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ネファライティス王子の再起

「魔王」を斃し、そして魔物の統率が取れなくなり、魔物の大群に「砦」が飲まれたその夜――ネファライティスはどうにか生き延びた。

 その魔物のうねりが生まれたのが神の落とし子のせいだとするなら、生き延びられたのも神の落とし子のおかげだった。

 強力な光魔術の使い手である神の落とし子は逃げ落ちることもできず、その力を以って強力な結界を張った。それはネファライティスでも見たことのない規模のもので、砦は失ったもののどうにか戦線を維持することができた。

 ――ただ、それは神の落とし子だけの力ではなかった。「聖剣」という()があったからだ。

 かつて砦を作った王が携えていたという聖剣を、ネファライティスは砦の指揮官になってから携えていた。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが、どうせならば聖剣で魔物すべてを打ち倒すくらいはしてみろと舌打ちをしたくなった。


 しかし結界を張ったところで、「砦」が落ちた事実は変わらない。兵たちが逃げ出したのも公然のこととなり、ネファライティスの大きな失態となった。アガーテ王女を砦から追い出し、さらには長年尽くした聖女を偽物だと追放し、神の落とし子を使っても失敗したネファライティスに冷たい視線を投げかける者は少なくなかった。

 そもそも、派閥の人間を優遇する上に自分以外の人間を道具として扱うネファライティスは敵を作りやすい。このようなわかりやすい失態はネファライティスを憎む側からすると絶好の機会だった。


「どいつもこいつも……次期国王である私を何だと思っているのだ……!」

 辺境に神の落とし子がいて、結界を維持している限りは魔物が国を襲うことはないだろう。だが、ネファライティスの失敗は取り戻せない。

 その上、国王にひそかに呼びつけられたネファライティスは直々に釘を刺されてしまった。

「そなたが次期国王と言うのなら、『砦』を奪還することだな」

「父上。あの砦に価値などございません」

「わかっておる。だがあれは我が国の武力の象徴だ。『死の地平』をも征服し得ると証明し続けなければならぬのだ」

 嫡子である自分に向かっても冷たく言い放つアウルム王にネファライティスは歯噛みした。ネファライティスが他人を道具だと思っているように、国王もネファライティスを道具だと思っている。どんな手を使ってでも「砦」を取り戻すために、ネファライティスは使われているのだ。

 ウィリディス・マティスとの戦での敗北はアガーテを送り込むことで挽回した。だが、魔物相手ではネファライティスの交渉力は何の役にも立たない。

「……御意に」

 なんとかそう返したネファライティスは、真っ先にアガーテを取り戻すことを考えた。長年砦で防衛を務めたアガーテがいて、そして超級光魔術の使い手である神の落とし子がいれば武力面では「死の地平」への再侵攻は可能なはずだ。

 だが、それはすなわち前回の失敗の傷を広げることになる。アガーテをウィリディス・マティスの内政干渉の駒とする以上、ネファライティスだけはアガーテをウィリディス・マティスから引き離すことはできない。


 では誰が――そう考えたときに頭をよぎったのは偽聖女のことだった。

 聖女ステノ。「魅了」スキルを持っていると判明し、追放し、死んだはずだが――もしステノが()()()()()()()()()()()

「本物の聖女ならば、生きているはずだ……」

 神の落とし子の「鑑定」が間違うはずがないと思っていたのが間違いだったのかもしれない。そもそも「鑑定」が合っているかなど、あの時のネファライティスが知るすべはなかったのだ。

 もし、神の落とし子が聖女に嫉妬して追放したのならどうだ?ありえなくはない、あの少女が自分に惚れるよう操ったのは他でもないネファライティス自身だ。婚約者である聖女に嫉妬から汚名を被せたのだろう。


 ステノ自身が「魅了」スキルを持っていると認めたことをすっかり忘れ去ったネファライティスの自分に都合のいい妄想を止める者はいなかった。配下の者を使い、ステノという冒険者がウィリディス・マティスにいることを突き止めた時点でネファライティスの中でそれは事実となった。

 ならば早くステノを迎えに行かなければならない。本物の聖女の力で「砦」を奪還し、彼女を妃にすればネファライティスの地位は盤石だろう。

 問題は神の落とし子のほうだが――その力の利用価値をネファライティスはまだ認めていた。最悪「砦」に閉じ込めておいて、たまに飴をやればいいだろう。無知で愚かな小娘一人程度、今度は扱いを誤るつもりもない。


 ネファライティスは早速ウィリディス・マティスへ向かうことにしたが、神の落とし子も同行させた。今は聖剣が結界の楔となっているため、魔力を注ぐ人間さえいればいいのだ。神の落とし子であるニーナ一人分の魔力を賄うには幾人もの兵士を使いつぶす必要があったが、ネファライティスにとって自分の身の安全のほうがはるかに重要だった。

 ウィリディス・マティスとの戦で辛酸を舐めたことと、「死の地平」で恐怖に接したことがネファライティスを臆病にしていた。本心では兵を率いて行きたいくらいだったが、戦争を起こすわけでもなし、さすがに国王の許可は下りなかった。

 そうなると少ない精鋭で護衛する必要があり、実質的な最高戦力の神の落とし子はネファライティスにとっては命綱のようなものだった。

「いいかい、ニーナ。我々はウィリディス・マティスで聖女ステノを必ず取り戻さなくてはならないんだ」

「でも!あの子、『魅了』使ってたんだよ!」

「そうだとしても『砦』で聖女をやっていた功績は事実だ。そうだろう?」

「みんなを騙してただけだよ!ネフィ、まだ『魅了』にかかってるの?絶対おかしいよ……」

「君だってずっと辺境で結界を張っていたいわけではないだろう。あの聖女は『砦』を維持するために必要だった何かを知っているはずなんだ。うまく使()()()やればいいじゃないか」

「うん……」

 かたくなに聖女が「魅了」を使っていたと言い張るのは面倒だったが、ネファライティスはそう神の落とし子を言いくるめた。もし今後神の落とし子を砦に詰めさせるのに文句を言ったなら、すべて聖女のせいにしてやれば矛先は自分に向かないだろうという計算もある。


 ウィリディス・マティスも元敵国とはいえ現在は和平を結んでいるアウルムの王子ネファライティスがわずかな供を連れてやってくるのを拒むことはできなかった。「死の地平」の砦が落ちたことは知れ渡っていたため、「勇猛姫」と名の知れた元王女の助力を請うのだろうとほとんどの者が考えていたからだ。しかし、歓迎もしなかった。

「聖女は我が国にはいない。早く帰ることだな」

 そうしてウィリディス・マティスの王城に無理やり押しかけたネファライティスに、アガーテは頭を垂れることもせずそう言い放った。ここで話が通れば早かったが、ネファライティスとてこの忌々しい女に拒否される可能性を考えていなかったわけではない。

 王城で粘っている間に部下に聖女を捜索させ、得たのは彼女らしき冒険者がリンテウムという田舎町にいるという情報だった。都合のいいことにリンテウムへは「転移門」でつながっている。

 勝手に使おうと押しかけたネファライティスを、直前で制止したのはやはりアガーテだった。

「これは我が国の資産だ。そなたに使う許可を出してはいない」

「私が使うことで不都合でもあるというのか!」

「ハ、論点をずらすな。そなたはこの国の規律を守ることもできぬのか?喧嘩を売っているのだとしてもずいぶんと下手なことだ。『砦』でロクな経験もしなかったようだな?」

 アガーテの言いようをネファライティスは鼻で笑ってみせた。

「そちらこそずいぶんと安い挑発ではないか。私は『聖女』を捜索しに来たのだ、協力を請うてなにがおかしいというのだ?」

「そもそも『聖女』を捜索するなどというのがずいぶんおかしい話じゃないか。そなたが追放したと聞いたが?」

「そのような噂を真に受けるなどと、王弟妃となっても変わらん女だ。和平を結んでいる以上我が国に協力するのは道理だろう」

 できることなら無理にでも押し通りたい――相手がアガーテでなかったらそうしていただろう。だがアガーテは自身も戦場で名を馳せた厄介な女だ。剣を携えているのを見ると、この少ない人数でうまく突破できるか確証が持てない。

 いっそ、神の落とし子に結界を張らせてその隙に――ネファライティスがそう考えたところで、不意に「転移門」から光がほとばしった。向こうから人がやってくる兆候だ。目を見開いたアガーテが「しまった」と小さくつぶやいたのをネファライティスは聞き逃さなかった。


 そして姿を現した四人のうちの一人に目を留めたネファライティスは思わず声を上げる。やはり自分は間違っておらず、そして国王となるべき星の巡り合わせを持っているのだ。


「聖女ステノ!見つけたぞ!」


 何度も脳裏に思い描いたその美しさのまま、聖女ステノはネファライティスの前に再度姿を現したのだった。

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ルーに首噛ませて終わりかな?
[良い点] この作品を見つけて、面白くて一気に読んでしまいました! 何回も読んでいます。 [一言] 続きが読みたいです。 更新を楽しみにしていますね。
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