魅了聖女の覚悟
「転移門」をくぐった先にいたのは、この世で一番嫌いな男と、そのお供(神の落とし子含む)と、なんでか司令官でした。
なんでこいつがここにいんのよ!
という言葉をすんでのところで飲み込み、私は眉を顰めてみせた。
「恐れながら、アガーテ殿下。なんです?この男は」
そう、必殺・他人のふりだ。どーせこいつに私が元・聖女ステノだと証明する方法なんてないのだ。しかし司令官はため息をついて首を横に振った。
「少し移動するか。こんなところで目立ちたくはあるまい?」
「……」
ダメなの?他人のふり。するとロサが耳打ちしてくる。
「王子の呼びかけに真っ先に反応した時点で自白しているようなものですから〜。こういう時は何も言ってはいけません」
「……あ」
それもそうだ。現にアホ王子はニヤニヤと勝ち誇ったような品のない笑みを浮かべてこっちを見てくる。きもちわる。
「どうやら聖女ステノは混乱しているようだ。我が国の者が迷惑をかけたようだな」
「もうとっくにあんたの国の者なんかじゃないわよ」
つい悪態をつきながら、司令官と、あと何でか遅れて到着した兵士たちに従って移動しようとする。しかしアホ王子は何を思ったのか手を伸ばしてきて、私が避ける前にルーとフェルドが威嚇して立ち塞がった。
「おい、お前。不敬だぞ。私を誰だと思っている」
「不敬なのは貴様だ、ネファライティス王子。話もできぬのならとっとと国に戻るがいい」
ウィルが涼しい顔で、けれど冷たく言い放った。それにネファライティスは顔をゆがめた。
「冒険者風情が!誰に物を言っている!」
「冒険者?相変わらず節穴だな」
鼻で笑うウィルにアホ王子がハッとする。ウィルと面識があるのかしら。まあどうでもいいことなので、粛々と案内された部屋に向かった。
転移門は国防の要でもあるため、警備もかなり厳しい。私たちが向かったのは転移門のある建物の隣の棟だった。敷地が広くて、別棟に会議室もあるのは行軍するときのためだと出発するときにフェルドが言っていた。まさなこんな形で使うことになるなんて。
会議室に揃ったのは私と司令官、ウィルたち三人、それにウィリディス・マティスの兵士たち。アウルム側はアホ王子と神の落とし子、それから王子の腰巾着が二人ほど。思ったより少ない。
だからこそ司令官はこの狭い室内に誘い込んだのかもしれないとふと思った。こちらの戦力ではアウルム側はどうあっても抵抗できないだろう。神の落とし子の力は未知数だけど、武闘派には見えないし。近接で司令官に勝てる人はいないと思う。
アホ王子はイライラしている雰囲気を隠さずに司令官を睨んでいる。コイツ、イライラしてますって顔すれば周りがご機嫌取ってくれると思ってるのよね。司令官もウィルたちも全く気にしてなさそうだけど、神の落とし子と王子の腰巾着たちは居心地悪そうだ。
「聖女ステノ、二度言わせるでない。砦に戻ってこい。これは王命だ」
アホンダラがそう言うが、王命だろうがなんだろうが私には関係なさすぎる。もう国出たし。
というか、なんで私を連れ戻そうとしてるのかさっぱりわからない。あの断罪の場で、神の落とし子は私のスキルを暴いたし、なにより「魅了」を使ったことを私自身が肯定した。このアホ王子は私が「魅了」したことで婚約を結ばされたとバカな勘違いをしていたはずだ。
つまり、私が害を為したと考えている。なのに聖女と呼ぶって、砦落ちた時に頭どっかぶつけちゃった?
「私を悪魔だなんだと言ったくせに意味がわからないわね」
「それは――手違いだったのだ」
「手違いで人を死の地平に追放したって?よくもそんなこと恥も覚えずに言えるわね」
「貴様!」
取り巻きの一人がカッとなって私に掴み掛かろうとしてくる。砦で男どもに襲われたことを思い出して一瞬動けなくなってしまったが、私に触れる前にフェルドがねじ伏せた。うん、大丈夫。大丈夫だ。
「手違いということは、ステノを追放した事実自体は認めるのだな」
その上、司令官が横から刺してくる。アホ王子は顔を顰めて舌打ちした。
「部外者は黙っていろ」
「はは、砦が落ちてうちに泣きついたくせにいまさら部外者扱いか?どうやら勘違いしていたようだ、面の皮が厚いのではなくお頭が弱いのだな」
「……」
うわ、アホ王子の青筋がすごい。人間ってこんな顔色になれるんだー。ウィルが「部下が部下なら上司も上司だ……」と呆れた顔をしていた。まあ、私の対偉い人の態度って司令官に仕込まれてるからね。
「ちょっと!あなたたち、失礼にも程があるでしょ!」
アホ王子が黙ってしまったので、なんか神の落とし子が吠え始めた。というか初めて顔をまじまじと見たかも。私のことずっと睨んでるからあんまりいい印象ないけど、なんか地に足がついてなさそう。でもこの人、「魔王」倒してるから油断はできないな。
「ねえあなた、『神の落とし子』。名前はなんていうの?」
「魅了してた偽物聖女なんかに名乗るもんですか!早くネフィの魅了を解きなさいよ!追放された腹いせに砦を襲ったくせに、この性悪!」
話しかけただけでこの嫌われようである。私はため息をつきたくなった。けれど、ぞわっと嫌な感覚が肌を這い上がってはっと顔を上げる。
「やっぱり!こいつ、聖女なんかじゃないよ、ネフィ!『魅了』って、『魅了の悪魔』ってはっきり書いてあるもん!」
神の落とし子が高らかに叫ぶ。
今の感覚、そうだ。砦で感じたのと同じ――神の落とし子の「スキル鑑定」スキルか!
勝手に暴かれるのは不快だ。でも、今ははっきりさせてもらった方がいい。アホ王子も今度こそ私のスキルが「魅了」ってはっきり分かったらさっさと帰るだろうし。
「ええ、そうよ。私のスキルは『魅了』。でも勘違いしないでくれる?そこの王子を操ったことも、砦を襲ったこともない。砦が落ちたのはあんたたちのせいだから」
なのでわざわざ肯定してやる。後ろめたさも何もない、私はもう「魅了」スキルを使って生き延びてやると決めたんだから!
なのに。
「聖女ステノ、ニーナの戯言に付き合う必要ない。いや、仮令そうだとして――君が砦を平定していたことは事実なのだから」
え?こいつ、なんて言った?
一瞬言葉が呑み込めなかった。スキルが「魅了」でもいい?神の落とし子のことを信じていないのか、それとも……こんな嘘までついて私を連れ戻そうとしているってこと?
それって、つまり――。
気づいた瞬間、今までにないくらいの怒りがこみ上げてきた。
あいつにとって、私のスキルがなんだっていい。だって、私はただ、砦を、死の地平を平定するための生贄なんだから。それだけの実績があるから、わざわざここまできた。捨てたのが間違いだと気づいたから、拾いに来た。
私のことは、ただの道具と思っているってことだ。そして、神の落とし子のことだって。前からそうだった。私はただの綺麗な置物だったから、男どもだって襲ってきたんでしょう?
――馬鹿にしている。いいわよ、あんたたちがそのつもりなら、こっちだって容赦なんかしてやらない。私の覚悟をその身で味わわせてあげるわよ!