第二十一回『獅子とサソリとコウモリと。遭遇、マンティコア!』
「……なんの音よ!?」
木の音に警戒したのかトリニタリアさんは身構えた。私も彼女に続き剣を構える。
「バジリスクは、あのコココって鳴き声で他の個体とコミュニケーションを取ってるの」
「会話……してるの?」
「うん。あの声は小さいけれど数十キロ先の他のバジリスクまで届く。だから後をつけてきた一匹が
仲間に位置を教えたんだ。ルミセラが足を止めた時点でね」
再び木と木がぶつかる音がした。あれは私が今朝、焚き火や料理の準備をするため、森に入った時に仕掛けた鳴子の音。草を編んだロープと枯れ木を使い即席で作った仕掛け。大型の魔物だけに反応するように木と木をロープで結び、敢えて高い位置に設置してある。そして、その鳴子は鳴り響いた。
「あの蛇たちは頭が良い。必ず群れでやってくる。一匹で獲物を襲う無理はしないの」
「……もしかして」
「昨夜、逃げた私たちをつけるために、少なくても一匹は近くについてきてるよ」
それも追跡対象に気取られないように充分に距離を取って。
「……なんて恐ろしい化物なの」
トリニタリアさんは青ざめて周囲を見回す。
「だからオーガよりも、ずっと狡猾で凶悪な魔物なんだよね。バジリスクは」
出来れば出会いたくない魔物だった。あの巨大な蛇たちは川や泉へ夜に集まる習性がある。水を飲みに来る別の生物を捕食するために。魔物の住む森で夜の水場は危険極まりない場所なのだ。
「鳴子が鳴ったってことはバジリスクか同じような大型の魔物が近づいてきてる」
「あの変な音、あなたが仕掛けたのね」
「うん。魔物が来るのに、トリニタリアさんは逃げないの?」
「逃げないわよ。逃げるなら、あなたも一緒」
「私は後一日、この場所でルミセラを待つつもりだから、なにが来ても逃げな……わっ!?」
彼女は笑顔を見せながら、私の小さなお尻をひっぱたいてきた。
「な、なにするのぉ!?」
「なら後一日、付き合うわよ」
「……ど、どういう風の吹き回しかな?」
「私は他人の命より、自分の命や守りたい宝が優先」
「だったら危険に付き合うことないよ」
「好きで残るんだから気にすることないわ」
「わ、私がトリニタリアさんの守りたい宝ってこと?」
「悪い……?」
赤くなったトリニタリアさんに微笑んだ瞬間、空から巨大な物体が降ってきた。
十メートルほど先に土埃が舞い上がる。
「うわわわ!? びっくりしたぁ!」
「……来たわね!」
土埃の合間に、もう見慣れた白銀の鱗が見えた。やはりバジリスクだ。
「でも、どうして空から……」
「トランポリンでも踏んだのかしら」
「そ、そんなわけ……」
よく見ると巨大な蛇は全身を血に染め、ピクリとも動く様子がない。
「もう死んでるんじゃない?」
「分からない……。でも、なにがあったんだろう」
剣を構え、蛇に一歩近づこうとした私の上を大きな影が過ぎる。文字通り黒い影だった。太陽が隠されたかのような大きな大きな影。思わず見上げて私は息を呑む。
「あれって。……なによ」
バジリスクの血なのだろうか。その大きな顎を赤に染める獰猛そうな表情。
それは人と獅子の間の子のような恐ろしい顔立ちをしていた。獅子の体に生えたコウモリの翼を羽ばたかせ、空から私たちを見下ろしている。
「……マンティコア!!」
「強いの、それ」
「バジリスクの捕食者で天敵って言ったら、どれだけ危険な相手か伝わるかなっ……」
恐らく私たちをつけてきていたバジリスクを餌にしようとしていたのだろう。運悪く私たちはマンティコアの縄張りに入っていたらしい。
「あ、あの蛇野郎を食べる化物ですってぇ……?」
蠍のような尻尾をくねらせ、マンティコアは殺意を溢れさせるように激しい咆哮を上げた。大気を震わせ、そして身も心も凍てつかせるかのような、恐ろしい叫び。
「あの尻尾は……ま、まずいよ……」




