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門出

 机の上には雑多な道具が並んでいた。

 ランプ、調理器具、テント、ポーション、日持ちする食材。替えの服に、街歩き用の私服に、ちょっとしたアクセサリーもある。それに地図や図鑑、手帳と筆記用具。それらを分類してマジックバッグに入れていく。

「荷物、増えたなあ……」

 思わずそう呟いてしまった。だってマジックバッグがあれば持ち歩くのが簡単なんだもん。あとお金があるのをいいことに、街をぶらついて荷物を増やしてしまった自覚はある。

 砦にいたときとは大違いだと思い出した。一度「魅了」がバレたと思って逃げ出そうとしたことがある。そのとき、荷物はほんのちょっとだった。片手で抱えて逃げ出そうと思えばできただろう。そうして、逃げていれば何か違ったのだろうか。

「ぐるる……」

「わっ!ルー、大丈夫よ。おやつもちゃんと準備したからね」

 物思いにふけっていると、ルーが膝の上に顎を乗せてアピールしだした。乾燥させた魔物の肉はルーが選んだおやつだから間違いないはず。見せてあげると鼻を鳴らされた。

「あなたのブラシもあるし、石鹸もあるわよ」

「ワウ!」

 頭を擦りつけてくるのでわしゃわしゃと撫でまわす。ついでにブラシもして、服が毛だらけになってしまった。でも大丈夫、こういうときのためのブラシも買ったから!いやほんと、モノを増やしすぎだと思う。

 まあ、何事も余裕があるのはいいことよね。人も物資もカツカツで戦っていた砦は異常だったんだって改めて思う。あんなところ、砦を建てたって何の意味もなかったのにね。


 荷造りを終え、私は立ち上がった。そろそろ約束の時間だ。そう思っていると、部屋の扉がノックされる。

「どうぞ」

「ロサですわ。準備は終わりましたか?」

「うん。もう出れるわ」

 ドアを開けたロサは、部屋の中を見て目を細めた。一応部屋の片付けはしたつもりなんだけど、何かまずかったかな?

「……本当に行ってしまうのですね」

「え?う、うん。そうだけど……」

「それがステノさんの決断なら、どうしようもありませんが……。やっぱり寂しいですわねえ」

 本気で心惜しげに言われて、あの勧誘って本気だったんだと今更思った。別に信じていなかったわけじゃないけど、私のスキル目当てだと思っていた。寂しいってことは、なんか、それとはちょっと違ったのかな。

「せっかくお友達になれましたのに。向こうで落ち着いたら、お手紙をくださいませんか?」

「……」

「ステノさん?」

 一瞬固まってしまったのは、お友達だなんて言われると思ってなかったからだ。

 というか、私……友達と言える存在、いなくない?!だって故郷の人たちとはもう連絡を取り合ってないし、砦にいたのは私を「聖女」と崇める人たちだけで、冒険者になってからは個人的なかかわりは避けていた。

 ロサが友達かとかは考えたことなかったけど、うーん、一緒に戦った仲間だし……?同じくらいの年の女の子の知り合いもいないし、向こうが友達だと言ってくれるならありがたく友達になっておこう。

「あ、うん。えっと、手紙?送り先教えてもらえれば」

「はい、どうぞ」

「準備いいわね……」

 すかさず宛名の書いてあるカードを渡される。うん?王都の冒険者ギルド宛てだ、これ。

「個別の住所より、ギルドへのお手紙のほうがお安く済むんですのよ。それに、貴族宛の手紙を出すとステノさんの素性を勘ぐられてしまうかもしれません~」

「き、気遣い!ありがとう、ロサ」

「アガーテ殿下へのお手紙もありましたら、わたくし宛にしてください。お渡しいたしますわあ」

「あ、そうよね。司令官に気軽に手紙出すなんてできないものねえ」

 というか、手紙を書くという発想はなかった。今ロサが言い出してくれなければ連絡を取る手段がなかったかも。本当にありがたい。


 ロサにもらったカードはマジックバッグにしまい、応接室に向かう。少し緊張するのは、この先に司令官だけじゃなくって、リヴァロ殿下もいるからだ。

 私が旅立つと知って、一度顔を合わせてお礼を言いたいと言われていた。直前のこの時間しか取れなかったらしく、王族って多忙なんだろうなと思う。

「ロザリンディアでございます。ステノさんをお連れいたしましたわ」

「ああ、ありがとう」

 応接室にはリヴァロ殿下だけではなく、司令官もいる。ロサは出て行ってしまって心細い。促されてソファに座った。

「あらためて、ステノさん。あなたのおかげで依頼を達成できたこと、感謝している。ありがとう」

「ええと……私だけの力ではありません」

「それでも、三人だけではこうも早く攻略はできなかっただろうからね。おかげで義姉上も快復している。子ができるのもすぐだと思っているよ」

「ならよかったです」

 まあ、その辺は私には関係のない話だ。子供ができたらおめでとうございますくらいは言うけど。

 で、話はこれだけじゃないだろう。リヴァロ殿下を見つめると、うすく微笑まれた。

「あなたはこれからジュード・シムへ向かうと聞いているよ。我が国に残る気はないのかな?」

「いえ、ありません」

「……あなたは『聖女』であることに矜持(プライド)を持っているそうだね。我が国でも『聖女』として遇するとしても、かい?」

 王弟殿下直々のスカウトとは。うーん、やっぱりヤバいか、このスキル!

 というか、「聖女」のプライドとか誰が話したんだろう?まあ多少こだわりはあったけど、あれは追放してきたアウルムへの当てつけというか。持ち上げられてちやほやされたいわけじゃないのよね。

 どうやって断ろうかと考えて、ふと頭の隅に引っ掛かることがあった。城に行ったときのことだ。あのとき、私はわざわざ着飾らされて、ウィルたちと連れ立っていた。知らない貴族のおっさんが話しかけてくるくらいには目立っていた。

 そうする目的が、誰かにあった。誰に?依頼のためと言って私を城に呼んだのはたぶんこのリヴァロ殿下だ。


 ――もしかすると、あのときから。私を「聖女」としてウィリディス・マティスで働かせることを考えていたのかもしれない。


 アウルムの「砦の聖女」。「聖女」としての力は今回の依頼でお墨付きだし、アウルムを追放された私のことを喧伝すればアウルムへの牽制になるのかもしれない。今はアホ王子も神の落とし子もこっちに手を出せないんだし。

 そこまで考えてちょっとゾッとした。砦での戦いや、冒険者稼業とは違う。これは人と人との争いの話だ。

「私は――戦争の道具になるつもりはありません」

 声は震えてしまっていたかもしれない。私の答えに、リヴァロ殿下は顔色一つ変えない。

「そこまでわかっているんだね。アガーテさんが育てただけあって優秀だねえ」

「リヴァロ」

「わかってるよ。僕もほら、王族としてね。最短最小でアウルムを抑えたいんだ。あなたがしてくれたことはとっても助かるんだよ。とはいえ、これ以上欲をかいてはアガーテさんに嫌われちゃうね」

 その笑顔は仮面のようで、近づきがたい。司令官って王女様でもかなり親しみやすい人だったのかもしれない。

「ダメで元々だったからねえ。まあ、あなたが強い意志で人との争いを忌避しているならこちらも安心だ。道具(スキル)の使い方を間違わないように、気を付けてね」

「わ……、わかっています」

 それはもう、誰よりもね!と言いたいくらいだ。まあ、リヴァロ殿下も私を野放しにするという選択をしてくれるっぽいから、それは感謝しておこう。「悪い」スキルだからって閉じ込めることもできなくないのよね。

 司令官が言っていたギルドの庇護下にある冒険者というのだって、あくまで法はそうだってだけだし。特権階級である貴族は、私を砦に連れて行ったように、大体のことはできる。王族ならなおさらね。

 ……うん、次に王族に遭ったら、絶対バレないようにしよう!



「リヴァロも釘を刺したかっただけだろう。悪かったな、ステノ」

 リヴァロ殿下は忙しいからと先に帰ってしまった。司令官はこのまま私を見送ってくれるらしい。

「まあ、何もされなかったんでいいですよ」

「させないさ」

 きっぱり言い切ってくれる司令官がいたから、こっちもさっぱり断れたんだけどね!「魅了」持ってることを知ってる相手に「魅了」をかけるのはリスクがありすぎるもの。

「それにしても、本当に転移門を使わなくてよかったのか?」

 司令官が言っているのは、ジュード・シムへの道のりのことだ。一番近い転移門まで行けるように取り計らってくれようとしたんだけど、それは断った。

「大丈夫です。ウィリディス・マティスにいる間に旅に慣れておきたくて。考えてみれば、ろくに旅したことないんですよね」

 砦から追放されたときは旅と言えない限界サバイバルで、「死の地平」探索時もウィルたちがいた。リンテウムから王都に出るのも一瞬だったからね。一人旅の経験は実は全然ない。ギルドでジュード・シムのことについて調べてたらなぜかいたツウェルさんに、いろいろアドバイスはしてもらったんだけど。宿の選び方から何から何まで、ありがたいことです。

 そんな私の主張に、司令官は頷いた。

「ああ、そうか。ウィリディス・マティスなら治安も悪くはないしな」

「はい。何かあったら頼れる相手もいますしね」

「はは、いつでも連絡しなさい」

 まあ、さすがに軽々しく王族を引っ張り出せないけど……。でも頼れる人がいるというのは心を軽くしてくれる。うんうん、お金と同じくらい大事よね。


 司令官と話しながら玄関に向かうと、ウィルたち三人が揃っていた。みんな見送りに来てくれたらしい。

「ステノ、忘れ物はないか?」

「大丈夫よ。ルーも確認してくれたし」

 ウィルが真っ先に口を開いたけど、言うことがそれかとちょっと呆れた。

「そうか。怪我には気をつけろ。君も、ルーも」

「ウィルはいないものね」

「ああ。無茶はするな」

 茶化すつもりが、思いのほか真顔で言われてしまった。ポーションがあるとはいえ、ソロである以上危険は付きまとう。先達の助言だと思い、頷いておいた。

「ステノ嬢、王都に寄ることがあればいつでも顔を出してくれ。歓迎する」

 フェルドはそんなことを言うけど、私のスキル目当てなのはわかっている。ある意味ブレない奴だ。

「はいはい、少し付き合ってあげたでしょう?次会うときまでに自力で『聖剣』抜くくらいは言いなさいよ」

「手厳しいな……。ああ、必ず」

 いや、絶対やれとは言わないけど。でも本人は本気みたいだ。モチベーションになるならいいのかな?

「ステノさん、先ほどお伝えしたこと、よろしくお願いいたしますねえ」

 ロサにはぎゅっと手を握られた。手紙かあ。私から出さなかったら、ロサは宛先がわからないわけだし。責任重大ね、ネタも考えておかないと。

「うん、約束する」

「うふふ。楽しみにしています~」

 砦にいた頃は手紙を出す余裕もなかったからね。ジュード・シムではそうならないよう、気をつけよっと。


 三人に挨拶を終え、司令官にも見送られて屋敷を出る。背後の門が閉まり、私はルーを見た。

「あのときとは、何もかも違うわね」

 砦を追放されたとき。後ろで門が閉まって、絶望した。誰も信じてくれなくって、目の前には恐ろしい魔物がいて、おしまいだとすら思った。

 あの時の原動力は怒りだった。それも全部精算して、私は自由になったわけだ。今度こそ。

「ふふ……よしっ。行くわよ、ルー!」

「わふ!」

 逃げる必要なんてもうないけど、高揚して気持ちが逸って走り出す。まるで子どもみたいで、でも悪い気は全然しなかった。

ステノの冒険は一旦これにて完結です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
とても面白かったです! またいつか、この先のステノとルーの冒険を読めたら嬉しいです。 楽しい作品をありがとうございました。
面白かったです! 敵が使う事が多い『魅了』を主人公がバフとして使うアイデア 物語のテンポの良さ、主人公の心の強さが良かったです。 ルーかわいい。
どうせチームに加入してどっちかの男とくっつくんだろうなーと思っていたので、この結末は良いサプライズ!爽やかでたのしそうでよかったです。ジュード・シム自体の設定も面白そうだし、もし続編があるなら読んでみ…
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