れなかった。だから今度こそは守りたい、そう思ってくれたのかもしれない。守る対象を私にして。
「あいつらはさ、誰かの命を守りたい、そんな甘いフルフルを守りたくなったんだよ」
「……私も守りたかったよ」
「あんたの笑顔見てると命がけで守りたくなるんだ、これが」
「なにそれぇ……」
「誰かを助けたいならさ、自分の命もしっかり守ったげないとね」
「うん……強くなりたいなぁ」
「一緒に強くなっていこう」
頬ずりをしてきたルミセラに身を任せ私は目を細める。
「ねえ、フルフル」
「なあに?」
「この森を無事に抜けたらさ、一緒に暮らさない?」
一緒に…………暮……え?
「武具屋さん手伝わせてよ」
「え? え?」
一緒に暮らす? 一緒にクラス? クラスチェンジ? え? 暮らすって言った?
「えええええ!?」
「なに面白い顔してるの。このデコ助~」
私の額にぐりぐりと額を押しつけながら、ルミセラは嬉しそうに笑う。
「い、痛い! お、おでこはだめ!」
おでこ攻めから逃げるようにのけ反った私は後ろに倒れこんでしまった。
私の上に重なりあうように倒れたルミセラの顔が近い。
「うわわ……」
唇と唇が微かに触れ、私の心臓は張り裂けるかのように高鳴る。
甘い香り。彼女の口から伸びるキャンディのスティックが私の頬を擽る。
「……もぉ、なにしてるの。ドジなんだから」
うう、謝りたいのに……変にドキドキ緊張して、言葉がでないよぉ……。
「なんだか真っ赤だね、フルフル~。……わっ!?」
離れたくない! 私は起き上がろうとしたルミセラを思わず抱き寄せてしまった。
「な、なんのつもりか説明してもらってもいい?」
「わ、私も一緒に暮らしたい!」
抱き寄せた理由を説明するのも恥ずかしいので誤魔化すように本音を言ってみた。するとルミセラは体を起こし私を見つめ、ぱーっと明るく表情を緩ませる。
「ほんと!?」
満面の笑みを浮かべた彼女は重なりあった私の体を激しく抱きしめてきた。
「えへへ~。喜んでくれてるみたいで私も嬉しいなぁ」
でも……う、うう? な、なんだか苦しいような……。
「い、いだだだだだ……!?」
そう言えば、この人はオーガのハンマーを受け止めるくらいの怪力の持ち主でした。
「ごめん、嬉しくてさ~。つい力が」
ルミセラが抱きしめる力を緩めてくれたので、私はほっと息をつく。
「私は王女だから困難はあるかもしれないけれどさ!」
こんなに興奮して嬉しそうなルミセラの顔は初めて見た。目が輝いていて本当に可愛い。
「フルフルと絶対に一緒に暮らしたい!」
「うんっ! 私もルミセラと一緒がいいっ!」
「それなら、しっかりとお店の経営持ち直してよね、フルフル~」
「二人のお店のためにも試練の森を突破しなきゃだねっ」
やる気が三億倍くらい湧いてきた! 二人のお店。良い響き!
「こうやって新しい目標をあんたと話し合えるのも、あの人のお陰かなぁ」
「え? どういうこと?」
「バジリスクに襲われた夜のことなんだけどね」




