岐路
まあ、アホ王子と神の落とし子の件はわかった。二週間寝込んだ甲斐あって、しばらくは平和ってことね。
で、もう一つ気になることはある。
「依頼の方はどうなったの?」
そう、「死の地平」で採取してきた素材たち。そしてそれを使った王家の秘薬とやらは、ちゃんとできたのかということだ。
「それならリヴァロ殿下にお渡しした。秘薬もできたそうだ」
「じゃあ……!」
「ああ、依頼成功だ」
ウィルの言葉によし!とついガッツポーズしてしまう。だってあれもあれで結構大変だったからね!それに無事依頼を達成したということは、報酬ももらえるということだ。
「ステノ、君のおかげで『魔王補』にも打ち勝てたのだと聞いた。今回は君の働きが大きかったからな、報酬にも上乗せしよう」
しかしそんな司令官の言葉は流石に畏れ多い。だってすでにあんな大金くれるっていうのに、上乗せって!確かにお金はいくらあっても困らないけど!
砦を追い出されたばかりの頃はお金のなさに嘆いていたというのに、今になっては報酬の上乗せに慄くなんて変な話だけども。身の丈にあった報酬ってあると思うの!
でも、司令官がいらないですの一言で引き下がるとは思えない。私はなんとか頭を捻った。
「あー、えっと、『魔王補』を倒せたのはフェルドが『魔剣使い』だったからで……、それにウィルの魔術とロサの光属性がなくても無理だったと思いますし……」
「そうだとして、君の力がなければフェルドルスも『聖剣』を手にできなかっただろう?」
「全くその通りです」
フェルドがうんうんと頷いている。あんなに私のこと警戒してたくせに!
「うう……、じゃ、じゃあ!あの、ウィルが私が倒れてる間治癒術かけてくれてたらしいじゃないですか!その分の代金として上乗せ分はウィルに払うということで!」
「君な、僕があの状況で君にかけた治癒術の代金を請求する人でなしだと思ってるのか?」
ウィルがド低い声で言ってくる。怒ってるの?!なんでよ!
「いや技術には対価が必要なんですよっ!ね!司令官!」
「ああ、確かに。君が砦で働いていた分の給料は手元に無かったのだろう?その分も上乗せしなくてはな」
「そ、それは嬉しいんですが!今の司令官が払うのなんか違うくないですか?!」
「違わないとも。ふむ、六年間の給金に加えて『聖女』役の手当て、それからネファライティス以下の貴族どもに相対していた心理的負担に対する慰謝料だな」
「なんかどんどん積み上がっていく!」
どんだけ私にお金払いたいんですか司令官は!ついロサを振り向くと、彼女は頬に手を当てて貴族っぽくお上品に微笑んだ。
「資金の投資のご相談ならお任せください〜」
「さらに増やそうとしてる?!」
そ、そんなよくわからないモンに手出せないよ〜。半泣きになりながらルーに抱きつくと、やれやれみたいな顔をしていた。ま、まあルーと二人分の報酬なら……いやでもやっぱ多いって!
結局、私の報酬は上乗せされまくることになってしまった。もう口座にいくら積み上がるか考えたくない。いや考えないと生活できないから、あとで計算するけどさあ……。
「さて、ステノ。陛下への報告は君が倒れている間に済ませたからな。あとはここにサインをしてくれ」
「はい……」
一応書面は確認して、金額は薄目で見て、サインをする。これで契約は完了だ。二週間も引き延ばしにして申し訳ない。
「じゃあ、えーと。リンテウムに戻りますね」
そもそも私が王都に来たのはC級昇格試験のためだ。どさくさに紛れて昇格しているので、私は今後C級冒険者として「魔の森」で活動できるはず。
「そうなのか?」
きょとんとした顔で聞いてくるのはウィルだ。
「このまま王都で活動すればいいじゃねえか。この屋敷に滞在してもいいしな」
「は?!」
思いがけないことを言われて変な声が出る。
「いいですわね〜。いっそ、わたくしたちのパーティーに本加入なさいませんか?」
「それはいい!ステノ嬢、ぜひまた『聖剣』を取らせてくれ!あれから試してはいるんだが、君の力無しではなかなかうまくいかなくてだな」
「ちょ、ちょっと待って!」
なんで三人とも乗り気なの?!そりゃまあ、「死の地平」の探索は上手く行ったけども。そんなに「魅了」が必要な依頼が多いの?フェルドは強さを追い求めるモードに入ってるけども!
「まあ、落ち着きなさい三人とも」
「司令官~!」
司令官が身を乗り出す三人を諫めてくれる。うんうん、急に加入なんて私はまだC級だし――。
「ステノ、君がよければ私の下でまた働くという選択肢もあるぞ」
「……へっ?」
「アガーテ殿下!それはずるいですわ!」
またまた予想外の司令官の言葉に、ロサがむくれたように言った。なんだかんだ落ち着いてるから、ちょっと意外な感じ……じゃなくって。
「し、司令官まで……あの……?また依頼とか……?私の力が役に立つならお受けするのもやぶさかじゃないですけど」
「いや、違うよ。君が望むのなら、その力を使わないで生きていく道もあるということだ」
――「魅了」を使わないで生きていく。
それって……、たぶん、私が幼い頃。故郷にいた頃に思い描いていた生き方だ。「魅了」が悪いスキルだと思って、なるべく使わないようにって考えて。普通に学校に通って、親の紹介で仕事について、結婚する。そういう生き方。
私を見る司令官の瞳はまっすぐだった。また別のことを思い出す。
砦から追放されて、司令官に会いたいと思ったこと。この人なら、私を庇護してくれると知っていたから。
司令官は嘘をつかないだろう。私が「魅了」を使わないで、ただの事務官として生きていけるようにしてくれる。お金もたくさんもらったし、王都に家だって買えるだろう。そういう、普通の生活を送れるのだ。
あるいは。ちらりとウィルたちを見る。今のまま、冒険者として暮らすにしても、ウィルたちA級冒険者とパーティーを組めばもっと実入りがよくなるだろう。
「魅了」のスキルを明かせる人たちなんてきっとそういないし、事情の分かってる仲間たちとなら肩の力を抜いて生きていける。砦の兵士たちとは違う、対等な関係だから。
どちらにしても、悪いようには思えなかった。司令官でもウィルでも、王族の庇護下にあれば糾弾されることも追放されることもきっとない。たぶんだけど。
それなら、私は――。