魔の森に挑もう!②
ぞっと寒気がして目が覚める。ここは……そうだ、木の巨人を倒して、それで。私は人の気配がすることに気が付いてとっさに立ち上がった。
ルー(大きい姿)がグルル……と低く唸っているおかげで近づいてはいないけど、鎮火した木の巨人の残骸よりもこちら側にその人たちはいた。
三人組だ。男性が二人、女性が一人。身なりは冒険者だと思う。でもいい装備使ってるな、王子の護衛並みだ。普通の平民よりはかなり稼いでいるだろう。ざっと見回して判断する。
「君は……」
声をかけてきたのは男性のうちの一人だった。彼がリーダーなのだろうか?剣を下げているので多分剣士だろう。
「冒険者か?この辺りでは見ない顔だが……いや、ル・ボルアを倒したのは君なのか?」
ル・ボルアが何かはわからないけど、察するに木の巨人のことだろう。倒しちゃヤバいやつだった?内心焦りながら沈黙を貫く。
「それにこれはルプス・グランディス……だな?君の従魔なのか?」
信じられない、というふうに言われてしまうのでそれがいい感情かどうかさっぱりわからない。うーんどうしよう、「魅了」で切り抜ける?でも人間一人ならともかく三人にいっぺんに魅了かけたことないからなあ。うまくいくかどうか。
私が黙っていたせいか、もう一人の男性がいらだたしげに声をあげた。
「君、喋れないのか?答えたらどうだ」
「ウィル」
ウィル、とかいう彼を最初に喋った男性が嗜める。私を肩をすくめた。
「……名前も名乗らない人間に礼儀を尽くす必要なんてあるかしら?」
「貴様!」
「ウィル!黙って。彼女の言うことは正しい。すまない、驚いてぶしつけな質問をしてしまった。連れの暴言も謝罪する」
最初に喋りかけてきた人は多少良識があるみたいだ。謝って自己紹介をしてきた。
「俺はフェルド。こっちはパーティーを組んでるウィルとロサだ。一応それなりにランクが高くて名の通った冒険者なんだけど……君は知らないみたいだね」
あー、なるほど。自分のこと知らないやつなんかいないと思ってたのね。申し訳ないけど私は王国から来たし、あと王国でもド辺境だったので有名な冒険者とかは全く知らない。
「私はステノ。ルーは私の従魔よ」
「そうか……。よかった、ル・ボルアの討伐依頼を受けたから来たらルプス・グランディスの遠吠えが聞こえてね。ルプス・グランディスも相手取るとなると大変だと思っていたんだよ」
「そう」
平静を装いながら私は必死に思考を巡らせていた。討伐依頼を受けていた獲物を横取りしちゃったってことだよね、これ。その場合なにかお叱りとかあったりするもんなのかな?!私は冒険者登録すらしていないので、こういうときのルールが全く分からない。塩対応してる場合じゃなかった。倒しませんでしたで白を切るか?バレるよねえ、さすがに。
そんな私の心配をよそに、フェルドはペラペラと喋ってくれた。
「ル・ボルアは君が倒したんだろう?討伐依頼が出ていたのはル・ボルアがここに棲みついたせいで人が通れなくて迷惑していたからなんだ。君さえ良ければ一緒に町へ行って討伐証明を受けてくれないかな。そうしたら町の人たちも安心だから」
「何を証明にするの?」
「魔石だよ。あそこに残ってるだろう」
ルーは勝手に食べなかったのか、ル・ボルアの燃えた跡に大きな魔石が鎮座していた。とはいえボスタウルスのそれよりは小さい。
フェルドは私が寝ている間に勝手に魔石をかっぱらうこともできただろう。けれどそうしなかった、という誠意を汲んで私は頷く。
「わかったわ。一緒に町に行ってもいい」
「助かるよ。……それに、君は見たところ町から来たわけじゃないだろう?いい宿も紹介できる」
フェルドはきっと私の服装を見て言ったのだろう。そりゃそうだ、こんな薄着かつ傷だらけでウロついてる人間は町からやってきたとは思えない。名のある冒険者であるというフェルドの言葉を信じれば、いい宿の一つや二つ知っているだろう。
「助かるわ。よろしく」
「じゃあ、行こうか……と言いたいところだけど」
フェルドがチラリと後ろを振り向く。ウィルはなんか不貞腐れていて、一方でロサと紹介された女性はソワソワしていた。さっきから一言も喋ってないけどなんだろう。
「あの、ロサです。ご迷惑でなければ傷を治させてもらっても良いでしょうか?」
「悪いけど、対価は払えないわよ」
私は一文無しなので。しかしロサはブンブンと首を横に振る。
「お代はいりません。ね、ウィル」
「ハァ?いや、けどなあ」
「こんな綺麗な肌に傷が残ったらかわいそうでしょ!ウィル、治して差し上げてよ」
「なんで僕が……」
いやロサじゃなくてウィルが治すんかーい。ロサはただ私の傷が気になっていただけらしかった。ロサに言われたウィルは渋々といったふうに魔術をかけてくれた。
「清めよ、癒えよ守れよ」
パァッと光ってあっという間に傷が治っていく。地味にじくじく痛かったので助かった。お礼を言おうとしたところで、ウィルはルーに向き直る。そして驚いたことに同じように治癒の魔術をかけてくれたのだ。
「あら、ルーも癒してくれたのね。ありがとう」
「ふん」
「ウィルったら素直じゃないのよね〜。さ、行きましょうステノさん。ルーさんも」
ウィルは友好的でない態度だが、根は悪い人ではなさそうだ。ロサも私を気遣ってくれた。フェルドは素直に謝ってくれたし、私が気にしていたことを見抜いてか親切にしてくれた。
今のところこの三人について行っても問題ないだろう。でも油断できないので、森を抜けるまではルーを収縮させないことにしておく。道があるなら大きなサイズのまま動けるだろうし。
ル・ボルアの魔石を抱え、先導するフェルドについていく。森を抜けるまで、後少し。