第二回『経営難の武具屋さん! 目指せ王子様!』
「いらっしゃいませ~!! 今日も良い武具が揃ってますよぉ!」
カランカランというドアベルに反応し、私は来店した初老の貴婦人へ元気良く挨拶する。
「おはよう、フルルちゃん。今日も元気いっぱいで可愛いねぇ」
「ありがとうございますっ!」
「でも悪いけどね、武具はいらないよ。注文の品を取りに来ただけなんだ」
「ですよね! 今お持ちしまーす!」
私は元気良く答え、武器立ての横に置いてあるフラワーバスケットをカウンターの上に移す。するとお客様は満足そうな笑顔を見せてくれた。
「フルルちゃんのアレンジメントは、いつ見ても見事だよ」
「え? 本当ですか!?」
「センスが良い。安心して仕事を任せられるよ」
「褒められちゃうと笑顔の花まで咲いちゃいます。えへへ」
気を良くした私はついつい三割引きで商品を売ると言ってしまった。お調子者である。
「バスケットで使ったお花について、解説や説明をしましょうか?」
「フルルちゃんの説明は長いから……遠慮しておこうかな」
「そうですか、残念ですっ」
私は語り出すと熱くなって止まらない困った性格をしている。お店の常連さんには解説が長いと有名なので商品説明を拒まれてしまうことが多い。
「アレンジメントの腕前は、この花の都で随一なのに、なんで武具屋をやってるかね」
「お母さんが残してくれた大事なお店が武具屋だからですっ」
三年前、私が十歳だった頃に大切な用事があると出て行ったきり帰ってこない母親。
そんな母から残されたのは、この店舗と多数の商品、そしてお守りに置いていってくれた一振りの剣だけだった。カウンターの裏にある、その剣に手を触れるとなんだか安心する。きっと母親の残した剣に温もりを感じるのだろう。
「親思いなことだ。良い子だよ、フルルちゃんは」
「お母さんのこと、今でも大好きですから」
優しかったお母さん。小さい頃はよくキャンプに連れて行ってもらったっけ。火の起こし方、傷の手当の仕方。武具の手入れと扱い方。色んなことを教わった。
「……花で商売すれば苦労しないのにね。本当に良い子だ」
貴婦人は微笑むと商品の代金を置き、出入り口へと向かっていった。
「ありがとうございましたっ! またのご来店、お待ちしておりまーす!」
「でも、あのお客様の言うとおりなんだよね。売れるのはお花ばっかりで」
ここ花の都プリムヴェールは富裕層が多く暮らす美しい街だ。名前の通り花に溢れ、人々は平和と花鳥風月を愛する心を持っている。
とても素晴らしいことだし、私もこの都を愛しているけれども――
「……戦うべき魔物が、この街にはいないから武具は売れないんだよね」
私は肩を落とすついでに椅子に腰掛け、カウンターの上に整然と並べられた短剣を弄りながら店内を見回す。
お花は売れても、武具の維持費で経営はかつかつ。武具が売れてくれないとお先真っ暗だよねぇ……。
並べられた武器や防具の間や壁にかけられた鉢植えの上で様々な花たちが微笑むように咲き誇っていた。花屋とよく間違えられる。
「……だってお花いじり楽しいんだもん」
趣味でやっている園芸は店の内外に広がり、花に溢れるメルヘンでファンタジーな店舗に仕上がっている。もはや一目見て武具屋だとわかってくれる人はいないのかもしれない。それに加え、パステルグリーンにピンクの花が咲き乱れている壁紙が、より一層に武具屋の匂いをかき消していた。
「うーん。これで妖精さんでも飛んでたら、メルヘンパワー三割増しって感じだよぅ」
私は視線をカウンターの上に置いてある鏡に移し、赤茶色い癖っ毛の少女を見つめる。エメラルドグリーンの瞳に幼い顔つきに、輝くおでこ。そして子供のように小さな体。見慣れた私の姿だ。
「私がもっと、もーっと美人だったら、お客さんも増えたのかなぁ」
「充分、可愛らしいと思いますよ、フルル・フルリエ・トリュビエルさん」
「ありがとう。でも美人と可愛らしいは違――」
あれ? 私、誰に返事してるの? 首を傾げながら、もう一度鏡を見ると私の頭の後ろに小鳥ほどの大きさの女の子が浮かんでいた。
「うわわ!? なにぃ!?」
慌てて振り返ると、やはり掌に乗りそうな小さな少女が浮かんでいる。どうやら幻覚や目の錯覚の類ではないようだ。
「よ、妖精さん!? ど、どこから。なんで!? いつの間に……!?」
「四十三秒前に転送魔法で、そこの空間から湧いて出ました。なんで、という質問の答えは後述します」
「これじゃメルヘンパワー三割増しだよね……!?」
「メルヘンパワーに関しては分かりかねます」
陸に上げられた魚のように口を開け閉めしながら混乱する私をよそに、妖精は冷静な声色でそう答えた。
「も、もしかして、お客様でしょうか!? 当店には良い、ぐぐが揃って……!」
「お客様ではありませんし、ぐぐとはなんですか」
少女は私の額をぺちぺちと叩きながら、それを言うなら武具でしょう、と言った。
「お、おでこ。おでこはだめぇ。やめ、やめてっ」
「申し訳ありません。どうにも叩きやすそうな輝く額でしたので」
「狙いやすいデコしてるって言われるし、お客さんにもよく叩かれるけれど……」
私は額を両手で隠しながら、頭上に浮かんでいる妖精を恐る恐る見上げる。ふわふわと浮いている彼女がまとっているドレスは、よく見ると糸のように細く加工されたオリハルコンで編み込まれていた。オリハルコンは世界で最も希少な金属。かなりの高級品だろう。
「もしかしてお金持ちの妖精さんなの?」
「お金には困っていません」
「それなら仕入れすぎて困ってる鋼鉄製の剣を三十本ほど買ってくれませんか!? ……なんてダメですよね」
「まあ、武器を買いに来たわけじゃありませんからね」
「でも妖精さん。お客様でないのなら私に一体、なんの用が――」
「お喜びください。あなたは我らが魔法大国の王子様候補生に選ばれました」
「おっ……王子様候補生……?」
「あなたは王位継承権第一位、ミルドレッド・スパトディア・クリームチャット様と結ばれる王子になるべく、奮闘して頂くことになります」
「え、えっとぉ」
頭を抱える私に妖精は豪華に装飾された巻物のような物を手渡してきた。
「詳しくは、その書簡に記載されておりますので」
「ま、待って!」
この妖精さんが、なにを言ってるのか私にはさっぱり分からないけれど、なによりも分からないのが――
「お……王子様候補生ぃ!? 私、女の子だけどー!?」
「ええ、存じあげております」
「なにかの間違いじゃない……?」
「申し遅れましたが私はクリームチャットが王宮に仕える妖精リコリス」
「え? お、おうきゅう……?」
この妖精さんが王宮でどれほどの地位にあるのかは、一介の武具屋である私には、微塵も分からない。しかし高級品を身にまとっているに相応しい身分の持ち主だったようだ。
「お見知りおきを」
リコリスさんはスカートの両端をつまみ、格調高くお辞儀をした。釣られて私もお辞儀を返してしまう。エレガントな振る舞いが、なんとなく王宮っぽい香りを匂わせる。
「ご丁寧にどうも。リコリスさん」
私の言葉に彼女は会釈し、キラキラと輝くスカートから指を離す。
「王宮妖精の仕事に間違いなどは万が一どころか、兆が一にもありえません」
「そ、そっか。それなら私は間違いなく王子様候補生とやらに選ばれちゃったんだね」
リコリスさんから先ほど手渡された巻物を開き、私は再び頭を抱える。そこには大きな青い文字で、おめでとう王子様候補生と書き記されていた。
「あ……ありがとうございます」
おめでとうと書いてあったので思わずお礼を言ってしまったのだが、書物に礼を言うなんてなんだか恥ずかしい。
「素直にありがとうの言える良い子ですね。さすが王子様候補生」
「え? 褒められると笑顔の花が咲いちゃいます。えへへ、嬉しい」
と、のんきに笑っている場合でもない。確認しておきたいことがある。
「……あの。も、もしかして私、最終的には、この国の王様に?」
「そうなるでしょうね、最終的には」
「ええええええええ!? 私が王様ぁ!?」
「ですが、それは他の候補生よりも、あなたが優秀だと実力で示した場合の話です」
「じ、実力? それより他にも王子様候補生っていたんだね」
もちろんです、そう言って彼女は優雅な所作で頷く。
「クリームチャット全国、それぞれの地区から一人ずつ選ばれる王子様候補生。あなたはその一人です」
この国には地区が二十七ある。つまり王子様候補生とやらは二十七人いるのだろうか。
首を傾げる私にリコリスさんは説明を続ける。
「フルル・フルリエ・トリュビエルさん。あなたはここ花の都プリムヴェールの代表として『試練の森』踏破に挑んで頂くことになります」
「し、試練の森ぃ?」
「頑張ってくださいね」
「……どうもありがとう、リコリスさん」
なんだか聞いたことのある地名だ。確かクリームチャット北西部に広がる、狂暴な魔物やら亜人が住む深い森だったような気がする。私の住むプリムヴェールは南西部にある平和な地域で魔物や亜人は殆ど現れない。お陰様で我がフルル武具店の経営はまさに斜陽のごとくでございます。もちろん平和なのが一番だけれどもっ。
「遠い目をしてどうなさいました」
「……なんでもないよ。花の都は美しくも世知辛いなあって」
「『試練の森』を無事に抜けた王子様候補生にはもれなく、かなりの賞金が出ますよ」
「い、いきなりお金の話……!?」
心を見透かされたかのような彼女の発言に動揺しつつも、私の心は浮き立つ。
「世知辛さを少しは緩和できる額を提供できるかと思います」
「うーん。賞金かぁ。いくらぐらいなのかな。百万ウィズくらい?」
「最低の成績でも一億ウィズの賞金です」
一億ウィズ? この妖精さん、本気で言ってるの? えっと缶ジュースが一本、百四十ウィズだから、えっと……。
「大金だね!?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
王様になれるかどうかはこの際、置いておくとして。試練の森を抜けたら最低でも一億ウィズ。一億ウィズもあれば、大切なお店の経営が持ち直すどころか店舗拡大、広告費に注いで派手に宣伝もできる。いや、その全てにお金を使っても余裕で釣りが出るだろう。
――つまりお母さんの店と帰る場所を守れる!
「はい! 私、王子様候補生やります……!!」