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ステノ・マシューの選択

「ステノ、今の君はギルドの庇護下にある冒険者だ。王族といえども、君に強要はできない。ゆっくり考えなさい」

 すぐ答えられなかった私に、司令官はそう言った。

 まあ、そうよね。即答しなきゃいけない問題じゃない。二週間寝たきりだったのでいろんなカンも取り戻さないといけないし。


「療養中はうちに滞在すればいい。別に金はいらないからな」

 ウィルもそう言ってくれたので、迷ったけど言葉に甘えることにした。代わりに何か手伝えることはないかと思ったけど、素材の仕分けとかはもう終わってるらしい。なのでまあ、本当にお客さんとしてゴロゴロするしかやることはなかった。


「はあ……」

 ベッドの上でため息をつくと、隣のルーが鼻を鳴らして顔を覗き込んできた。大丈夫よ、と額を撫でてやる。

 本当に、心配することなんかない。司令官の下で働くも、ウィルたちとパーティーを組むも、メリットしかないし。

 ――なのに、なんで私は迷ってるんだろう?

 どちらにしようという迷いではなかった。どちらも、「何か違う」という迷いだった。

 その「何か」がわからないのでため息をついてるわけで。うーん。

「ルーとは一緒にいたいなあ」

 わしゃわしゃと毛を撫でながらそんなことを言ってみる。そしたら、司令官の下で普通に働くのはダメかな?司令官はルーと一緒でもいいと言ってくれると思うけど、ルーは普通の犬じゃない。魔物で、戦闘本能がある。普通に暮らす中での普通の散歩じゃ満足できないはずだ。

「そうよね、私……『魅了』を使って生きていくって決めたんだもの」

 言葉にすると、輪郭の一部が掴めた気がする。

 そうよ、私はこのスキルが「罪」じゃないって思ってる。隠して生きていくのは安全で楽だろうけど窮屈だ。

 なんで窮屈に思うかって、だって。私はもう知ってるから。砦での生活とは違う、一人で生きていく方法。誰にも、何にも縛られない生き方を。


 ハッとして体を起こした。

 ルーがどうしたの?と見上げてくるので、一緒に部屋を出る。探し人はすぐに見つかった。

「ウィル!」

「どうした?」

 この屋敷の主人だ。屋敷には執務室もあるらしく、普段はそこにいると聞いていてよかった。よく考えればウィルって冒険者なのに実家の手伝いもしていて大変よね。

 それはさておき。聞きたいことがあったのだ。

「今いい?仕事中?」

「急ぎじゃないから構わねえよ」

「よかった。前、冒険者が多い国があるって話したじゃない」

「冒険者が多い国……?ああ、どこで魔術を学んだかという話をしたときのことか」

「そうそう。で、ウィリディス・マティスには学校はないけど他の国にはあるって」

「……ちょっと待て」

 ウィルは執務室の一面の壁から大きな巻物を取り出した。机に広げて見せられ、地図だと分かった。

「ここがウィリディス・マティスだ。死の地平はこっちだな」

「じゃあこっち側がアウルムね」

「ああ。で、ウィリディス・マティスから見ると国を二つ跨いだ先が、ジュード・シム。冒険者の都市と呼ばれる、巨大な『ダンジョン』に築かれた街だ」

 ウィルが言うには、冒険者ギルドが発足したのもこの都市らしい。ジュード・シムはどこの国にも属しておらず、「議会」とかいうのが国を運営しているのだとか。王様も貴族もいないってことかな?そんなのありなんだ。

「ここに、冒険者アカデミーがあってな。魔術のことも教われると聞いたことがある」

「ふうん……」

 冒険者が多くて、王族がいない。うん、なかなかうってつけじゃない?私がワクワクした気分になっていると、ウィルが声をひそめた。

「……もし、君が望むなら、魔術の家庭教師を紹介できるが」

「それよ!」

 思わず指差してしまう。いや、マナー悪いわね。でもまあ、私がモヤモヤしてたのはその点なので。

「私はね、誰かに何かしてもらいたくないわけ。わかる?」

「……?」

「今、あなたたちに貸しも借りもないわ。だって契約を結んで、報酬をもらったから。でもパーティーに入れてもらうだとか、家庭教師を紹介してもらうとか、それって借りになるじゃない」

「それの何が悪いんだよ。だいたい、貴族ってのは持てる者だ。有用な平民を教育し取り立てるのは義務ノブレス・オブリージュだし、それが国の利益につながる」

 心底わからないという顔をするのは、ウィルが貴族だからだ。ウィリディス・マティスの貴族は、ウィリディス・マティスに尽くす。当たり前の話よね。

「私はそのサイクルの中にいたくないって言ってんの。恩はいいわよ。でも義務とか権利とか、縛られたくないの。自由でありたい」

「君が選んだのなら自由とも言えるが……、選びたくないというわけか」

「そうね。自分の人生の手綱を、誰かに握らせたくない」

 ウィルは少し考えこむようにして、それから慎重に口を開いた。

「力のない者がそうするのは、至難の業だろ。君には、スキルがある。だがそれはリスクでもある。また罪に問われるかもしれねえ。今、貴族の庇護下に入るほうがきっとずっと楽だぞ」

 思ったより腹が立たなかったのは、ウィルが本気で私を案じているからだとわかった。私の考えを否定したいわけではないということも、わかる。

 いい奴なのよね、こいつも。一緒に戦った仲ではあるし、信用できるって思う。

「ご心配ありがとう。それでも、私は私の力だけで生きていきたい」

 ずっとそう思うかはわからない。イメージは全然できないけど、それこそ結婚するとか子供ができるとか、そうなったら考え方って変わるっぽいし。嫌な目に遭ってこりごりだと思うかもしれないし、年を取って楽に生きたいと思うこともあるかもしれない。

 でも、いま私が持ってる気持ちが一番優先だ。後悔するなら全部自分のせいにしたいもの。


 言い切った私に、ウィルはそれ以上言い募ることはなかった。けど、目を細めて笑う。

「――貴族に生まれた以上は、今の立場が限界だとわかってるが。何のしがらみがなければ、そうやって生きられもするんだな。冒険者は」

 うらやむような言葉は意外で、目を丸くしてしまう。貴族が貴族に生まれたことに何か思うところがあるなんてことあるんだ。

「……貴族、嫌なの?」

「嫌じゃねえよ。君に矜持(プライド)があるように、僕にも貴族として生まれ育った矜持があるからな。ま、隣の芝が青く見えることもあるってだけだ」

 そういうものなんだ。貴族って特権階級だけど、義務がある。国に尽くさなきゃいけない。司令官だって小さい頃から戦場にいたらしいし……いやあれはアウルムがおかしいか!

 故郷の貴族が私を砦にやったのだって、その一環なのかもしれなかった。だから、私はその中にいたくないんだけどね。

「ステノ、決めたのならアガーテ殿下に連絡するか?」

「そうね。あんまり長く世話になってても悪いし」

「わかった。……別に、急がなくてもいいんだからな。あと、ジュード・シムのことなら冒険者ギルドに資料がある。見てみるといい」

「そうなんだ。ありがとう」

 そういえば冒険者ギルドには図書室があった。そこにも行ってみようっと。

 あとは、支度よね。この間の依頼の準備と似た感じでいいのかな?旅支度ってよく考えたらしたことがない。それも冒険者ギルドの図書館になにか参考になるものにあればいいけど。

 目的地が決まって、うきうきしながらウィルの執務室を出る。ウィルは苦笑して私を見送っていたけど、それには気が付かなかった。

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