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今日から始める王子様候補生  作者: 緑川桜子
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第十三回『優しさと限界! 誰かを助けるのは理屈じゃない』

「大丈夫? マグノーリアさん」

「……私は」

「良かった、気がついて」


 目を開けると、そこには笑顔の少女がこちらを見下ろしていた。

 なにがあったんだ。ここはどこだ。


「今、助けてあげるから。心配しないで」


 マグノーリアの全身を鋭い痛みが襲い始める。体が動かない。ピクリとも動かない。

 痛みと共に意識もはっきりと戻り、恐怖に満ちた現状を理解する。自分はとぐろを巻いた大蛇の中心にいるのだ。


「ひぃ……」


 悲鳴を上げたかった。しかし恐怖と苦痛で声はでず、息だけが漏れる。


「大丈夫。もう怖くないから。大丈夫だよ」


 優しく微笑み励ましてくれる少女。彼女は蛇の上に屈みこんでマグノーリアに笑いかけている。


「フルル……」


 バジリスクは何故、彼女を襲わない。まさかこの小娘が倒したとでもいうのか。


「よいしょ……よいしょ」


 彼女はマグノーリアの体を、巻きついたバジリスクから引き抜こうと言うのか、肩の鎧を必死に引き続ける。


「……どうしてひどい目にあわせた私を助けようとする」


 そうでなくても逃げて当然だ。こんな怪物から瀕死の他人を助ける意味がない。瀕死の人間を助けたところでお荷物が増えるだけ。この森では足手まといの存在は死にも繋がる。この状況では見捨てて当然なのだ。ましてや凶悪なバジリスク相手だ。逃げないほうが正気じゃない。


「誰かを助けるのは理屈じゃないんだよ」


 そう微笑む彼女を見ていると苦痛が和らぐ気がした。

 ……まるで女神だ。


「あなたの言う通りでした」

「うん? なにが?」

「川沿いは危険だった。肉も焼かなければ良かった。申し訳ありません……」

「そんなこといいから今は生き抜くことだけ考えようよ」


 命を奪われるのは本当に恐ろしい。それは魔物も同じなのかもしれない。


「なにもかも謝罪します。あなたは正しかった……」

「……私が正しいことなんてないよ」

「フルフル! もたもたしてると他の蛇が来るよ! もう時間切れだ!」

「待って、アーテルさん! もう少し!」


 置いてかないからね、そう言って笑顔を絶やさない少女。

 だめだ。この人はこんなところで死なせていい器じゃない。


「アーテルさんの魔法でどうにか助けられないかな」

「私の空間接続魔法は転送魔法じゃないんだよ?」

「ダメなの?」

「うん。固定されてる裂け目に物体を通す必要があるから無理!」

「そっか……残念」


 肩を落としながらも、フルルは再び笑顔を浮かべる。大蛇に捕らえられ、不安に駆られているマグノーリアを少しでも安心させようとしているのだろうか。


「すぐ助けるからね」


 この人が女王と共に国を統べるなら、きっと優しさに溢れる世界になるだろう。


「他の蛇に気づかれた! 早く!」


 ココココココ。薄気味悪いバジリスクの鳴き声が届く。

 もっと、この人に早く出会えていれば私も――


「アーテル・アルトッ!!」

「は!? 突然、なに!?」

「フルル様を連れて、お逃げください!」


 マグノーリアの叫びに、フルルは目を見開く。

 そんな目をしないでください。私など女神の救済を受けるに値しない汚れた人間。


「……フルフル、行くよ」

「ダメだよ。もう少しで助けられるのに」


 本当に優しいお方だ。でも引き際も弁えなければ。


「ご友人の命を危険にさらしているのが分かりませぬか」

「……っ!」

「私を助ける前にアーテル様の身も案じてあげてください」


 ずるい言い方だな。我ながら。


「私…………はうっ!?」


 空中から現れた腕に襟首を引かれ、フルルはマグノーリアの視界から姿を消した。ルミセラ王女の空間接続魔法だろう。とぐろを巻いた大蛇の長い胴の間にある僅かな隙間からルミセラに抱きかかえられたフルルの姿を確認し、マグノーリアは安堵の息を漏らす。


「願わくば我が剣も高貴なるフルル様と同行させて頂きたく存ずる」

「分かった。フルフルと一緒に持って行くよ」

「感謝します」


 走り去る足音。遠ざかる泣き声混じりのフルルの叫び。


「せっかく仲良くなれそうだったのに! やだよおおお!」


 忠誠を捧げられるお方に出会えたのに残念だ。……仲間を見捨てるくせに綺麗事を騙ってきた天罰かな。いや女神を殴ったんだ、当然の報いか。


「最後に心の澄んだ綺麗な人に出会えて本当に良かった」


 あなたは生き延びてください。女神よ。




「バジリスクの襲撃で王子様候補生も大分減りました」


 倒木に腰を掛け、正面に立つグリセルダに赤騎士は語りかける。


「残り六人を倒せば全滅か」


 炎をまとい、宙に浮かぶ水晶玉。遠方を映し出せる炎水晶の魔法だ。その透明な球体に浮かび上がる荒らされたキャンプ跡。そこには、おぞましい大蛇たちが、うごめいていた。


「私たちが手を下すまでもありませんでしたね、グリセルダ」

「残りの六人は多少骨があればいいが」

「戦うなら手強いほうが面白いですからね」


 赤騎士は立ち上がり微笑む。


「もう出立するのか? まだ暗いぞ」

「もうすぐ標的に追いつきますからね。頑張りましょう」

「やれやれ。魔女使いの荒いことだ」

「炎の魔女は、せっかちですのよ。ふふ」

「そうだったな、赤騎士。いや、炎の魔女ミルドレッド」


 ミルドレッドは真紅の兜を脱ぎ、金色の髪を露わにする。


「次の標的は、この方々です」


 炎水晶が新たな像を映し出す。


「そのうちの一人はカレンデュラ・カルボナーラか」

「別名、調律錬成士。強力な錬金術を操る魔法士ですね」

「相手にとって不足はない」


 ミルドレッドは再び兜を被る。

 それにしてもフルル・フルリエ・トリュビエル。あんな状況で人助けなんて。本当に面白くて素敵な人。ルミセラも、やけに彼女に拘っている様子。興味が湧いてきました。


「メインディッシュは最後に回しましょう」


 なんのことだと首を傾げるグリセルダを尻目にミルドレッドは歩き始めた。

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[一言] マグノーリアさん、生き残るたらフルフル信者になりそう なに?もうなったって?
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