「魅了」VS 魔物
砦から東に向かうと「魔の森」がある。「魔の森」は「死の地平」との緩衝地帯のようなものらしく、ここを通り抜けると隣国「ウィリディス・マティス」にたどり着く――というが地図から得ている情報だ。
これまでいたアウルム王国の領土は大きく、ウィリディス・マティスはそれに比べると小国だ。けれど侵略戦争で負けていないので、国の力はそれなりにあるんだと思う。小さいころに聞いた話だとウィリディス・マティスには自治権を認めたとかだったけど、実際はどうなのか怪しいと今更疑いを持ってしまった。
だってあんな王子がいるような国で、意味のない砦に長年人員を送り込み続けてるんだもんなあ。王子だって自分の兵がいればすぐに平定できるとか豪語してたくせに、二年も手こずりまくってたし。だいたい効率が悪いんだよね、司令官はもっと短い労働時間で前線維持ができていた。
ま、あとはあの「神の落とし子」がどうにでもするでしょ。ルプス・グランディスに揺られながらのんびり考える。私は私でウィリディス・マティスでどう暮らしていくかを考えないと。
やっぱり鉄板なのは冒険者かなあ。私が使えるスキルは「魅了」と「身体強化・小」、あとは初級魔術くらいだ。魔術は司令官に護身用だと言って教えてもらったし、そもそも私は結構魔力が高いらしいのでそれなりに使いこなせる。「身体強化」は兵士になるような人たちは大体持っているスキルで、砦で重労働を強いられているうちに覚えたものだ。とはいえ王子の兵に拘束されたときは歯が立たなかったから、肉体派の戦士には圧倒的に劣るだろう。
となると、ルプス・グランディスにしたように「魅了」で魔物を足止めして魔術でとどめを刺すのがいいのかな。なんか……ズルっぽい……。いやいや、「魅了」を使わないとこの先一人で生きていくなんて不可能だ。使えるものは使うべしと割り切ろう。
「ッ!グルルッ」
「うわっ!?えっ、何何?!」
なんて考えていると急にルプス・グランディスが立ち止まって唸り始めたので慌てて体を起こす。ぼーっとしてる場合じゃない、ここまだ「死の地平」なんだった!
「死の地平」はその名の通り地平線が見えるような荒野だ。その遠く先から何か土ぼこりが立っているのが見える――こっちに近づいてくる!あれは――。
「ボスタウルス!しかも複数体いる……」
大きな牛の魔物だ。角が高く売れるらしい。あと縄張り意識が強くて、群れで暮らしているけど縄張りを侵すものには精鋭の若い個体が蹴散らしにやってくると読んだ記憶がある。つまり向かってくるアレ、「精鋭の若い個体」ってこと?!ぶるりと体が震える。砦の前線がボスタウルスの縄張りに足を踏み入れた時は散々だった。倒しても倒しても向かってくるから結局全滅させたんだよね……。しかも最後は大魔術でぶっとばしたから角がほとんど残らなくて司令官が嘆いていた。じゃなくて。
「えっ、えっ、どうしよう!あなた、勝てる?」
「ガウッ」
間抜けに声をかけてみるが、ルプス・グランディスは一つ吠えるだけだった。あー意思疎通できない!それはそう!
もうこれは一か八か、ルプス・グランディスに「魅了」で応援して、ボスタウルスには「魅了」で足止めする。それしかない。ルプス・グランディスにこの若い個体たちを倒してもらったら増援がくるのに時間があるはずだ。その間に縄張りを抜ける、そうしよう。
ルプス・グランディスから降りて手を伸ばす。もふっとした毛皮は、ぶっちゃけ臭い。でもしばらくルプス・グランディスに乗ってた私も獣臭くなってるだろう。目を見て彼(彼女?)を撫でまわす。
「……いこう。ルプス・グランディス、ボスタウルスを迎え撃つわよ。全力で戦って!」
「ヴウッ!アオーーーンッ!」
「ひえっ?!」
急にデッカい声で吠えるからめちゃくちゃびっくりしてしまったけど向かってくるボスタウルスもそれは同じだったらしい。速度が落ちた、が止まることなく襲ってくる。引き付けて、ちゃんと「魅了」のかかる位置に来るまで待って――。
「動くなっ!」
ルプス・グランディスの時とは違って距離があるし複数体だから「魅了」の効きもそこそこだろう。でも動きは止まった、ルプス・グランディスが吠えたときよりも効果があって私って魔物以上にアレ……と思ってしまったがそれは置いといて。隙が生じたのを見逃さず、ルプス・グランディスがボスタウルスに飛び掛かる。
「えっ」
一撃だった。喉元に食らいついたルプス・グランディスに、なすすべなくボスタウルスのうちの一体が倒れる。そんな強いもんなの?ヤバ……「魅了」できてよかった……。
しかし「魅了」にあらがった他の二体がルプス・グランディスの背後を狙っている。私は息を吸って狙いを定めた。
「雷よ、落ちよ!」
ピカっと光って雷撃がボスタウルスに突き刺さる。これも足止めだ。私に「死の地平」の魔物に立ち向かう戦闘能力なんてないので、目くらましと痺れ効果を狙って雷魔術を落とした。
ルプス・グランディスは倒した一体を足蹴にして、雷撃を食らわなかったほうに向かっていった。これはさすがに一撃とはいかなかったが、角を構えて突進してくるボスタウルスをひらりと交わして脚に噛みつき動きを封じている。
私は走って痺れたボスタウルスと目が合う位置まで回り込んだ。目を見て再度「魅了」をかける。
「動くな!伏せろっ!」
これで完封だ。二体目を引きずり倒してとどめを刺したルプス・グランディスは、動かない三体目もやすやすと喉笛を嚙みちぎって倒し切った。血まみれの顔でこっちにすり寄ってきてめっちゃ怖い。とはいえ「魅了」で命令したのは私なので、鼻先をこすり付けられながら撫でてみた。気持ちよさそうにしてくれた、と思う。
「グルルッ」
「は、はあ~~……。勝てた……」
私の白い服ももうルプス・グランディスの毛皮の汚れとボスタウルスの血で見れたもんじゃないけど、それより安心のほうがはるかに上回っていた。へたり込みそうになりつつ、早くこのボスタウルスの縄張りから脱出しないとという焦りでどうにか堪える。
「でも角……お金になるんだよね……」
今一文無しの身としてはお金はほしい。お金があれば食べ物に飢えることもない――ぎゅるる……と力なく鳴いたお腹を押さえた。今日は早朝から働き通しで何も食べてないんだもん。お腹もすくわよ。
「ルプス・グランディス、角だけ取りたいんだけど……取れる?これね、これ」
倒れたボスタウルスの角に触りながら言うとルプス・グランディスは「クゥ」と鳴いた。いけるか?
退いた私を後目にルプス・グランディスの前脚が角と頭に置かれる。バキベキボキバキ!と音がして頭蓋骨が砕け、角がポロリと落ちた。
「い、いいのかなこれで……」
正しい採取法じゃなくない?と思ったけどほかに方法もない。あと二体分バキってもらって、スカートに巻いていたベルトに角を巻きつけて持つ。蛮族スタイルすぎる。
ルプス・グランディスは魔石と生肉をもぐもぐむさぼっていたが、声をかけるとまた私を乗せてくれた。ごめんよ!ボスタウルスの縄張りを抜けたら何か獲物を捕らえてゆっくりご飯にしよう、私も食べたいし。
さっきよりも早いスピードでルプス・グランディスが駆けていっても、乗るのに慣れてきた私が振り落とされることもなかった。