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今日から始める王子様候補生  作者: 緑川桜子
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第十二回『断末魔と白銀の鱗! バジリスク!』

「今、変な音が聞こえたような。気のせいかな」


 しかし次の瞬間、ルミセラさんが弾かれたように立ち上がり剣を抜いた。やはり幻聴じゃない。彼女はオーガの気配を私よりも数倍早く察知した。彼女が警戒した以上、きっとなにかが迫っているのだろう。

 ――――ココココココココ。


「……聞こえた? フルフル」


 彼女の問いに答えず、私は耳を澄ます。

 コココココココ。

 喉を鳴らすような不思議な音。お母さんとのキャンプで一度だけ聞いたことがある。


「あれは確か……」


 その時だった、キャンプの方から恐怖に惑う悲鳴や叫びが上がり始めたのは。


「フルフル、なんなの? なにが起きてるの……?」

「あの音……ううん、鳴き声。聞き覚えがある」


 川沿いの森が激しくざわつく。なにか大きなものが何匹も這いずりまわっているような。

 コココココココココココココココ。

 森にいるは全て、キャンプの方へ向かっているようだ。

 あの日。お母さんに抱きかかえられて、見上げた樹々の中に光る眼があった。なんの感情も伝わってこない、冷たく凍るような瞳。そして響く不思議な鳴き声。

 ココココ。

 この鳴き声……思い出した。

 巨大な蛇の魔物。必ず群れでやってくる。それはオーガなんかよりもずっと獰猛で恐ろしい狩人だ。


「……バジリスク!!」


 ――白銀の鱗を持つ悪魔。


「みんな、逃げて!!」


 ありったけの声で叫び、駆け出そうとした私の腕をルミセラさんが掴む。


「どこに行こうっていうの!」

「みんなを助けなきゃ……! バジリスクは本当に危ない魔物で……っ」

「見れば分かるよ!」


 ルミセラさんが指を差す、その先にはキャンプの炎に照らされた巨大な蛇が何匹も鎌首をもたげている姿が浮かんでいた。

 悲鳴、絶叫、断末魔。魔法の光も見えるが、どう見ても劣勢なのは人間側だった。


「武器も盾もないのにどうしようっての! 逃げるよ!」


 ……そうだ。キャンプに置いてきちゃったんだ。


「二人で頑張れば、なんとか――」


 ならない! 彼女は強い口調で私の言葉を遮った。


「私の魔法にも限界がある」


 ガリッ。キャンディを噛み砕く音。


「私が全力で戦ったとしても、あんなに大きいの何匹も相手にできない」


 彼女がキャンディを噛み砕く時は余裕のない証拠なのかもしれない。オーガのハンマーを受け止めていた時もそうだった。


「……あ。アーテルさん、あれ……」

「助けてえええぇ!」 


 巨大な蛇に追われ、叫びながらこちらに逃げてくる女性がいた。


「マグノーリア……」


 今にも彼女はバジリスクの牙に捉えられそうだ。必死に必死に走る。生きようとして。


「……誰だって本当は死にたくない。だから命が消えるのは悲しいことなんだよ」

「今回は本当にだめだよ、フルフル」

「命を助けるのは理屈じゃない。そうでしょ」

「……あんたはそうだったね」


 私は頷き、バジリスクに追われているマグノーリアさんへ向かって駆け出す。


「助け……助けてえええ」

「剣、こっちに投げて!!」

「え……!?」

「手に持ってる剣!」


 ためらいながらもマグノーリアさんは、言われるままに私に向かって剣を投げてくれた。その白銀に輝く剣は回転しながら、川辺の石ころを切り裂き地に突き立つ。きらびやかな装飾を施されているミスリル製の長剣。その柄を強く握りしめる。


「いやだあああああ……!」

「ココココココココ」


 恐怖の叫びを上げる彼女の肩口にバジリスクは喰らいつく。


「マグノーリアさん!」


 噛まれたまま持ち上げられた彼女の体に、バジリスクはその太い体躯を瞬時に巻きつける。大蛇の胴は私の身長と同じくらいの太さがありマグノーリアさんの体は、とぐろを巻く蛇に覆われてしまった。


「このままじゃ、マグノーリアさんが死んじゃう!」


 私は長剣を引き抜き、バジリスクへと突進する。


「フルフル、どうする気!?」

「やってみるっ!」


 とぐろを巻くバジリスクの胴体に剣を浅く突き刺す。固く分厚い丈夫なバジリスクの胴体にもミスリルの剣はすんなりと刺さっていく。


「ほら、痛いでしょ!」


 グリグリと抉るように剣を揺らし続けると、バジリスクは捕らえた獲物から顎を離し、私の方へと頭を向ける。


「ココココココ」


 独特な鳴き声と揺れる炎のような舌が恐怖を掻き立てる。

 ……ここまでは、作戦通り! 浅く刺したのは剣をすぐ抜くため!

 私は蛇の胴から引き抜いた剣を両手で握った。そして出来る限り剣を低く構える。


「痛いのを刺したのは私! 私が気に入らないでしょ!」


 このおっきくて太い胴体を狙ってもダメージは大して入らないよね。でも、もしかしたら頭に攻撃を加えれば倒せるかもしれない。だったらオーガの時と同じ。頭のほうから近づいてもらえばいい。蛇は獲物に向かい勢い良く頭を飛ばすように噛み付いてくる。その瞬間を狙い、攻撃を避けると同時に下から頭へ剣を突き立てる。難しいかもしれないが、それで誰かを救えるかもしれないなら。

 必死に頭を回転させていた私の背後からルミセラさんの緊張した息遣いが聞こえた。


「……わがままに付き合わせちゃってごめん。逃げてもいいんだよ」

「逃げろ? いざとなったら、あんたを担いででも逃げるからね」

「ありがとう、心強いよ」


 舌をチロチロと出しながら、とぐろを巻いたバジリスクは感情のない目で私を見下ろしている。ううん。感情がないと思いこんでいるだけで、もしかしたら、なにかを考えているのかもしれない。家族がいて幸せを感じる心があるのかも。私たちがバジリスクたちの狩場や水場に立ち入ったせいで、平和な時間を乱しちゃったかな。それなのに私、あなたの命を奪ってでも人の命を救いたい。

 ごめんね。

 でも――


「――私も人間だから!」

「コココココ」


 ……来る!

 バジリスクは大きく口を開くと同時に襲いかかってきた。




「なんて無礼な小娘たちなんだ……」


 マグノーリアは苛立つ気持ちを抑えられず、剣を木の幹に突き立てた。


「どうしたのよ、手首。血だらけじゃない」


 仲間の一人が声をかけてきたのでマグノーリアは笑顔を作る。仲間内では出来る限り人望は集めておきたい。


「なんでもないんだ、リスティル。転んでしまってね」


 ルミセラ王女について今は口外しないほうが身のためだろう。相手は王族。恨みでも買っては後が面倒だ。それにこの試験を抜ければ義妹になる女。右腕の借りはその時に返せばいい。

 ルミセラはそれで構わないが、許せないのは。

 あのフルルとかいう下民風情が。たかが商人の分際で貴族の私に意見をしてきた。あの穢れなき乙女と言わんばかりの善人面。いつかズタボロに汚してやる……。


「本当にどうしたのよ? 凄い形相よ、マグノーリア」

「……大丈夫だ。それより食事に」


 コココココココ


「なにか言ったか、リスティル?」

「え? なにも言ってないけど」

「確かに変な音が聞こえたんだが」


 回りを見回しても特に変わった様子はない。焚き火の炎で肉を焼き酒を呑んで笑う連中。川に向かい魔法を飛ばして高笑いをしている女たち。


「気のせ……」


 コココココココ


「やはり変な音が」


 マグノーリアがそう言い終えた瞬間だった。隣に立っていたリスティルの上半身が袋に覆われたのは。


「……なんだ?」


 袋を被せられた彼女は叫び声を上げながら、空へと飛び上がっていった。唖然として、その様子を目で追うと空中で両足を暴れさせている彼女の姿が見える。

 いや、これは袋なんかじゃない。


「マグノーリア……バジリスクだ!! ぎぁッ」


 声の方へ目を向けると、焚き火の近くにいた連中が巨大な蛇に巻き付かれ血泡を吹き出している。リスティルに至っては既に全身を呑みこまれていた。バジリスクの喉は人型に膨れ上がり、嫌悪感と恐怖を煽ってくる。応戦だ。応戦しなければ。


「喰らえ、化物が! ブライトアロー!!」

「コココ」


 マグノーリアは光の弓と矢を魔法で作り出し、近づいてきたバジリスクの頭を射抜く。倒せはしなかったが光の矢を受け、怯んだ大蛇は森の中へ姿を消した。

 やれる。皆を守れる。リーダーは私だ! 腰の剣を抜き、身構える。


「逃げるな! 奴らとて生き物! 倒せる!」


 数匹の大蛇に掻き回され、阿鼻叫喚の仲間たちへと檄を飛ばす。


「無理だ! 勝てるか、こんなバケモン……!」

「怯むんじゃない! 戦え! 人数はこちらのほうが上――」


 そう言いかけてマグノーリアは言葉を失う。

 さらに森から何匹ものバジリスクが現れる。その数は十体やそこらじゃない。


「助けえええ……!! マグノぁぁが……」


 鎌首をもたげ、舌を出すバジリスクの体内からリスティルの声が響く。


「コココココココココ」


 恐ろしい。心底恐ろしい。マグノーリアは恐怖に背中を押されるように走りだした。

 仲間を見捨てて。

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