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聖剣使い・三分クッキング

 「死の地平」以外にはほぼ生息していない「竜」の素材は、かなりの高値で取引される。今回は主戦力のフェルドが倒れていたからそんなに欲張らなかったと言っていたけど、マジックバッグいっぱいの三つ首竜のうろこや肉の素材は壮観だった。


「聖剣で切り落とせたので傷も少なくて済みましたわあ」

 野営地について真っ先に仕分けを始めたロサが、にこにことうろこを数えている。なんだかとっても楽しそうだ。

「魔剣だと恐ろしいくらいに傷がつかなかったしな。もしかしたら火耐性が特別高かったのかもしれねえな」

 ウィルも目玉を慎重に瓶に移してラベルを付けていた。毒のときといい、こういうグロいのは全然平気っぽい。

「不幸中の幸いかしらあ?」

「不幸中の不幸だと思うけど」

 魔剣さえ効いていれば普通に倒せた可能性あるし。私が言うとロサはころころと笑った。「結果よければいいのですよお」とか言うんだから、肝が据わりすぎている。

「というかロサも疲れてるんじゃないの?休まないの?」

 ちなみにフェルドはまだぶっ倒れている。私も魔力を結構消耗したので、せっせと働いている二人を眺めているだけだ。

 ルーも一度治癒をかけてもらってから外で寝ている。とはいえ何かあればすぐ気づくだろう。

「疲れているんですけど、ちょっとハイになってしまって~、何かしてないと落ち着かないんです」

「ハイ?」

「『魔王』を倒したんだぞ。しかも『聖剣』で!冒険者やってて一番やりたいことだろ!」

「いや、知らないけど。ていうか『魔王』じゃないし」

「ほぼ『魔王』だ!いやー、いいモン見られた。フェルドには是が非でも『聖剣使い』になってもらう」

 そんなに嬉しいことだったのかしら?三つの素材が集まったことよりなにより、「竜」を倒せたのがよかったらしい。王族のくせにいいのかそれで。それだから冒険者やってるんだろうけど。

「まあほどほどにしておいたほうがいいわよ。明日帰るんだし。帰るまでが冒険でしょ」

「それはもちろん。ま、ざっくり片づけたら飯でも……」

 はた、とウィルが言葉を切る。そして私とロサをみた。ロサも私とウィルを見る。

「……飯、誰が作る?」

「あっ」

 ご飯係がぶっ倒れている。

 ――つまり、この遠征最大のピンチだった。


「せっかくですから、フェルドを労わってさしあげましょう」

 そう切り出したのはロサだった。ウィルも頷く。

「いつもあいつばかりに食事を作らせているのは悪いしな。今回の功労者のあいつのために僕たちが作ってやれば喜ぶんじゃねえか」

 私はすかさず反論した。

「でも私たち料理作れないじゃない。どうするの?」

「フフ……実はな、『竜』の肉はステーキにすると絶品と聞いたことがある。焼くだけなら僕たちにだってできるだろ」

 へえ、「竜」のステーキか。三つ首竜も「竜」だし、まあおいしいって言うんなら大丈夫でしょ。

「いいですわねえ、ステーキ。フェルドも喜びますわあ」

「そうと決まればさっそく火を熾して肉を切ろう。まだパンも残っていたはずだ」

「調味料もあるし大丈夫よね」

 焼いただけの肉はまずいけど、きちんと下味をつけるという工程は私も学んでいた。ステーキ程度今の私が恐れるものじゃない。あのフェルドの舌をうならせて――。

「ま……待て……や、やめなさい!!!」

 寝ていたはずのフェルドの絶叫がテントの中に響き渡った。


 フェルドは魔力切れを起こしていただけだけど、ふつう魔力切れはこんなに早く回復することはない。治癒が効いたのかしら。それにしても元気すぎて、なぜか説教が始まっている。

「いいですか、『竜』の肉は貴重なんですよ!それをあなたたちが勝手に使おうなんて!もったいなさすぎます!」

「おいおいフェルド、王族の僕にもったいないとは何事だ」

「いいですか、リア様。あなたが作ったら絶対にクッソまずい焼いた肉ができます。絶対です。ただ焼けばいいというものじゃないんですよ」

「そ、そうか……」

 あまりの迫力にウィルが押されている。え、ただ焼くだけじゃないんだ?

「そこ、ただ焼くだけじゃないんだという顔をしない。はあ……ステノ嬢、私の手伝いをしてもらおう。リア様とロサは絶対に『竜』の肉には手を出さないと誓ってください」

「わ、わかった」

「はあい」

「えー、なんで私だけ手伝いなの?いいけど」

 フェルドはさっきまで倒れてたと思えない機敏さで立ち上がり、料理の準備を始めた。私たちは顔を見合わせ、とりあえずフェルドに従うことにする。だっておいしいご飯を食べられなかったら困るし。


 魔剣で手慣れたように火を熾したフェルドは竜の肉の切り落としをじっと見つめていた。

「何してるの?」

「肉の部位がどこか見てたんだ。ステノ嬢、普段食べている肉――例えば牛肉がどこの部位か知ってるかい?」

「全然」

「だろうな。部位によってどんな料理に向いているかが違うんだ。この遠征の間でもいくつかの部位に分けてただろう?」

「いつも同じように切ってるなあとは思ってたわ」

 フェルドが言うには、筋肉の発達とか脂肪の付き具合で歯ごたえとか火の入りが違うということらしい。そんなこといっつも考えてたんだ。

「この肉がどこの部位かは想像するしかないが……脂肪分が少なく、赤身が多い。だが肉のきめが細かいだろ?ヒレ肉に近いだろうね」

「ヒレ肉はステーキに向いてるの?」

「赤身でも柔らかいからね。筋張っていないからステーキにしても固くなりすぎないだろう。目立つ筋の部分があればあらかじめ切れ込みを入れておけばいい」

 そう言ってフェルドは丁寧に肉をスライスしはじめた。どうでもいいけど、包丁の使い方が様になってるのは剣士だからなのかな。

「常温だからこのまま下味をつけて焼こう。大事なのは鉄板の温度だ。高めにして一気に焼く。温度は魔剣で調整できる」

「魔剣、便利~」

「『竜』も殺せるしな」

 うんうん、料理にも使えて『竜』も殺せる多機能魔剣!一家に一台ほしいところね。使いこなせたら。

「ステノ嬢、焼いてる間にジャガイモとにんじんを剥いておいてくれないか?」

「わかったわ」

 言われてジャガイモを剥き始める。フェルドは鉄板に脂――三つ首竜からとれた脂の塊を投入した。じゅわわと大きな音と共に脂が鉄板に広がる。ルーがピン!と耳を立てて反応していた。

「一枚ずつ丁寧に焼くんだ。まずは片面ずつ焼いて、焼き目がついたら側面も焼く」

「一気に焼いたら問題なの?」

「五枚も一気にやったらひっくり返すタイミングが違いすぎて火の入りがバラバラになってしまうからね」

「はあ」

 そんなにこだわることなんだ。フェルドは一枚目の肉を焼き終わると、それに銀の蓋をかぶせた。

「それは?」

「焼いてすぐ冷めないようにするんだ。そうすれば余熱で中にも火が入るだろう?」

「へ~」

 てきぱきとあっという間に肉を焼き上げたフェルドは、次いで私の切ったジャガイモたちを同じ鉄板で焼き始める。ここでニンニクを入れたせいで、食欲が刺激されまくってきた。

「お腹すいた!」

「もう少しだ。あとは肉汁を赤ワインで煮詰めて……」

 焼きあがった付け合わせの野菜を取りだして、豪快に赤ワインを注ぐのに何事かと思ったけど、これはステーキのソースらしい。お酒も料理に使うんだ。


 正直肉を焼く時間なんてあっという間だったけど、確かに私だったらもっとじっくり焼いて肉を固くしていたかもしれない。

 フェルドがお皿に盛ってくれたお肉は食べたことがない食感だった。やわらかいんだけど、やわらかすぎず、筋もちゃんと感じられて食べ応えがある。あとソースがおいしい。上品な味がするということしかわからないけど。

「うまい!」

「おいしいですわあ。さすがフェルドね」

「これがおいしいお肉かあ……」

 屋台の串焼きなんかとは同じお肉でも全く別ジャンルだということはわかった。これが……ステーキというやつなのね……。

 ルーもバクバクと食べて尻尾を振っている。フェルドを載せるのを渋ったくせに現金な魔物だ。

「喜んでもらえてなによりです。ふ、フフ……」

 そして自分の分を食べ切ったフェルドは、フォークとナイフを持ったままがくりと意識を失った。あわてて駆け寄る。

「フェルドー!?」

「いや、肉焼くためだけに起きてたのかコイツ」

「料理人魂、ですわねえ……」

 のほほんと言う二人は置いといて、私は心の中でフェルドに手を合わせた。

 ごめん、もうこの二人には絶対料理させようとしません。誓います。

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