お告げ/目覚め
「スキルというのは、言わばヒトに分け与えられた神の権能というやつね」
ふわふわと浮かびながら、私はその言葉を聞いていた。ここは、楽園?真っ白で眩しくて、よく見えないけど。そんな心地よさがある。
「で、権能を与え方には二種類あるの。みんな同じか、みんな違うか。みんな同じなんて発展性がないでしょう?ヒトは歩むことしか能がないんだから、多様性により変化を生んでもらわないと存在意義がないのよ」
なんか難しい話な気がしてきた。でも歩むしか能がないって、なかなかな言い草だ。まあ、ヒトの存在意義とか考えたことないけども。
「そうすると、ごく稀に非常な強力な権能を与える必要があるわけ。今回もワタシの番で、スキルを与えられたのがアナタ」
この「ワタシ」という人は一体何者なのだろう?今更ながらそんなことを考える。
「ワタシの一番強力な権能を持つヒトは、多くの場合世界に変化をもたらした。良くも悪くもね。アナタはどうするのかしら?美しさでヒトを洗脳するチカラの使い心地はどうだった?」
使い心地って言われても。
思い返す。あのアホ王子を追い返したとき、あの「神の落とし子」に「魅了」をかけたとき。私はどう思った?
「スカッとした?アナタを美しいと思う限り、アナタの魔力の輝きに魅せられる限り。ヒトも魔物もアナタの言いなりだもの」
――いいえ。
「そりゃ、一発ブン殴れたらスカッとしたでしょうけどね!あんな奴ら『魅了』したところでなんとも思わないわよーッ!!」
ガバっと起き上がった瞬間、めまいがした。あ、寝てた?と気がつく。デカい寝言で目が覚めるやつだ。もふもふに逆戻りすると、ルーのにおいがする。
「ステノさん!目覚められたのですね」
「……、え、ロサ?あれ、ここ……」
見慣れない天井だけど、そういえばここどこだっけ?なんでロサがいるの?ルーがわふんと小さくひと鳴きして、安堵の気持ちが伝わってくる。えーと。最後の記憶といえば、そう、アホ王子に魅了をかけて……。
「わ、私、魔力切れで倒れてた?」
「ステノさんは丸二週間寝ていらっしゃったのよ~」
「二週間?!え、二週間も寝られるんだ、人間……」
「いわゆる仮死状態でしたわねえ。リア様も治癒をかけてくださっていましたわ」
「でかめの借り!」
王族に何やらせてんだ私!頭を抱えたくなった。やっぱり神の落とし子に「魅了」かけるのは博打だったかな!
「とにかくアガーテ殿下たちをお呼びしますので、その前に身支度を……、立ち上がれそうですか~?」
「あ、うん。よっと……」
ロサの手を借りてベッドから降りる。一瞬ふらついたけど、立てないほどじゃない。二週間寝てたわりにはかなり元気です。
「大丈夫そうですわね。では、使用人に申しつけますから、入浴なさってください~」
「あ、ありがとう、ロサ」
「いえいえ」
寝起きの状態で誰とも会いたくない気持ちを汲んでくれるのはとても助かります。みんなには心配かけてるのかもしれないけど……でも!二週間清潔の魔術をかけても風呂入ってもないから!このまま会うのは勘弁して!
「……そういえば、さっき変な夢みてたような……?」
一瞬なにか思い出しそうになったけど、すぐに霧散してしまう。まあいっか、どうせ夢だし。さっさとお風呂使わせてもらおっと。
私が寝かせられていたのは、昇級試験のあとに連れてこられたウィルたちの屋敷だった。お風呂を借りてさっぱりして、前も借りたワンピースに着替える。ルーがすぐに体を擦りつけてくるので毛だらけになるのは許してほしい。
「ごめんね、ルー。二週間も戦闘させられなくって」
ルーにとってはかなりストレスだったはずだ。飼い主失格……と思っていると、ちょっと大きめに吠えられた。元気づけてくれてるのかしら。あと、心配かけさせるなという気持ちもなんとなく伝わってくる。
「大丈夫よ、もう元気だから。さ、行こっか」
そうして向かった応接室にはもう司令官とロサたち三人が揃っていた。私の姿を見て全員立ち上がるので、ちょっとびっくりする。
「ステノ!元気そうでよかった」
「あ、はい、ご心配をおかけしました」
司令官にまっすぐに言われて、ちょっと驚いた。しかも手を取られてなぜかソファまでエスコートされる。いや元気ですよ?
「まさか二週間も目覚めないと思わなかった。よっぽど負荷をかけてしまったらしい」
「いえ、あの、あれは自分の意志で『魅了』をかけたので……。って、アホ王子たち、結局どうなったんですか?」
司令官に申し訳なさそうにされる理由はないんだけど、とにかく顛末が気になる。すると司令官は頷いて答えてくれた。
「まず、神の落とし子はすぐに『聖剣』の元に戻り魔力を注ぎ続けている。そしてネファライティスは……」
そこで言葉を区切られて、私は司令官を見上げた。アホ王子は?え、なんかあった?
「――あれは、聖剣を抜こうとして神の落とし子に拘束されたようだ」
「え?」
「聖剣」を抜く?それってどういうこと?だって、「聖剣」は結界の要でしょ?抜いたら結界が壊れるんじゃないの?
疑問符を浮かべる私を見て、ウィルがにやりと笑った。
「君の意地の悪い『魅了』のせいだろ」
「わ、私のせい?」
「ステノ、君はあれに『自力で砦を取り戻す』ように言った。だからあれは砦を目指そうとしたが……今は結界があるだろう?」
「……あっ!」
そこでようやく気がつく。
砦を取り戻すにしたって、砦に行くには結界を解かなきゃいけない。だからアホ王子は「聖剣」を抜こうとした。結界がなくなれば、魔物に蹂躙されるだけなのに。
「君の『魅了』は背反していたんだ。『結界を維持する』神の落とし子と、『砦を取り戻すために結界を解こうとする』ネファライティス。結果として神の落とし子はネファライティスに枷をつけたらしいがね?」
「わ、わあ……」
「『死の地平』がもう少し落ち着けば結界を解けるでしょうけどねえ。どちらにせよ、『自力で砦を取り戻せ』と言われて短絡的に単身で砦に向かうなんて自殺行為ですもの。あの王子も神の落とし子に救われましたわね~」
「それはそうよね。まさかそんなアホとは……」
自力、というのがどこまで自分の力だけであるかはわからないけど、それにしたってアホ王子は何を考えているんだか。今のままで「死の地平」に突入したってロサの言う通り自殺行為なんだから、鍛えるなり「死の地平」が落ち着くのを待つなり、成功する見込みがないと意味がない。
とにかく、「魅了」がいつまで効くかはわからないけど、神の落とし子も当分は結界を維持してくれるだろう。アウルムが滅んでもなんとも思わないけど、まあ、人々が傷つくよりは傷つかないほうがいいし……。なんて、故郷を思い出しながら考えてしまう。
「とまあ、ネファライティスは当分あの辺境から戻ってこれまい。君にちょっかいをかけることもないだろう」
「それはよかったです!本当に!」
二度と顔見せるな!って言おうとも思ったからね。それでもよかったかな……。あと一発殴っておけばよかったな、本当に。