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今日から始める王子様候補生  作者: 緑川桜子
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第十回『危険な野営と無害な魔物! 再会、トリニタリア!』

 私とルミセラさんはマグノーリアさんの提案に乗り、他の王子様候補生と合流することにした。合流した頃には皆は既に各々、キャンプの準備を終えていた。私たちも火を起こす準備でもしなければと考えているところである。既に日は落ち、綺麗な月が出ている。


「フルフルと私をいれて総勢、十二人かぁ」

「うん、そうだね」


 人数が多いせいか、この場にいる人間たちには活気がある。大声で笑い合い酒を飲んでいる者さえいた。彼女たちは盛大に炎を上げ、仕留めた猪形魔物の肉を焼いている。


「ひっそりと魔物をやり過ごしてたフルフルキャンプとは大違いだね」


 私とルミセラさんは並んで倒木に座りながら目を見合わせる。


「……うん。少し心配」


 血を流せば臭いが魔物を呼ぶ。肉を焼けば更に匂いがでる。


「魔物がいる森では、お肉はできるだけ匂いがでないように茹でなきゃ危ないのに。お鍋がない場合はしょうがないけど」


 そうマグノーリアさんにも忠告したが、魔物が来たところでこの人数、恐れる必要はないと取り合ってもらえなかった。確かにそれも一理あるが。

 こんなに油断してていいの? ここはオーガだって出没する恐ろしい森なのに……。


「それに川沿いって危ないんじゃなかったっけ」

「うん。夜の水辺はね、魔物が棲む場所では絶対に避けなきゃ……」

「マグノーリアたちは襲われても倒すって言ってる。最初から魔物との戦いを避けるって考えはないのかもね」

「そうなんだよね。でも魔物との無駄な戦いは避けて欲しいよ……」


 猟師が動物の命を奪うのすらも私は悲しい。でも食べるためや自分の身を守るためなら仕方のないこと。私もこの森では、そうしてきた。だから私はルミセラさんが魔物の命を奪うのを悪いことだなんて思ってない。そう伝えると彼女は私の頭をぽんと叩き、撫で回してくる。


「でもフルフルは助けられる命なら助けたい。そうなんだよね」

「うん。できることなら……」

「あんたにとって命を助けたいのは理屈じゃないんだろうね」


 その言葉は私の胸を強く打った。助けたいから助ける。それだけなのかもしれない。


「ここいたら人間にも魔物にとっても危ないのに。私……みんなを説得できなかったよ」


 優しく微笑み、ルミセラさんは私の頬に優しく触れてくれた。


「落ちこまなくていいんだよ。フルフルは全力で命を守ろうとしてるじゃん」

「うん……」

「どんな理由でも、それは尊いことだよ」

「アーテルさん……」

「私はそんなフルフルの生き方を優しいって思う」


 きゅっと心が締めつけられた。涙が溢れてくる。どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。お母さんがいなくなってから、私の行動や考えを認めてくれる人はいなかった。この街で武具屋を続けてどうするの? 商売なんて子供には出来ないよ。そんな言葉ばかりをもらってきた。みんなが心配してくれているのは分かる。でも私は誰かに自分のしていることを認めて欲しかった。ルミセラさんだけは私を認めてくれている気がする。


「フルフルは純粋で純朴で健気で私には眩しくてさ~」

「え? わ、私が純粋で純朴?」

「アイテム盗まれても恨み言一つ言わないし」

「……アーテルさんが警告してくれてたのに油断してた私も悪いもん」

「自分のことは責めるくせに人のせいにしたり他人を責めたりしないよね、フルフルは」

「誰かを責めるのは苦手かなぁ」

「そんなところが気に入ってる」


 私の肩に頭をのせ、ルミセラさんは気持ちよさそうな表情で目を閉じる。

 うわわわ……!? な、なにこの状況、ドキドキする……!? しんみりとした雰囲気が一気に吹き飛んじゃったよっ! 甘いキャンディの香りが唇から漂ってくるぅ。

 キャンディの香りかぁ。唇越しに伝わった香り。キス……したんだよね、私たち。


「フルフル以外にも信用できる奴がいればいいんだけどね」


 苦々しくそう言って眉間に皺を寄せるルミセラさん。そんな彼女を見たらドキドキしていた気持ちはどこへやら、なんだか今度は急に守ってあげたい気持ちになってきた。


「王宮の奴ら……お母様が危篤になった途端、手のひら返しやがって」

「……あうう」

「お姉様のこと寄ってたかって責めてさ。無能の王女って、いじめるんだよ」


 私は言葉に詰まり、なにも言えなかった。

 悲しそうな彼女を癒やしたいのに。うまいことも言えない。……悔しい。


「ここにいる連中も信用出来ない。みんなフルフルみたいに純粋ならいいのに」

「……うまい慰めの言葉が出てこないけれど、私はそばで笑ってるよ」

「なんなのそれ」

「私の笑顔が好きって言ってくれたからね、えへへ」


 信用してくれている人がいる。こんなに嬉しいことなんだ。


「うん、好き。癒される」


 私の守りたいものが二つに増えた。一つはお母さんの居場所。もう一つは一緒にいて、なんだか温かい気持ちになれる、この人。ルミセラさん。


「どうしたの? 笑顔の花が咲き誇ってるよ」

「えへへ、なんでもないの」


 それはそれとして。私には一つ疑問がある。


「そんなに信用出来ないなら、どうしてみんなと合流したの?」

「あの白騎士のオネーサンから不穏な話を聞いたからだよ」

「王子様候補生狩り……?」


 赤騎士エーベルハルトと水の魔女グリセルダが王子様候補生を狩っている。そうマグノーリアさんは言っていた。


「でも……なんでそんなことを」


 お母さんの親友。あんなに優しそうな人だったのに……。本当に敵なのかな。

 マグノーリア自身は赤騎士に襲われた。しかし水の魔女に襲われた者の証言もあったのでグリセルダも王子様候補生狩りを行っているのは間違いないらしいが。


「さあね。赤騎士とかいうのはともかく、グリセルダに狙われたら私たち二人じゃ勝ち目がないからさ」


 でも下手したら、ここにいる全員でかかっても。そう呟き彼女は口をつぐんだ。


「相手が誰でも頑張るよ、私」

「フルフル……」

「でもね、甘いこと言うようだけれど人と人が傷つけ合うのは、なんだか本当に悲しい……」

「本当に甘いわねぇ」


 高所から突然投げかけられた言葉に私は驚き、ルミセラさんは剣を抜く。


「誰だ!」

「あなた、アーテルだっけ? そっちのイイコちゃんも、ちょいおひさし」


 黒い髪に額の上のゴーグル。ひょうひょうとした独特な喋り方。


「と、トリニタリアさん……!?」

「ちなみに、ここの仲良しグループじゃ、お二人さんより私のほうが、ちょっとだけ先輩よ。どうでもいいけど」

「ほんと、どうでもいいんだけど」


 そう冷たく言い放つルミセラさんに苦笑しているトリニタリアさんは、太い木に寄りかかりながら、その枝の上に座りこんでいた。


「私やあなたたちを入れて、ご一行は十三人。不吉な数字よねぇ」





「ああ。あんたの剣? 捨てたわ」

「え!? 私の剣、捨てちゃったのぉー!?」

「まんざら知らない仲ってわけじゃないし、よろしくお二人さん」


 青ざめて叫んでいる武具屋を置いてきぼりに、木から飛び降りてきたトリニタリアさんは私の隣に腰掛ける。仲良く三人で倒木にすわっている形だ。


「ちょっと、そこの蒸気猿!」


 ルミセラさんは立ち上がり、剣を抜いた。うわわわ、喧嘩腰すぎるぅ……!? 


「蒸気ざるぅ? 面白いこというわねぇ。木に登っていたからかしら?」

「んなこたーどうでもいいのよ」


 あ、ルミセラさん、すんごい怖い顔! もしかしてトリニタリアさんのこと嫌いなの!?


「お、穏便に二人とも。あ、あの、その、お歌でも歌いましょうか!? 音痴だけど!」

「う、歌ぁ? それよりフルフル、こいつのことムカつかないわけ?」

「うん。あなた、私のことムカつかないの?」

「ムカつきはしないかなぁ。剣が行方不明なのは悲しいけれど」


 私は二人の雰囲気を少しでも和ませようと頑張って笑顔を見せる。


「王子様選抜試験が終わったら、この森にまた探しにくるつもりだからいいの」

「……この森がどんなに危険な場所かは知ってるよね?」

「うん。でもまた探しに来れば見つかるかもしれないしっ」

「前向き思考にもほどが……」


 肩を落とすルミセラさんを、元気出してと励ましたら睨まれてしまった。


「あんな刃もないナマクラにどうしてこだわってるのよ。値打ち物なの?」

「金額はつけられないかなぁ」

「そんなに? もしかして結構な高級品? 柄も豪華だったわね。捨てて損したわ」


 違う違うと苦笑し、私は手を左右に振る。


「お母さんが残してくれた大事な剣なの」

「……母親の? 母親が残した剣……」


 何故かトリニタリアさんは眉をひそめ不快そうな表情を見せた。


「トリニタリアさん……? 私、なにかまずいこと言っちゃったかな?」

「別に。気分が悪いから先に寝させてもらうわね」


 チャオ、お二人さん。そう言い残して、トリニタリアさんは蒸気と共に元いた木の上へと飛び上がっていった。背中の機械が蒸気を作っているのだろうか。恐らく鎧や剣に繋がる管を伝わって蒸気が噴出し、移動の補助をする装置なのだろう。まるで魔法のようだ。


「なんなの、あいつ」

「さ、さあ」


 そう首を傾げた時だった。歓声が上がったのは。声の方へ目を向けると川辺で焚き火を派手に燃やして騒いでいた連中が魔法を乱射していた。暗闇を光の矢や輝く氷の刃など、魔法が飛び交っている。なにをしてるんだろう。


「見ろ、仕留めたぞ!」

「さすがね、マグノーリア!」


 ……ひどい。

 川辺には様々な魔法を受けたのだろう、血だらけのカバのような魔物が倒れていた。


「あの魔物、野生のカバさんよりおとなしいんだよ……」


 食べるためなら命を奪うのも、しょうがないかもしれない。私だって、そのためにこの森の中で命を奪った。兎や無害な魔物の命を。でも――


「誰か爆破魔法が得意な奴はいないか! 良い的ができた! 腕自慢をしてみろ!」


 あなたたちが命を奪う理由。食べるためでもないんだね……。

 立ち上がった私の腕をルミセラさんが掴む。


「止めておきなよ、フルフル~」

「で、でも、あの魔物……きっとお水を飲みに来ただけなのに……」

「あいつら人数が多くて気が大きくなってるんだよ」

「だ、だから?」

「あいつら、バカになってる。言っても無駄」


 でも目の前で理不尽に命が消えていくのを見るのは……我慢できない。


「……私、マグノーリアさんともう一回話してくる……っ!」

「……フルフルっ!」


 私たち、スチームバンカーでさえ楽しんでコロシはしないのにね。

 走りだした私の背中にトリニタリアさんの言葉が深く刺さった。

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