表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

蛇足 皇太子は渡り歩く

 シフォンはパライソ軍統一党に乗り込むにあたり、幼い頃から仕える侍従ひとりと隣国ショコラータにある魔導研究所からスイツ国出身者の知古ひとりを呼びつけ、計3名で向かった。人質として送り込まれることはスイツ国からパライソに通達済みだ。

 

 スイツ国を出る前から侍従にカツラ型魔導具を使って影武者にし、自らは侍従のフリをした。

「殿下、大丈夫ですかね……つるりと取れたりは……湯浴みでバレたりは」

「今回のための特別製だから、つるりと取れたりしないはずだが可能性はあるから気を付けておけ。湯浴みできる環境ならいいが、まあ(しらみ)が湧く可能性はあるな」

「――生まれて初めて殿下の側にいるの後悔しました」

「そのメンテナンスのためにも(研究員)がいる」

 簡単に取れてもらっても困るのでその辺はしっかり対策をしたが、パライソ軍統一党でのボディチェックはある意味緩く、物理的な武器にばかり気を取られていて、カツラ型の魔導具があるということも知らないようだった。 

 だがその割に肝心の魔導兵器は悪い意味で良い出来で、思った以上に厄介な兵器に頭を抱えた。

 

 最初の数週間は3人共に監禁されたが、そのうち軟禁となり、連れ立ってパライソの魔導兵器を見せつけられた。

 兵器による幾度かの試し撃ちにより、彼らが腰を据えている旧王都の向こうの野が焼け山は抉れ、のどかな風景であっただろうそこを黒く焦げた荒廃世界に変貌させていた。被害の大きさを目の当たりにし、シフォンは戦慄する。農地や牧畜だけではない、民もかなり焼かれただろうに彼らはそこを気にしていない。

 

 連れてきていた研究員と共に、血の気が引いているシフォンと侍従を見て自慢気なパライソ軍の者たちに連れ回された場所を色々見て回った結果、そのせいで必要な魔導石を持つ魔物の棲息域まで焼け野原にしたこと、尋常ではない熱で地中からの採掘も不可能になることを知った。ちなみに研究員は貴重な魔導石の喪失にショックを受けていた。

 とにかく、あの魔導兵器に必要な魔導石はかなり大量に必要だがパライソ内だけで次弾を作成することは到底不可能な量と見られた。

 研究員とシフォンはそう見ていたが、果たしてパライソは自国は無理と大陸の支援国から魔導石が補填されるという情報を掴んだ。

 大体声明を出してきた時もなのだが、手紙のやり取りすらなく、当然国交もない大海を挟んだパライソが大陸国家間では(・・)常識となっている型の通信魔導具を所持していたことで融通している国があるんだな、と把握される自体になっている。

 パライソは一般にも党内でも魔導具の普及はそこまで高くないのに、なぜか武器開発だけは最新というちぐはぐさに気がついていないようだった。

 

 この頃――国を出て既に2年近くが経過していた――になると、侍従のフリをしているのに全く気付かれていないことを良いことにシフォンはパライソの魔導具開発局の使い走りなどをしていて局長からの覚えめでたく、それを耳に入れたパライソ将軍――パライソ党首からこちらで開発をやらないか、と勧誘を受けるほどになっていて彼はその申し出を受けた。

 そして本来なら攻め入るつもりだったパライソは方針転換を余儀なくされたようだった。皇族であり後継である人質は身代金をもたらす。開発には金がかかる。パライソの背後にいる国は身銭を切らなくとも兵器の開発資金がじゃぶじゃぶ入ってくる。

 

 大陸のどの国がパライソを援助し煽っているのかを探るため、シフォンは新たな偽装身分を手に入れてあちこちの国へと巡ることになった。

 それが『魔導石研究者・ミロワール』である。パライソの魔導研究発展のため、という体裁の間諜(スパイ)だ。

 いつバレてもおかしくないのでやめてくださいと侍従は泣きついたが、シフォンはパライソの周辺一帯焼け野原になり、未だ雑草のひとつ、小さな魔物の姿ひとつ見えない状況を大陸にもたらしてはならないと心に決めていたため聞かなかった。

 

 そして人質となって6年が経過し22歳。

 シフォンは腕輪型やイヤーカフ型の制約魔導具による身体及び精神的拘束をされていた。

 パライソの魔導具開発は大陸よりはるかに遅れているというのに、兵器のような一部の魔導具には人道的に宜しくないと大陸で禁止されたものを最新に作り替えたものが多い。特にこのような罪人や奴隷といった特定の者を従わせるための魔導具は簡単に外すことはできないものにシフォンは苦笑しきりだ。

「……まあ中に埋め込まれないだけマシ、か」

 けれどもその一部の最新式魔導具の出元も無事把握することができ、共にパライソに来た研究員の協力もあってショコラータにある研究所に偽の経歴で籍を置いた。

 その肩書きのお陰で、魔導兵器に必要な種が持つレアな魔導石の産出国の特定もできた上に、厄介な魔導具の解除方法も知識として得ることが出来た。

 

 更に言えば、好ましい女性と出会えた。研究員のひとりだが、魔導開発馬鹿と彼は親しみを込めて呼んでいるし彼女もそれを笑って受け入れている。2人で魔導具や魔導石について論じ合う時はシフォンはただの人でいられて楽だった。その時間は気を抜くことのできない彼にとってとても貴重なものだ。

 これまで貴・華族のプライド高く自分が優先されて然るべしという態度、裏表の激しさなどに実は辟易し疲れきっていた彼は彼女に焦がれていく気持ちを止められなかった。

 

 正直パライソ絡みでさえなければ。

 ある種自由にやりたかったことを好きにやって日々楽しく思える日もあった。パライソに残してきた侍従たちを顧みれば罪悪感半端ないが。

「伝える手段がほしいな……」

 スイツ国がシフォンを切り捨てない――身代金を都合する限りシフォン及びスイツ国から来た3人の命は保障される。金で束の間の平和を買っている。とんでもない金額ではあるが。早くパライソを何とかして、国に戻って彼女を自分の妻にするために動きたい。

 彼女は大きな商会を持つ親がいて、趣味で魔導具開発ができるほどだ。開発するためのパトロンは必要ないのでそちらから攻めることはできない。頭は良いし、商会で各国渡り歩くためか大陸共通語以外の他国言語も何ヵ国か習得していると言う。都市部では自動翻訳機が普及しているが外れれば持たない者も多いためだと言う。商売のせいもあろうが相手のことを思いやる姿勢も良い。ならばあとは身分の問題だな、とまで考えてシフォンは溜め息を吐いた。まだ自分の気持ちを伝えるどころか身分も名前も詐称したまま。本当の自分を知ってもらうためにはこの状況を終了してからだと堂々巡りの問題に肩を落とした。

 

 好きな女のため、と言うと抱えているものに対して手前勝手で大変申し訳ない気持ちになるが、いい加減自国に戻らねばならないのだから、と塞ぎたくなる自分に言い聞かせ表面上パライソのためにあちこち駆け回る日々は続く。

 そしてある時スイツ国の皇太子の話題が耳に入った。ある国の魔導石発掘調査中の休憩時のことだ。

「へえ、スイツ国のプリンセスが決まったってよ」

「でも当の皇太子は不在だろ? ああ近々帰ってくるのって、それでか。おお~、なかなかの美人(べっぴん)だなオイ。さすが獅子の宝珠と呼ばれるだけはあるな羨ましい」

 ――は?

 

 ベンチで大衆紙(タブロイド)を読み、他国の慶事に盛り上がる調査員たちの後ろからそっと記事を盗み見れば、確かにシフォン皇太子(自分)の婚約者決定と見出しも大きく一面に報じられている。

「???」

 ――どういうことだ!?

 自分が知らない間に決定した婚約者の情報は彼の頭を混乱させるに十分な内容だ。

 公務で微笑む自分の写真と、美人ではあるがタイプではない(・・・・・・・)派手な顔立ちの少女の隠し撮り写真が隣り合って並んでいる。さらりと流し読めば、全く自分に覚えのない彼女との馴れ初めがつらつらと書かれていた。

 

「……」

 アフォガート公爵の一人娘、と内心で首を傾げる。公爵の娘は跡取り娘だ。かの家は華族。成り立ちも商民が豪商となり財で国庫を潤したことに対し謝意を示して(見返り)の叙爵である。表向きとしては。

 他国から『スイツの獅子公爵』の二つ名で呼ばれるのは代々やり手と呼ばれる商いの手腕からだが、それだけではない。先の大戦で各国の同盟が結ばれ、どの国もそれぞれの大使を置いているがこれは言うなれば出し抜きを防ぐ監視のためだ。スイツの大使を統括しているのがアフォガート公爵家。彼らは裏切りの匂いに敏感で、そうと分かれば柔いところに食い付き逃さないところからそう言われている。

 だが親ひとり子ひとりの公爵は娘を溺愛しており、婿には彼の仕事を引き継げる部下を持ってくるのだと常日頃から公言している。今回のこれは、とシフォンが考えを巡らせる。

 

 その間に調査員たちが大衆紙(タブロイド)をそのままそこに置いて去っていったので、シフォンもベンチに座って、じっくり記事を読んだ。

「……なるほど?」

 よくよく見れば記事内、宣伝広告、皇太子の写真にはスイツの皇族が使用する暗号が含まれていた。

『指定日、ショコラータ国の魔導研究所に詳細を明かしていないアフォガート公爵家(ゆかり)の研究員を派遣する。ついてはその者に状況報告を定期的に頼む』

 シフォンことミロワールはようやく情報を渡せること、公爵家縁の者ならば厄介な制約魔導具を解除できる能力のある者だろう、と味方に会えることに大きく安堵の息を吐いた。

 

 だが、この婚約の記事にまた思いが戻る。

 おそらく偽装婚約だが皇帝陛下(父親)はきっとこれを解消しないだろうと予想してシフォンの心は沈んだ。客観的に見てケチの付けようのない相手だ。

 アフォガート公爵の娘は学舎に通わされていないので人となりは知らないが、デレデレと娘自慢をしているらしいということは人伝に聞いている。

 実際写真を見る限り、年齢の割に大人びた美しい少女という抱いた印象は変わらない。華族の娘らしい、プライドの高そうな雰囲気もある。だからこそ(・・・・・)シフォンのタイプではない。

(私がパライソにいてもこのニュース――暗号化された――が届けられるよう大々的に報じさせたなら解消される前提だろう……だが、そうされなかった場合も考えねばならないということか)

 シフォンは空を仰いだ。雲ひとつない抜けるような青空の眩しさに目を細める。

「やっと……熱のある女性に出会えたんだけどなあ……」

 小さく呟かれた言葉は空に吸い込まれるように消えていった。

 

 彼はスイツとパライソの立派な二重間諜(スパイ)として証拠を集めることとなる。

 

 更に月日は経過して、パライソはとうとう裏で繋がっている者たちに対しても尊大な態度に出るようになった。

 ミルフィーの変革(クーデター)をパライソ将軍らに唆し、スイツを潰すため大型魔導兵器の開発に惜しみなく援助し変革を支援してきたが、シフォンを人質に取ってからはスイツから多額の金が入るが上手いことパライソに――将軍には入らない。良いように扱われている、と流石に将軍らも気が付いたようで、疎ましく思うようになっていた。開発局も魔導石もほぼ裏から来たものたちだ。だからこそ独自に開発できるようミロワールを使って他国の魔導石の発掘状況、兵器を稼働させるための魔導石を彼らに頼らず入手するための道筋を立てようと模索している。

 

 シフォンが独自に調査したパライソ以前のミルフィー国は良くも悪くも牧歌的な国だったようだ。大陸から見ればアナログな――魔導具に頼らない――生活をしていたらしい。大海に囲まれ、周辺は漁村や大小の部族の集まり程度。諍いはあっても他国の侵略のような大きなものはなかったが、魔物魔獣と呼ばれる害獣が頻繁に出る。ドラゴンや火蜥蜴(サラマンダー)、毒竜など大きく獰猛で危険な種が多かったため実力主義の軍が作られていた。

 パライソ将軍という男は単純な男でもあったので、自尊心をくすぐり虚栄心を煽られ付け込まれその気になったのだろう。軍は国や民を害する者を守りたいという気持ちと共に、自分は命をかけこんなに頑張っている、自分は強いという自負を持つ者も多い。まして上に口答えをしてはならないという考えも浸透している。

 そんな彼らは変革を決めた頃から同じ夢を見ていた。この国はもっと上に行ける、世界を統べると言われのぼせ上がった。それに反対していた王たちは彼らから見れば、向上心のない愚鈍な者たちだ。反対派の粛清に彼らは沸いた。そして完成した大型魔導兵器が一瞬で野山を焼き払えば、自分たちは非常に強くなったのだ敵などいないのだと歓声が上がった。

 

 だが足掛かりであるスイツを潰す勢いのまますぐに(・・・)行動に出られていれば違ったのだろうが、熱が冷めるほどの期間が空いた。夢から醒める者は増えてくる。スイツからのだった3人の人質は予想よりも大きくパライソとその裏の進路を変更させていたのだった。

 自分の故郷を自身の手で焼いた事実を、愚かと嘲笑い粛清した者たちは何の罪もなく善良な者たちだったことを。中には己を諌めた身内を粛清させた者もいる。

 彼らはこれまでの全てを間違いだったのではと思い至り迷ったが粛清を恐れ口を噤んだ――現在(いま)のところは。そして軍の上層部にいる者たちも同じことを考える。現状を変えるため変革が起きたということは、また起きてもおかしくはないことに。下からの反乱を恐れ粛清対象はさらに厳しくやり方は重くなっていく。

 

 シフォンがパライソに戻る度に、疑るようなピリピリとした空気の変化を感じるほど彼らは追い込まれているようだった。

 

 

 

 

【カツラ型魔導具】

皇太子の変装用。

犯罪に使用される恐れがあるため一般には浸透していない。

擬態系魔獣の色素細胞と魔導石、認識阻害細胞などを組み合わせている。

被った人の顔かたちが当人ではなく別人のように見える。


【大型魔導兵器】

とにかくでっかい。

光線が打ち出される。



       * * * * * 


本日中(1/20)に最終話投稿予定です。

読んでくださってありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ