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蛇足 皇太子は愛する人と結ばれたい

 6年もパライソで過ごし、制約魔導具で縛られていたとはいえシフォン――ミロワールはパライソの者、という認識が生まれていた。

 甘いと言えばそれまでだが、制約魔導具はことごとくその制約を外され書き換えられただの飾りとなっていたことに誰も気付かなかった。


 スイツと連絡を取るための研究員こそ、シフォンがその興味――趣味を同じくする者としても男としても――を奪っている女性、ノワールその人だった。

 彼女は暗号通り詳細を知らない。国から行けと言われたわけではない。ただアフォガート公爵家縁の者であり、好きに魔導具を開発研究したいがためにショコラータの研究所に入ってきた普通の人でしかない。

 

「ねえ、ミロワールなら魔導石研究のガナシュって人知り合いにいない?」

 スイツとシフォンを結ぶ役割を、知らずともノワールが担っていたことに彼は喜んだ。そんな場合ではないが、彼女が味方であり定期的に会うことに彼はそれを決めただろうアフォガート公爵へと喝采を送りたかった。

 ガナシュはシフォンの知古であり、パライソに連れていったこれも研究狂いの男である。

 パライソでは現在開発局にその腕を買われて兵器開発の様子を頭に叩き込んでいるところ。そもそもスイツの人質だが、彼らはシフォン(ミロワール)とガナシュはパライソから出すつもりはないのだろう。当人たちは出る気満々だが。

「知ってるよ? ガナシュに何の用事?」

「父さんから頼まれたのよ、渡してほしいものがあるからって。彼の昔の研究論文なんだけど、製品化に向けて話がしたいんですって。探したんだけど、今研究所から離籍して独立したみたいで連絡がつかなくて……ミロワールならあちこち飛び回ってるし知り合いにいるんじゃないかなって」

 はい、と大きな封筒を渡される。特に封はされておらず、マルタックのみだ。

「中、見てもいい?」

「ええ、いいと思う。誰が見てもいいって言ってたわ。契約だとかそういう書類じゃないからって。念のためって私にまで見せられたんだから」

 紐をくるくるとほどいて書類を確認する。

「ああ、これはガナシュに渡さなくてもいいみたいだね……ボクが代理でもいいみたいだ、なるほどね」

 さらさらとその場に置いてあるペンで本人不在代理に印を入れる。

 知らない者から見れば、ただガナシュと話がしたい、契約を結びたいので約束がしたい、いついつの論文を拝読した、という内容でしかない。どこにいるか分からないなら代理でいいので『読んだ』という印をくれ、という部分があるのでシフォンが印を付け渡したようにしか見えないだろう。

 仮にシフォンに渡らずとも、ガナシュがパライソに渡る前に登録した事務所がある。最終的にそこに届けば良い。いち所員としてミロワールの名があるから結局受け取るのはシフォンだ。

そして全く関係ないが、ノワールがミロワール(シフォン)ならと自分を頼ってくれることにも心の中で小躍りした。

 

 とにかくこれでスイツではミロワールこそがシフォンだと確定して、背後を調べるだろう。おそらくどの国にどれだけ滞在したか知り、何の種の魔導石を調査しているかも分かるはずだと彼は「この国だよ! こいつが裏切ってるよ!」と口に出せない重みが外れそうでホッとする。

 ただ、その国の誰が関わっているかまでは把握できていない。シフォンは確かにスイツからの人質という建前でパライソの内部を調べたり、研究員という肩書きでパライソが必要とする魔導石を持っている国を調べ繋がりを得ようとする間諜(スパイ)のような役割を任せられてはいるが、本人はそれに特化した教育をされたわけでもない単なるいいとこ(・・・・)のお坊ちゃんだ。本格的にやれば足がつくし身バレする。出来る限りの情報は集めたし、ミロワールを調べれば行き着くようにした。あとは専門家任せたらいいだけ。

 

 さて、シフォンが返した封筒を何の疑いもなく受け取った彼女(ノワール)は魔導具狂い。シフォンは人に貰ったんだと言って、身に付けた腕輪とイヤーカフを彼女の前で見せた。

「……やだ! ミロワール……それ」

 ノワールは案の定、目敏く制約の魔導具だと見抜いたようだ。制約のあるものは身に付けたら自分で取るわけには行かないものが多い。まして最新型ということは性質(たち)の悪いストーカーなりなんなりに目を付けられているということだと彼女は考える。いわゆる商売敵――研究を盗む者からかもとも思う。

 うっかり「制約の魔導具だから危ないわ」なんてことも言えない。監視されている可能性もあるのだ。そういうことをいちいち知らせずともノワールは知っているから余計なことは言わずに対処した。

 上手いことただの飾りにまで(監視機能は外さず制約の部分だけを外した)落とし込んでもらった。

「ミロワールも案外モテるのね」

 とノワールが微笑んだが、ほんのり嫉妬の色がそこにあることにシフォンは気付いて内心歓喜していた。

 

 そんなこんなで2年。

 結果を言えばパライソは潰れた。支援している者たちから魔導石は届いたが、開発局で静かにやる気を漲らしたガナシュが合間合間にちまちま回路を組み換えたために起動せず、故障して発火からの引火して開発局大惨事を引き起こした。

 それにより兵器がしばらく使い物にならないと見るや、将軍たち上層部に対し家族を亡くしたことによるもろもろ(責任転嫁も含めて)を募らせた兵たちと生き残った民たちによる反乱が起きた。

 生活の糧を得るための土地を焼かれ、体力のない者から餓死していくのに新たに国の頂に立った者は何も施さない、荒らすだけだと民は怨嗟を吐き気炎を上げ反撃に回った。その裏には好き勝手にボランティアして回るぼさぼさ頭の冴えない風体の青年たちがいた。ついでに将軍たち上層部は贅沢しまくっていると噂を落とす、亡くなった者のために立ち上がろう、そのために生きようと励ましながら。

 彼らが配った食糧や薬などはパライソ周辺の漁村から入ってきた他国の者たちが持ってきたものだった。いわゆる日持ち腹持ちを優先させた非常食なので、味はいまいちだがそれでもパライソの民たちの生きる力となった。

 

 ちなみにシフォンの身代わりを続けていた侍従――本物のミロワール――はパライソで自身の世話係として付いていた娘といつの間にやら……シフォンの知らぬ間に恋に落ちて愛を育んでいた。

 反乱後の混乱の中でカツラ型魔導具を外しても彼女は心を変えなかったので、侍従は彼女を支えていこうと思ったと言う。彼女の生家は先の試し撃ちで焼かれてしまい、家族もいない。元々ミルフィー王城の住み込み下働きだったが、そのままパライソでも失意の中下働きとして雇われていた。彼女は家族の亡骸が埋まる土地を離れては行けず、侍従は自分の国へ帰らせねばと送り出すつもりだった。

「すみません殿下、ボクここに残ります」

 侍従が笑って言う。

「……長い付き合いだが……お前のニヤニヤではない爽やかな笑顔は初めて見た。そうか、うん、そうか。うん。まあこれからこの国は大陸の援助により建て直されることになったわけだし」

「はあ」

「交渉役……窓口……いやそうだな、この国のスイツ大使として任命しようか。父上(皇帝)とアフォガート公爵にはそう伝えておこう」

「――えええっ、責任重大でめんどくさい!」

「お前な、彼女と家庭を持つつもりならめんどくさいとか言わずにだな……」

 

 彼女と畑を耕してちんまり生きて行こうとした侍従に監視(大使)の仕事を押し付けたり、なんだかんだパライソの後始末に月日を要したものの、ようやくシフォンはガナシュを連れて無事帰国の途に就いた。

 その頃にはパライソを煽っていた国――首謀者たちは速やかに処分された。スイツが身代金として支払った分は上乗せ補償されている。大型魔導兵器製造に関する物はデータを含めてショコラータ国の魔導研究所にて機密情報として秘匿されることとなった。その管理者はガナシュである。

 ちなみに彼はノワールが便利さと好奇心から開発する魔導具の中から一般化出来ない危険なものも秘匿していくことになる。

 

 戻ったシフォンの生活が落ち着いた頃、彼はまず皇帝である父親に、心に決めた女性がいてアフォガート公爵の娘アイシアとは結婚する気がないことを伝えた。当然相手について根掘り葉掘り……聞き取り調査が行われ、彼女について調査が入ることになったが、皇帝は諦めろと言った。

「魔導インク使って勅令として出したから、覆ることはない。大人しく愛人(ミストレス)にしろ愛人に。大体相手はお前をスイツ国の皇太子だと知っているのか? 知らんのだろ? ――は? 付き合ってもおらんのか? ならもう初恋として胸にしまって生きろ。三民三族全て皆が恋をしそれを成就させ結婚しておるわけではないわ。呑み込むべきものは呑み込み、幸せな顔をして国のため民のため生きろ」

 シフォンは分かりきっていることを改めて言われ、ぐ、と奥歯を噛んだ。帰ると言ってから2年、後始末に1年。婚約して3年が経ってようやく初顔合わせとなる日が近い時だった。

 できれば顔を合わせる前に解消したい、というシフォンの思惑と逆を行くように粛々と成婚に向けて周囲は動いていく。

 ミロワールとしての活動も長かったために色々と名前も顔も売れている。突然辞めるにも差し支えがある上未練もあるので、また3年の猶予を貰い続けることになった。

 皇太子としての公務もあるので、これまでのような時間の使い方は出来ない。シフォンはノワールに会いたい気持ちがいっそう強まることに胸が痛くなる。

 例えノワールと出会った方が先であり、シフォンが心を寄せたのが婚約するより先でも。仮に返してくれて付き合うというなれば婚約者のある身では彼女を傷つけるしかできない。上手く行っても愛人の立場。

 ノワールはそれを良しとするだろうか、そもそも――そもそも彼女はそのようなしがらみに大人しく囲われる女性(ひと)だろうか。そう考えてシフォンは溜め息を吐いた。まずは婚約を解消しよう、そう決めた。

 

 シフォンはアフォガート公爵に面会を求め、頭を下げた。

「公爵、大変申し訳ないが婚約は解消させてもらえないだろうか」

「確かに殿下と連絡を取るための苦肉の策として(アイシア)との婚約を打ち出しましたので、当初は解消するつもりだったんですよ。ですがまあ無理でしょうね。殿下のお気持ちも考えて解消を願ったんですが……陛下は勅令を覆すつもりはないと」

 皇帝の勅令が撤回されない限り、婚約は解消されない。ならばもう……どうしようかな、とシフォンは項垂れた。

「私が何か問題でも起こして破棄の方向は」

「破棄ですか? こちらはそれでもいいですがね。皇族として醜聞(スキャンダル)は痛くないですか?ただでも大衆を誘導するためとはいえ、現在殿下と娘の成婚はいつなのかと賭けまである始末ですからね。しかも貴・華族の未婚で年齢や条件の釣り合う女性は娘への放置ぶりにドン引きしてますしね。まあこれは殿下の責任ではないので申し訳ないのですが……」

 いいきった後しばらく沈黙した公爵はふう、と息を吐いて頭を下げた。

「本来殿下には負って頂かなくてよい責任を……命の危険のある人質に……あなたは代えのきかない貴い方なのです。我々の、国の――大陸の全ての民のために御身を犠牲に……」

 震える声を止められないまま吐き出す。公爵は皇太子が人質として8年費やしたことに忸怩たる思いを抱えていた。

 本来なら大使からの連絡や怪しい動きをいち早く察知し、関わった者を捕らえ科料を与え、叩きのめすのが己の責務であるのに、それらの動きを読めず何もかも後手後手に回り殿下に辛い思いをさせてしまったため、夢を諦めた娘には申し訳ないが彼女の幸せより殿下を支えてほしいと願っていた。実際婚約が解消されないのは陛下から公爵への罰であろうと踏んでいる。シフォンのアイデアだからは関係ない。

 そしてシフォンが人質としてパライソに滞在していたことは箝口令が敷かれている。例え娘であっても洩らしてはならない。だからこそ分かりやすい罰は公爵家に与えられていない。

 

 公爵は後日皇帝の呼び出しにより、シフォンに想い人がいることを聞かされ、予想以上に娘が辛い結婚生活を送るかもしれないことを知ると顔には出さず唇を噛み耐えた。

 だが相手の名を知らされるとぽかんと口を開けたまま、呆然と立ち尽くした。

「いい案ではあったが死ぬつもりで簡単に人質となったシフォンにも罰のつもりだったのだよ。上手く進めばまとまりそうだが、時期がくれば撤回するつもりであった。アイシア嬢の婚期は遅らせてしまったが、あの娘なら引く手数多だろうと」

 皇帝は苦笑しながら言った。

 

 その頃シフォンはショコラータの研究所で大きく溜め息を吐いていた。

 ノワールへの想いを本人に告げるべきか否か。告げてもフラれたらならば良い。両想いの時は嬉しいけど、今後どうする?

 ならばやはり公爵の娘に嫌われ破棄に持っていくしかない。ぐだぐだ考えては頭を抱える。皇族から抜けることは許されないだろう。こんなことならパライソで死んだことにすれば良かったと情けない考えに至るまでに後悔した。

 

 即解決する調査結果がシフォンに知らされるのは、ミロワールという研究員が研究所から消えるための3年の猶予が切れるギリギリに。

そうとは知らずにシフォンは悩み続けることとなる。


 

 

 

 

 

【大陸内外の状況】

この世界には車や列車などはあっても戦艦や大型客船、飛行機はまだない。

海には陸以上の巨大な魔獣や魔物がいることも外への行き来が少ない理由のひとつ。

大陸外にも世界は広がっていて、大陸内だけでもかなりの国と地域があるため、目を向ける必要が今のところなかった。

自国領土を広げる戦争をしているわけでもなく、不作による飢餓や人口増加で国土を広げたり資源の枯渇でよそを狙ったりする必要がないため。

今回成り行き上とはいえ大海を渡り、他国ミルフィーに干渉する事態に。

大陸内の国は全て同盟を結んでいるので、各国平等に支援表明。

ちなみに侍従のミロワールは復興支援のお手伝いを生涯に渡り頑張ったので没後は国に尽力した偉人として後世に語り継がれる有名人になった。


       * * * * * 







読んでくださってありがとうございました。

ブクマや評価くださった方もありがとうございます。

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