第一回 『女の子なのに王子様!? 冒険の始まり!』
フルフルっ。
誰かが私を呼んでいる。誰だろう。必死な声。
フルフル。フルフル!
「起きてよ、フルル・フルリエ・トリュビエル! あんたも王子様候補生なんでしょっ!」
「おう……じ……?」
瞳を開くとまず目に飛び込んだのは青い空。頭を傾けると私の名を叫ぶ金色の髪を持つ少女の姿があった。その鼻から上は黒い仮面に覆われているものの、鼻筋や口元だけでとても綺麗な人であることが分かる。口元には棒付きキャンディのスティックが見えた。
「しっかりしてよ。王子様への道はこれからだよ、武器屋さん」
「……アーテルさん……? 武具屋さんだよ、私……」
「そうだったね」
安心したように、その綺麗な顔に笑みが浮かぶ。意識がはっきりとして思い出した。私は武具屋なのだが彼女の言う通り王子様候補生の一人なのである。女の子なのに。
「……っ!? せえいっ!」
「うわわっ」
何事かに気付いたアーテルさんはすぐさま振り向くと、その手にしていた細身の剣で何者かを斬り倒した。首の急所への鋭い一撃。そして、その何者かの声にならない断末魔。そこで倒れた何者かの姿が目に入る。豚に似た頭、そして人間よりも何倍も大きな緑色の体躯。獣のような臭いを漂わせる亜人、オークだ。
……アーテルさんがオークの命を奪った?
「ふう……良かった、目を覚ましてくれて」
そう私に微笑んでくれる。どうやら私は何事かあって気絶していたようだ。
「……ん。おはよう。それと、ありがとう」
「お礼は後。それより体は起こせる?」
「あ。うん。大丈夫」
言われてようやく、自分が地面に倒れていることに気が付いた。背中には土の感触があり、草が首をチクチクと刺激する。なんとか重い体を起こすと、目の前がぐらっと揺れて頭の奥が痛んだ。
「……いたた。頭が割れるように痛いよ……」
「それは――」
私に返事をしようとしたアーテルさんは弾けるように飛び退き、新たなオークが振り下ろしたメイスを避けた。空を裂く、メイスの音が緊迫感を煽る。彼女は飛び退いた先で威嚇するように剣を亜人へ向ける。
「大丈夫、フルフル? ううん。大丈夫じゃなくても、今すぐ立ち上がってっ!」
「は、はいっ!」
私は鋭く痛む後頭部を押さえながら立ち上がり、足元に落ちていたメイスの柄を握る。アーテルさんが先ほど倒したオークが手にしていた物だ。
「もしかしてアーテルさんは私を助けてくれたの?」
「まあ、そんなとこ。それよりその拾ったメイス、あんたは扱える?」
「うん、武具の使用法を説明できるように色んな武具を扱えるけれど」
一番得意なのは剣だよ。そう続けるはずだったのだが鞘に目を向け私は目を丸くする。
「あれぇ? 私の剣がないよぉ!?」
「武器が消えてるの?」
私は頷き、手にしたメイスと剣が消えている鞘を見比べて、しょんぼりと肩を落とす。
「嘘でしょぉ……。お母さんが残してくれた大事な剣なのにぃ……」
「……それは残念だね」
「それに粗悪品だよ、このメイス……。鋼製じゃなくて素材は青銅。メイスっていうよりも、先っぽに青銅の塊くっつけたような、木製よりは少しマシな棍棒っていうか。取り柄って言えば低い技術で安価に作れるってことくらい。値段をつけるとしたら、そうだね。魔法自動販売機で買える缶ジュースが一本、百四十ウィズ。このメイスは八百ウィズ程度の価値かな。子供のお小遣いでも買える……」
「フルフル」
「こんなものが大事な剣の代わりだなんて……とほほだよぉ」
「フルフル、危ない!」
「え? あぶ?」
彼女の緊迫した声に思わず腕を上げると、その左腕の盾へ風切音とともに矢が突き刺さった。顔から血の気が引くのを感じる。
「あ、危なっ!?」
「だから、そう言ってるじゃん!」
運良く腕と体には当たらなかったものの、見事に木製の円盾には矢が貫通している。
「なにかの骨でできた安そうな矢尻なのに威力は結構あるんだね……っ」
慌てて周囲を見回すと近くには崖があり、その反対側は森に覆われていた。こんなところで私はなにをしていたのだろうか。いや、それ以上に重要な情報は周りをオークの群れに包囲されていることだ。それぞれ手には剣や手斧など多種多様な武器を持っている。弓をつがえたオークが一匹いるが、恐らく私に矢を放ったのは彼だろう。そして二射目を放とうというのか、こちらに向かって弓を引き絞っている。
「う、うわわ、ま、待って!」
完全に動揺した私が盾を構えるよりも早く、弓オークの首に短剣が突き立つ。思わず、私は目を逸らしてしまった。命が消えていく瞬間は、どうにも苦手だ。
「怪我はない?」
アーテルさんは私を気遣うのと同時に左手の短剣を向かってきたオークに投げつける。短剣を受けたオークは小さく悲鳴を上げ、足を止めた。
「うん。無事。助かったよぅ」
アーテルさんは私の言葉に頷き、剣を構え近くのオークに向かって行く。
なんだろう、この状況。本当になにがあったのかな……。
意識を現実に戻した私の眼前に迫るオークの剣を、私は反射的に盾で弾き返す。
「よ、よく分かんないけど――っ」
武器を弾かれ怯んでいるオークの顎に私は右手のメイスを水平に叩きつけ、さらに右足を軸に体を回転させながら裏拳で殴るように左腕の盾で顔面を強打する。
「あ、危なかったぁ」
私の反撃を受けたオークは膝から崩れ落ち動かなくなった。ほっと胸を撫で下ろす私の視線の先に、倒したオークの使っていた剣が転がっていた。詳しく値踏みをしたわけではないので定かではないが、ざっと見た限りでは刃こぼれが目立ち、かなりの粗悪品に見える。すぐにでも折れてしまいそうだ。メイスのほうが斬れ味が落ちない分、マシかもしれない。
拾っていくほどの品物でもないかなぁ。リュックの容量にも限界が――――。
って、あれぇぇ!? 背中のリュックもないよぉ!?
「すっごい連続攻撃だったじゃん」
「武器を使った戦い方は、お母さんに仕込まれてて」
「そっか。フルフルって中々やるんだね」
大量のアイテムロストに内心、戦々恐々としている武具屋と倒れたオークを交互に見やりアーテルさんは首を傾げ笑みを浮かべた。笑いかけられると私も頬が緩んでしまう。
「ありがとう。素直に嬉しい」
「どういたしまして。緊迫感の漂う戦闘中なはずなのに素敵な笑顔だね」
「褒められちゃうと笑顔の花が咲いちゃうの」
よし、元気回復っ。大事な剣とリュックは後で見つければいい!
「なにがあったのか思い出せないけれど、とりあえず魔物に囲われているし、緊急事態には違いない。嘆いている暇なんてないのですっ。前向きに頑張ろう!」
「それじゃ次の相手に備えて、フルフル!」
オークたちをまるで舞踏を舞っているかのように斬り落としていくアーテルさんの姿は気品すら漂わせている。咥えた棒付きキャンディがシュールなものの、優雅な装飾が施されている仮面が、その剣技をまるで舞踏会のワンシーンかのように錯覚させた。
「綺麗……」
その華麗な動きに見とれていると彼女はこちらに向かって短剣を投げつけてきた。
「うわわわわっ!?」
耳をかすめるように飛んできた短剣は私を外れ、背後から低い唸り声が聞こえた。どうやら短剣は私の背後へ忍び寄っていたオークに突き刺さったようだ。アーテルさんの攻撃が遅ければ、私は豚さんの晩ごはんになるところだったのかもしれない。
「こら、武器屋! 次の相手に備えなさいと言ってるのにっ!」
「ご、ごめんなさい。でも私は武器屋じゃなくて武具屋だよっ」
メイスと盾を構え、私は混乱した心を落ち着かせるように深呼吸する。
「当店は防具も扱ってますのでっ」
私は装備しているミスリルの胸当てを自慢気にメイスの柄で叩く。
「命の恩人相手なら全品三割引で売っても良いよ」
「そこはタダにしてよ、フルフル~」
「タダは……厳しいです」
アーテルさんは苦笑し、どこから取り出したのか新しい棒付きキャンディを魔物たちへと向けた。一体、いくつのキャンディを持ち込んでいるのだろう。
「残りは八匹。片付けるよ、武具屋さん」
「うん! 頑張るっ!」
こちらへと近づくオークに私は盾で払うような一撃を加え、怯んだところをメイスで殴り倒す。うめき声を漏らすオークは両膝をついたものの、まだ意識はあるようだ。
誰かを。ううん、なにかを傷つけるのは嫌だけれど、私も自分の命や願いを守りたいから。ごめんね。でも、できるだけ命は奪わないように戦うよ。
私はそう心に誓いながら、起き上がろうとしたオークの顎を思い切りメイスで叩く。骨が砕けるような嫌な音が響いた。
「……できるだけね」
「ほら、油断してると次が来るよ! あんまり世話焼かせない!」
「はいっ! さあ、どんと来い、オークさん!」
アーテルさんは三匹のオークを相手にしながら私の心配までしてくれている。
よし、私もしっかり戦おう! メイスと矢の刺さった盾を構え、気合を入れる。
「アーテルさん! お互い頑張って『試練の森』を越えようね!」
そう、私たちは王女様の婚約者になるべく試練の森に挑戦する王子様候補生なのだ。それぞれの願いや夢を叶えるために。太陽が真上にある。もうすぐお昼の時間だろうか。そう言えば私が王子様候補生になったのも、二日前の今頃だった。