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今日から始める王子様候補生  作者: 緑川桜子
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第二十五回『手も足も出ない!? 水の魔女の魔法!』

「フルルと仲間たちがマンティコアをも倒したようです」

「ほう。中々やるものだな」


 宙に浮かぶ炎水晶に映しだされた像を見つめながらミルドレッドは楽しげに笑う。


「意識を失ったフルルをリザードマンから守り、トリニタリアが脱落ですね」

「スチームバンカーが? 命を賭けて他人を守るような奴には見えなかったが」

「人は出会いにより変われるものかもしれませんね」


 人と人の出会いか。グリセルダは目を細める。


「フルル。彼女には人を変える力があります」

「どういうことだ?」

「トリニタリアだけではなくルミセラも、あのあどけない武具屋の影響を受けているように見えました」


 グリセルダは炎水晶で常に彼女たちの様子を観察していたわけではないので、なんとも答えられず頷くに留まる。


「マグノーリアもかしら。最後は毅然としていました」


 本当に楽しそうに笑っているな、ミルドレッド。


「トリュビエルは不思議な力でも持っているのだろうか」

「どうでしょうね。でも――」


 炎水晶を見つめながらミルドレッドは目を細める。


「この案件は本当に面白いです」

「そうか。なら倒すべき王子様候補生は残すところ――」

「今、あなたと交戦中の三人を含めて五人です」

「すぐ残り二人になる」


 数メートル先で這いつくばっている三人の少女をグリセルダは見下ろし僅かに微笑む。


「そうですね、お任せします」


 この森にきて彼女は笑うようになった。グリセルダは複雑な心持ちになる。

 ミルドレッドは王宮にいた頃は、いつも悲しそうだった。形ばかりの笑顔を民や官の前では絶やしていなかったものの、瞳には常に悲しみの光が宿っていた。王女としての責務を健気に果たしながらも国の重鎮たちからは無能と責められる毎日。そんな日々が彼女から本当の笑顔を奪ってしまったのだ。それはグリセルダの守りたかったものだったのに。居場所であるはずの王宮ではなく皮肉にも、この危険な森でミルドレッドは笑顔を取り戻した。炎水晶越しに目にするトリュビエルの活躍を無邪気に楽しんでいるようだった。まるで冒険譚を見ているように。


「そしてバジリスクからルミセラを救った何者かですが」

「誰だったのだ、結局」


 ミルドレッドは首を横に振る。


「何者かが現れ、バジリスクを蹴散らす直前、炎水晶にノイズがかかりました。なにも分かりません」

「妨害魔法か」

「恐らく。それも強力な」


 炎の魔女の魔法を妨害できるとなると相当な魔力の持ち主だ。


「それなら何故、ルミセラを救ったものを『何者』だと限定する。人とは限らないだろう」

「ルミセラとバジリスクが戦っていた現場にあった足跡から推測しました」


 炎水晶に二つの足跡が映しだされる。


「小さいのはルミセラの靴跡です」

「大きい方が謎の助っ人か」

「王子様候補生以外の何者かですわね」


 何故そう言い切れるのかと問うと彼女は頷く。


「この大きな靴跡は他の王子様候補生、その全員の靴跡と一致していませんでした」

「……全員の靴跡と比較したのか」

「面白いことは探求したくなるたちですので」


 炎水晶に次々と靴跡が映し出された。


「その後も炎水晶の魔法で、この謎のお客様を捜索していますが引っかかりません」


 彼女の炎水晶は半径百キロ以内のあらゆる場所での探知と追跡、そして監視を可能にする強力な魔法だ。しかし、その魔法でも捉えられないとは。


「あなたの魔法でも見つけられない誰かか」

「王子様候補生よりも、よほど手強い相手かもしれませんね」

「……警戒はしておこう」


 食い入るように見つめていた炎水晶から目を離し、彼女はこちらへ顔を向ける。


「面倒に付き合わせてしまいましたね」

「気にするな。面倒とも思わん」

「ありがとう。結婚相手は、どうしても自分で選びたかったのです」


 国のために尽くしてきた王女。そんなミルドレッドが初めて見せたわがまま。

 ――選抜試験に自ら参加し、伴侶となる王子様候補生を見定めたいのです。

 しかし魔力は強くとも世間知らずの自分は森でどうしたらいいか分からない。だから、あなたにも同行して欲しい。そう頼まれてグリセルダは二つ返事で了承した。現役の国軍長官が権限を使い自らを王子様候補生に推挙する。王宮のうるさがたには、とうとう王位を狙いに来たかと揶揄されたものだ。だが、そんなことはどうでもいい。


「それでは戦いに戻るとしよう」


 理屈も理由も信念も正義も関係ない。私がここにいる理由はただ一つ。私が愛するミルドレッドを嫁にしようなどという不埒な王子様候補生ども。貴様らの全てを撃滅することだ。こいつらもすぐ片付けてやる。


「待たせたな。カレンデュラ・カルボナーラ」


 地に落ちた虫のように草地でもがく少女を見下ろしながらグリセルダは口角をさらに歪める。既にカレンデュラと行動を共にしていた他の二名は戦意を失い、彼女の後ろで怯えた顔をしていた。


「どうした。お前は名高い錬金術士なのだろう? そんなものか?」

「どうしたって言われてもね……なんだい、この魔法は……っ!」


 必死に立ち上がろうとしているが、カレンデュラの手足はつるつると地面を滑り再び地面に這いつくばる。


「す、滑るのだよ」


 カレンデュラの全身や周囲の草地は泡と液体で覆われている。グリセルダの魔法が生んだ液体が摩擦を減らし、立ち上がれないほどに滑ってしまう状況を作り出す。


「ボクは負けないのだよ……っ!」

「なら抗ってみせろ。策がないなら私の勝ちだ」

「……くっ。魔女め……っ」


 カレンデュラは悔しさに満ちた表情を浮かべると片腕を上げた。


「こうなったら……最終手段だね! ゴーレム!」


 彼女が魔法を使ったのだろう。草や木を巻きこみながら地面がせり上がり、十メートルはあろうかという巨大な土人形が出現した。


「魔力が空っぽになったけど……ボクもここまできて負けたくないからね!」

「随分と立派なお友達だ」

「お友達を紹介してやるのだよ!」


 潰せ! カレンデュラの叫びに従い、巨大なゴーレムは拳を振り上げた。


「そんな木偶の坊で水の魔女に本気で勝てるとでも思ったのか、小娘が」

「勝てると思ってるから使ったのだよ!」

「バブルフェザー」


 グリセルダの両手から泡のように透き通った美しい羽が大量に舞い上がる。


「……またその魔法かねっ!」


 泡の羽が次々とゴーレムを覆っていく。土くれの人型は主と同じように全身を液体で覆われると足を滑らせたかのように転倒した。


「学習しない奴だ」


 水しぶきと同時に泡の羽が舞い上がる。


「ゴーレム……立て!」


 すがるような叫びも虚しく、土塊の人形は泳ぐように両手両足を暴れさせる。


「摩擦の少ない世界では大きなお友達も無力だな」

「摩擦を無くす魔法かね……」

「無くしてはいない。摩擦を無くしていたら、あなたは分解され消えている」


 手加減してやったのだ。滑る程度に。


「た、たかが滑るだけの魔法に……ボクが……」

「お別れだ。カレンデュラ・カルボナーラ」

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