第十八回『対立、蒸気と花の剣! フルル対トリニタリア!』
真っ白な灰になった焚き木を土の中に埋め、のんきに後片付けをしているフルル。
「なんだか平和な光景ねぇ。あなたを眺めていると眠くなってくる……」
「あ、あはは。そうかな」
「あなたって料理得意なのね」
こいつを置き去りにしていくか、利用するために同行させるか。どうしたものか。料理人として連れて行くのもありかもしれない。
「一人暮らしも、そろそろ長いからね~。毎日自炊してるよ」
「一人暮らし? 家族は?」
「お父さんは誰なのか知らないし、お母さんは三年前に出てっちゃったきり」
フルルは王子様候補生になるまでの経緯や、経営している武具屋が傾いているなど聞いてもいないのに語り始めた。なんとなしに彼女の話に耳を傾ける。ローパーの話よりも短い。きっと身の上話はフルルにとって楽しい話ではないからだろう。
「……意外と苦労してるのね」
母親に置いて行かれた、か。
トリニタリアが奪って捨てた剣。彼女はお母さんの残した剣と言っていた。そういう意味だったようだ。
「ううん。生きていようって思えるだけ幸せかなぁ」
幸せとはなんだ。自分には分からない。
「トリニタリアさんは?」
「ん~?」
「家族はいないの?」
家族か。トリニタリアも父親はどこの馬の骨だったのかも知らない。物心ついた頃は母親と二人きりだった。
――タリア。真面目に努力して頑張れば、きっとこのひどい環境でも報われるはず。剣は奪うためじゃなく、守るために使いなさい。
母さんの言葉だ。
なにが守るためだ。綺麗事を歌うだけ歌って母さんは私を置いて逝った。
「……ごめんなさい」
「なに? 急に謝られても困るんだけど」
「つい家族のことを聞いちゃったから。トリニタリアさん、凄く悲しそうな顔してる」
「……悲しいですって? 私が?」
悲しい? 私は母親の死を悲しんでいたのか? 違う。あんな奴なんか死んで当然だ。
「知ったような口利くんじゃないわよ!」
怒りの感情がこみ上げ、トリニタリアはフルルの両肩を強く掴む。
「い、痛……っ」
「あいつは。母さんは綺麗事ばっかり言ってた。あんたみたいに」
「あうう……」
「こんなゴミ溜めみたいな世界へ私を産み落とした奴なんか……!!」
産んで欲しいなんて頼んでもいないのに。
「あんな奴……死んだってね、どうでもいいのよ!」
「でもお母さんを失って悲しいんだね……」
「はぁ? 悲しくないって言っ――」
言葉を遮るようにフルルはトリニタリアを抱きしめてきた。まるで幼い我が子を母親が抱くように。優しく。
「だってトリニタリアさん、前に私がお母さんの話をした時も泣きそうな顔してたよ……」
「……私は」
温かい。人の温もり。忘れていた感覚。
「トリニタリアさんもお母さんのこと、大好きだったんだね」
「好き?」
母親の花のような朗らかな笑顔。優しかった。小さい畑で野菜を育てて森で猟をする。幼いころ、母さんと過ごした日々は貧しいけど幸せだった。ひもじくて苦しくて泣いてると、いつも笑顔で抱きしめてくれたっけ。
――こんな風に。
「……離せ」
これ以上、こいつのそばにいると私は壊れてしまう。
「離せっ!」
「あうっ……っ」
トリニタリアはフルルを突き飛ばし、拳を強く握る。
「母さんはバカだったのよ。命を奪うのを嫌い、人の善意を信じようとしていた」
お前みたいに。そんな笑顔を浮かべながら。
「挙げ句の果て、私を守ろうとして盗賊の餌食さ」
母さんは戦いで圧倒した盗賊にとどめも刺さずに逃がした。そして逃がした奴が連れてきた大勢の仲間にころされた。フルルは真剣な表情でトリニタリアを見つめている。バカらしくなってきた。どうにも母親の話になると我を失う。悪い癖だ。
こんな奴に身の上話をしたって時間の無駄なのに。
「だから私は奪う側になった。母さんみたいなバカじゃないから」
本当に、よくある話。くだらない。フルルは頷くと、一歩こちらに近づいた。
「トリニタリアさんがどんな生き方をしてきて、お母さんがどんな風に亡くなったのか私には分からない」
「そうでしょうね。興味のない話をしてごめんなさい」
フルルは首を振り、微笑む。母さんみたいな優しい笑顔で。
「でも、あなたのお母さんは絶対にバカなんかじゃない」
「……だったら、どうしてころされたわけ?」
「自分の命より守りたい宝が優先だったからでしょ」
「そんなことは分かってる」
「お母さんは大切な宝だったトリニタリアさんを守ろうとした」
「そんなことも分かってる」
「どんな理由でも、それは尊いことだよ」
「尊い? だったらどうして母さんが、ころされなきゃいけなかったのよ!」
怒りに任せ、フルルの腹に拳を叩きこむ。
「はいつくばりなさいよ、ガキがっ!」
「世界は優しくないから、あなたのお母さんは奪われた」
「……っ!?」
トリニタリアの拳は彼女の左手に包まれ受け止められていた。
「でもあなたのお母さんは大切な人のいる世界を優しくしたかったんだよ」
「他人の命守ったってねぇ。自分が死んだら、なんにもならない負け犬なのよ……!!」
もう黙らせてやる。そうフルルの顔面へ放った拳も彼女は微笑んだまま受け止めた。




