第十六回『笑顔の花。ルミセラの戦い!』
「仏頂面して、どうしたの? ルミセラ」
「ぶー。だってお母様! ミルドレッドお姉様と一週間も、お会いしてないんだもん」
「ルミセラはもう六歳なんだから一人で遊んでなよ~」
五年前。王位継承権第一位の王女として様々な教育を受け始めたミルドレッド。彼女に会えない寂しさにルミセラは母親に噛み付いた。
「お姉様がいないとお城はつまんない!」
いつも傍若無人で家族の命以外なんとも思っていなかった冷酷なお母様が、この時は何故か悲しい顔してたっけ。
「確かにね。会いたい人に会えないのは苦痛でしかない」
そう言って微笑んだお母様は今にも泣きそうに見えた。
「ついておいで。私の部屋で面白いものを見せてあげよう」
「面白いものぉ?」
母親についていくと、闇のような霧をまとい、黒く輝く不思議な水晶玉を見せてくれた。
「すごーい。綺麗!」
「よく見ててよ、ルミセラ~」
期待の眼差しで水晶玉を眺めていると、そこには二人の少女が映しだされた。楽しそうな二人の温かい雰囲気。優しい笑い声。姉妹なのだろうか。
「お母様、誰これ?」
「私の命より大切な人と、その娘だよ」
「へえ~。親子なんだ。そう見えないけど。でも、なんだか幸せそう」
水晶玉に映る、見ているだけで幸せになれそうな笑顔をした二人。ルミセラの髪色と同じ、プラチナブロンドの美しい少女。そしてあどけない顔のどこか純朴な赤茶色い髪の少女。
「しばらく覗いて遊んでるといいよ」
「うんっ、ありがとう」
懐かしそうな微笑みを浮かべると、お母様は扉に向かっていった。
「あ、お母様。素敵な笑顔で笑ってる、この子の名前は?」
「フルル・フルリエ・トリュビエル」
「ふるる、ふるりえ? 変な名前」
「フルルはプリムヴェール地区の言葉で花って意味なんだってさ」
「そっか! ぴったりな名前~」
「どうして?」
「笑顔がお花みたいだもん。見てて温かい」
「気に入ったんだ、ルミセラ」
「とっても気に入っちゃった」
「私も好きだよ、あの笑顔」
「うん! この子、フルフルって呼ぶ!」
「フルフルに会えるかなってお母様に聞いたらさ、いつかはねってはぐらかされたんだ」
「コ…コ…」
斬り落としたばかりの蛇頭が胴がないのにも関わらず、小さな声を上げる。
「でも会えた」
覗き見に罪悪感を覚えた九歳になって、あの水晶玉を見るのを止めた。それまでは寂しい時や辛い時、落ちこんだ時も、いつもお母様の部屋でフルフルの笑顔を見て癒やされてきたんだ。開会式の会場で久しぶりに見たあの子は少し大きくなってた。でもフルフルは五年前と変わらない笑顔で微笑んでくれたんだよ。
「二度と大切な人の笑顔は消させない!!」
ミルドレッドの笑顔は守れなかった。いつでも優しかったお姉様。お母様が病床に伏せてからミルドレッドやルミセラへの大臣たちや官僚の態度は変わった。二人の王女に優しくしてくれてたのはお母様が怖かったからだ。そしてミルドレッドは笑わなくなった。
「コココココ」
「うるさい!」
バジリスクの牙をかわし、その頭を斬り落とす。
「作り笑いをしないだけ、あんたたちのほうが人間よりマシかもね」
人間が信じられなくなった。唯一信じられるのはミルドレッドと病床の母だけ。誰も守ってくれない。回りの人間なんて全部敵だ。そう思っていた。
「でも……フルフルは違ったんだよ」
あの頃の笑顔のまま。私のそばで笑ってくれて。嘘もなく、真っ直ぐで。敵だろうが魔物だろうが関係なく、誰かのために頑張ってた。あの子なら信じられると思った。
「お母様に頼まれたんだ」
生まれて初めて。細くなった手でルミセラの腕を掴みながら。
「フルルに会いたい。親友の娘に会いたいって」
――試練の森を越えさせてくれ、ルミセラ。あの子は理由があって表立って城へは呼べない。その理由も教えてあげられない。でも試練の森を突破すれば、それを口実に謁見を許すから。そうすれば生活に困ってるフルルへ出来る限りの富を与えられる。だから――。
「だからあの子を守ってあげて」
そう言っていた。母から託された初めての願い。叶えたかった。
「でも今は頼まれたからじゃない!」
逃げようとこちらに背を向けた最後のバジリスクを睨み、ルミセラは剣を振り上げる。
「フルフルの……笑顔を守りたいから……!!」
空間を超えた剣が大蛇の頭を貫く。剣が肉と骨を貫通する嫌な音が聞こえた。
「これで五匹、全部」
バジリスクは鮮血を吹き出しながら倒れこみ、体をくねらせ続ける。
「さすがにもう……疲れちゃったよ」
何故か涙が溢れてきた。命を平気で奪える自分が汚れている気がして。その涙と一緒に体力も流れていっているのだろうか。体に力が入らず、ルミセラは両膝をつく。
「……なんだかフルフルの笑顔が見たい」
ココココココココ。森の暗がりから響く声。
「……う……そ」
新たに現れた、大きな生き物が周囲の空間を揺らすのを感じる。
そしてルミセラを囲うように森の中に浮かぶいくつもの瞳。月明かりを反射し、輝く瞳の数は十二。……六匹も。
「いよいよ、ヤバイかな。……でも一匹だって」
ルミセラは剣を杖に、もう一度立ち上がった。
「あの子のところへは行かせない……!!」
心の荒野に咲いた、なによりも大切な笑顔の花を守るために。




