第二十回『和解もつかの間! 新たな魔物の影!』
涙を拭いたトリニタリアさんが剣を納めてくれたので、私は安堵の息を吐く。
「うう緊張したよぅ。ひ、人と実戦で剣を交えるなんて生まれて初めてで……」
「は、初めての対人戦?」
「うん」
「それであの強さ? 呆れたわ……」
「あ、あはは」
緊張の糸が切れてしまい、私の両手両足は震え出し、その場に座りこむ。
「あなた、今までそうやって情けないフリして相手の油断を誘ってきたの?」
「ち、違うよ!? 私が情けなく見えるとしたら、それは素だよ……!?」
我ながら弁解になってない弁解をした気がする。
「そう言えば今まで腹パンチを防げなかったくせに今回は余裕で受け止めてくれたわね」
「……うう、お腹パンチはひどいよぉ……本当に苦しいんだから」
「そんなことはどうでもいいのよ。今までのは? わざとくらってたの?」
「ち、違うよ。単純に避けられなかっただけだよ」
「そう言えばマグノーリアに襲われてた時も抵抗してなかったし、そういう趣味?」
「しゅ、趣味……?」
「……どえむの人かしら?」
「えむ違うもん……っ!」
私は必死に首を振る。
「ど、どえむというと、いわゆる痛いのとか苦しいのを喜びにするマゾヒストな人たちの上位種を指す言葉だったはずだよね」
「上位種って。まあ、どえむはマゾの上位互換みたいなものだから間違ってないわね」
「うんうん。って、絶対に……どえむ違うからね!?」
ひどい誤解もあったものだ。
「前に、お腹パンチを避けられなかったのは、戦う気になってなかったからだよ」
「油断してたってこと?」
「うん。そういうことになるかな」
初めて会った時は仲良くしようとして気を緩めていたし、二回目のパンチはルミセラしか見ていなかったら叩きこまれたので油断もなにもない。
「マグノーリアさんの時は怒鳴られて怖くて竦んじゃったの……」
「臆病なのかしら?」
「うん。私ね、気は小さい方だよ」
オーガと対峙した時もそう。大きな相手に怖気づいてしまって、うまく動けなかった。
「それは納得いかないわね」
眉をひそめてトリニタリアさんは私の横に、ずいっと腰掛けた。
「さっき私の拳を防いだ時は油断もなかったし、怯えてもいなかったわよね?」
「それは戦う覚悟を決めてたから」
「え? なに? 私と最初からやりあう気だったの?」
「ち、違うっ。そうじゃなくて」
私は言葉を切り周囲を見回す。静かな森。今のところは今朝倒したローパー以外に魔物が現れる気配はない。
「バジリスクは必ず追ってくる。だから、いつ来てもいいように戦う覚悟を決めてたの」
「臨戦態勢だったわけね」
「それに、お母さんに甘えてる子供みたいだったから怖くなかったよ」
「私が子供みたい……? 言ってくれるわね」
「う、うう。だって駄々こねてるみたいだったんだもん……」
「……まあ、あんたを母親に重ねてたところはあるわね」
「お母さんだと思って甘えてくれてもいいんだよ、えへへ」
「はい!? ……もう一回勝負する!?」
「え、遠慮したいかな……」
真っ赤になってしまったトリニタリアさん。可愛いところもあるのかもしれない。
「それじゃ油断してる時を狙えば、あなたに勝てるわけね」
「う、うん。でも……もうトリニタリアさんとは争いたくないなぁ」
「心配しなくても、二度と腹パンチはしないわよ」
「うん、信じるね、えへへ」
微笑むとトリニタリアさんも笑顔で返してくれた。打ち解けてくれたのだろうか。斬り合って深まる女の友情というものもあるようだ。
「それよりバジリスクは必ず追ってくるっていう根拠は?」
「それはね~」
私は目を細め、拳を握る。
「考えたくないし考えると涙が出てくるけど、ルミセラがバジリスクたちに負けちゃって命を落としていたとしたら。あの蛇たちは必ず追ってくる。昨晩、私たち三人を襲ってきたように」
そう話す私を見つめ、トリニタリアさんは首を傾げた。
「昨夜も不思議に思ったのよ。かなりキャンプから遠ざかってたじゃない?」
「私、途中で寝ちゃったし、ルミセラに抱きかかえられてたから距離感ゼロで……」
「あなたを担いで一時間も走ってたわよ、あの姫様。私も振り切られそうな速度で」
一時間。凄い体力だ。私という荷物を抱えこんでいなければ、もっと遠くに逃げられたかもしれない。……でも私を助けるために。
「まあ地図で確認したけれど、昨晩の私たちはキャンプから相当離れてたわけよ」
トリニタリアさんは腕を組み立ち上がる。
「だからルミセラも、もう蛇が追いかけてこないって安心して足を止めたと思うのよね」
「なのにどうして追いつけたのか?」
「そう。ずっとつけてきてたなら、もっと襲撃が早くて然るべきなのよ」
トリニタリアさんの言う通り。キャンプから逃げた私たちの後をずっと追いかけてきたのならルミセラが足を止めた時点で襲われていただろう。でもそれにはカラクリがある。
「理由があるの。昨晩、追いかけてきたのは多分、一匹」
「どういうこと? 何匹も襲ってきたじゃない」
「逃げ出す前に私たちに気がついた子が追ってきて、仲間に位置を教えだんだよ」
「え? 仲間に位置を? 蛇のくせに?」
「バジリスクは蛇の特性が強いけれど決して蛇じゃない」
魔物だよ。そう口にしながら私は手にしたままだった剣の柄を強く握る。
「詳しい説明は省くけれど、蛇は聴覚が退化してて音を聞く能力は低いの」
「それは聞いたことがあるわね」
「でもバジリスクはそうじゃない」
カラカラカラ。バジリスクの名を口にした刹那、木と木がぶつかり合う音が響く。




