帰還と遭遇
翌朝になってもフェルドはダウンしたままだったので、私たちは急いで「魔の森」へ戻ることにした。ルーがフェルドを載せているので、実質二人分の戦力が削がれたことになる。
「魔力切れにしては長くない?」
道中でウィルに尋ねてみると、「魔力切れ自体は見たことあるんだな?」と逆に聞き返された。
「まあ、砦にいたときにね」
「それもそうか。魔力切れの後の回復時間は魔力量に依るな。君が見た砦の兵士よりもフェルドのほうが魔力が多いって話だ」
「なるほど」
ていうかフェルド、魔力多いんだ。魔剣使いだからなのかな。
「まあ、フェルドより僕とロサの方が多いけどな。ただ君の方が半端ねえぞ」
「そうなの?」
「あの『魅了』だけでもフェルドの全魔力の倍は使ってるのにケロッとしてんだろ。僕より多いことは分かってたが、それにしたって多くねえか」
「ふーん」
そんなこと言われても自分の魔力量なんて自覚してこなかったので反応しようがない。でも魔力が多いんだから、魔術をもうちょっと勉強したいなあ。
「どうでもよさそうだな」
「そんなわけじゃないけど。私が魔力使い切ったら回復するのに相当かかりそうね」
「僕は三日かかったな」
「使い切ったことあるんだ……」
一体どんな魔物と戦ったんだろう?と尋ねたら、単純に魔力切れするまで魔術の練習をしていたらしい。兵士はともかく冒険者が普通は戦場で魔力切れなんか起こさないのは、そりゃそうだ。だって少ない人数しかいない中で倒れてそこを狙われたら危険すぎるもんね。
「魔の森」へ辿り着いた頃にフェルドは復活し、そのままサクサクとリンテウムの町へ戻る。もちろんルーを小さくするのは忘れなかった。
町に立ち寄ったのは「転移門」があるからだけど、一泊して休養するためでもある。しかし、私たちが着くとなぜか慌ただしくツウェルさんに出迎えられた。あれよあれよと言う間にギルドの会議室に案内される。
「ひとまず、皆さまご無事で何よりです」
「ああ、素材は無事確保した」
「流石です」
とか言う割にあんまり驚いていない。ツウェルさんは居心地悪そうにしながら、「それよりお伝えしなくてはならないことがありまして」と口を開いた。
「実は、アウルムの王子が王城を訪れているようなのです」
「……はあ!?あのアホ王子が!?」
「ステノ、声が大きい」
びっくりしてつい大声で反応してしまった。ハッとして口を押さえたけど、いや、押さえてる場合じゃない。
「なんで?何を企んでんの?まさか司令官を取り戻そうってんじゃないわよね!?」
「落ち着いてくださいステノさん。彼らの狙いはアガーテ殿下ではありません」
あ、ならいいや。せっかくこっちに来て楽しそうにしてるんだから、連れ戻そうモンならぶん殴ってやったわ。
と、胸を撫で下ろせたのは一瞬だった。
「ネファライティス王子が探しているのは――ステノさん、あなたです」
「…………、ハア!?」
さっきよりはるかに大きい声が出てしまった。
「いや、なんで私!?死んだと思われてるはずなんだけど!」
「まあ、君は目立つからな。本気で探せばわが国に来たことはすぐわかるだろ」
「そんなに?!」
「そんなに、ですわ」
「そんなにだな」
ウィルに加えてロサとフェルドにも同意されてしまった。しかもツウェルさんも頷く。
「ステノという名前の冒険者がいることはアウルムのギルドから照会がありました。あなたがこの国にいることは確実に把握しているでしょうね」
「バラしたの?!」
「流石に王族からの照会は断れないんですよ……」
「権威のバカ!」
ギルドに国を超えた繋がりがあるばっかりに!そのことは考慮してなかった。うう、やらかしたあ……。
「とはいえ、伝えたのはこの国に滞在していることのみです。アガーテ殿下がそこで止めるよう圧力をかけて来ましてね」
胃が痛そうな顔をしているツウェルさんか気の毒になってきた。つまり、司令官がいる限りはウィリディス・マティスでの私の正確な居所はバレないってことかしら。
「だったらここにはいない方がいいな。早く王都に戻るか」
「え?王都にはアホ王子がいるんでしょ?」
「君がしばらく滞在していたのはこのリンテウムの町だ。目撃情報もあるだろうから、ここにいた方が向こうから探しにくる可能性が高いだろ。多分アガーテ殿下は『転移門』を使わせないだろうが、時間の問題だ」
「うええ、アホな上にストーカーって最悪ね。じゃあ王都で大人しくしてるわ」
司令官からの依頼をこなして褒めてもらえると思ったのに、あの王子がいるなんてテンションダダ下がりだ。あーあ、早く諦めて帰んないかな。なんのつもりか知らないけど、あのアホに協力する理由なんて微塵もないし。
「だったら早いこと戻りましょ。ツウェルさん、伝えてくれてありがとうございます。気をつけます」
「ええ、そうしてください……。ウィル殿、お手数ですが素材は王都のギルドの方で受付させていただいてもよろしいでしょうか」
「まあ、こんな事情がありゃあな。ステノとネファライティス王子をぶつけても碌なことにならないってことはわかるし、気を揉ませて悪いな」
「言っとくけど悪いの全部あっちだからね!」
そもそも妃にするとかキモいこと言ってたくせに人を殺す気で追放したり、意味わかんないのよ。誰があんな奴に「魅了」なんかかけるかっての。
はあ、どうせなら砦が落ちた時にくたばってくれればよかったのになあ。しぶとい奴め。私も人のこと言えないけど。
とにかく私たちは目立たないように冒険者ギルドを出て「転移門」へ向かった。早く戻って、司令官に報告してゆっくり休みたい。報酬を受け取ればしばらくお金には困らないから、リンテウムじゃないどこかのちょっと田舎の町で過ごしてもいいかもしれないな。なんて現実逃避気味に考えていたのがいけなかったのか。
「聖女ステノ!見つけたぞ!」
「転移門」から王都に着いたその瞬間――この世で最も聞きたくない声に呼び止められてしまった。