魅了聖女と聖剣使い
「……聖剣?」
ウィルがさっぱり理解していないように、ただ言葉を繰り返す。私は頷いて体を起こした。
「だからフェルドを呼んで」
「待て待て、あいつの魔剣は火属性しか使えない!」
「それは今は、でしょ」
フェルドの魔剣は多属性魔剣である――というのは、前にちょっと聞いていた。しかもただの多属性ではなく、全属性魔剣だ。その中でフェルドは火属性しか使えないけど、これはそこまでおかしな話じゃないらしい。
そもそも魔剣自体扱いが難しいものなのだと道中で聞いていた。火属性が使えたから次は水属性、なんて簡単にはいかないし、そう簡単にはいかないせいで多属性魔剣自体が少ない。ならそのやたらとハイスペックな魔剣、いま活かさずどうするというのか。
「魔剣の属性は魔術の属性とは違って、先天性で決まってるってことはないんでしょ。今、使えるようになってもらうわ」
属性魔術はほとんど生まれつきの才能で決まっているけど、魔剣はそうじゃない。使用者の魔力を使うだけなので、どの属性にするかは魔術よりずっと柔軟性があるあらしい。
……それでも難しいと思うけど、ウィルに適性のない光魔術を使わせるより、ロサの防御寄りの光魔術を強化するより、一番可能性がある。
「確かにフェルドの魔剣が光属性なら……」
光属性の魔剣は聖剣と呼ばれ、竜殺しの名を冠することが多い。それくらい、「竜」を殺すには光属性魔剣が向いているということだろう。あるいは、光属性魔剣じゃないと「竜」を殺せないか。
一応砦にも聖剣はあった。昔、砦を作ったときの国王が使ってたんだとか。今となっては完全にお飾りだったけどね。
「フェルド、いったん少し下がれ。ロサ、ルーと攻撃をさばけるか?」
「次、魔術が来るまででしたら」
「わかった」
「ルー、お願い」
ウィルの言葉に従ってロサが前に出て、ルーも彼女の横に並ぶ。ロサはともかく、ルーはあまり防戦向きじゃないからはやく結論付けないといけない。
「聖剣ですか」
先ほどの会話はフェルドの耳にも聞こえていたらしく、さっそくそう切り出される。私は頷いた。
「フェルドルス。その剣が聖剣なら、一撃で倒せるか」
「正直、一撃かはわかりません。ですが一撃で首の数は減らせますし、聖剣があれば倒せると思います。ロサの光魔術への反応を見ている限り光属性はかなり有効に見えますから」
「……だろうな」
ウィルはちらりと私に視線を遣る。
「君は確実に聖剣を取らせることができるか?」
「フェルドが私を信じているなら、取らせてあげる」
「魅了」の効きやすさは、どれくらい抵抗されるかに係わるという推測は出ている。だから、フェルドが心の底から聖剣を取りたいというのなら――たぶん、いける。いや、やってみせる。
ウィルはこの提案に心惹かれているようだった。多分、フェルドもだろう。目が爛々と輝いている。
冷静な顔をしつつ、冒険者なんかやってる無謀な王族。強さを求める魔剣使い。ここで倒す方法があると言ったのなら、絶対に乗ってくる自信はあった。
「リア様」
「わかった」
それだけ言葉を交わして、ウィルはロサのフォローに回った。じゃあ後はこっちで「魅了」をかければいいってことね。
「フェルド。私の目を見て」
最も効果的な「魅了」は、一対一で、顔を向かい合わせて、声をはっきりと届けたときだ。
私はまっすぐフェルドの瞳を見つめる。彼の喉仏が上下したのが見えた。
「私を何だと思ってる?」
「――あなたは『砦の守護者』。そして俺に聖剣を取らせる誰よりも強力な『魅了』の使い手です」
「いいわ。では剣を取って。――聖剣使いフェルド。その剣に光を宿し、『竜』を打ち倒しなさい!」
言い切った瞬間、魔力がごっそり持っていかれ、同時に成功したという手ごたえがあった。
フェルドの剣がまばゆく光る。ロサの光の盾の向こうの三つ首竜が、「ギャア!」と驚いた声を上げて後退した。
「逃がすと思うか!水球満ちよ!」
ウィルが生み出した大きすぎる水球が三つ首竜を包む。動きを封じられたのはほんの少しだったけど、それで十分だった。
フェルドが跳躍して盾を飛び越える。そして光を携えた聖剣を勢いよくふるった。もう、これ以上「魅了」なんて必要ない勢いで。
「一本!」
ものの見事に首から頭が切断される。その首は、真ん中の首だった。
「いきなり真ん中狙う!?ちょ、ルー!確保!」
そりゃ目当ては真ん中だけど!ルーに必死に呼びかけると、宙を舞う竜の首をがっちりキャッチして持ってきてくれた。うわ、首だけでもでかい。これは動かないよね?
気味が悪かったけど頭まるっとマジックバッグに入れる。入れてた食糧が空になったやつだけど、これにもう食糧入れてほしくないな……。
さて、真ん中の首は確保したので後は撤退でもいい。でもすでに二つ目の首もなくなっていた。首がなくなった三つ首――今は一つ首竜のほうが逃げ出しそうだったけど、それを許す三人ではない。
「うおおッ!『竜』は――倒すッ!」
聖剣の一閃――それはこれまでのフェルドの魔剣よりもずっと強力に見えた。もしかして、「魅了」……効きすぎたのかもしれない。「竜」を倒すのにこだわってるっぽいのも、私が倒せと言ったからだと思う。
その一撃で三つ首竜の巨体は地に伏した。暴れるせいで砂ぼこりが舞うが、また聖剣の光がほとばしってついに動かなくなる。視界が悪い中ロサが肩で息をしているのが聞こえて、次いで「フェルド!」とウィルが叫んだのもわかった。
「ちょ、ハアッ、どうしたのよ」
私も魔力を使いまくったので体がふらついたけど、慌てて立ち上がって駆け寄る。砂ぼこりが落ち着いてきて、見えたのは倒れたフェルドにウィルが治癒をかけているところだった。
「怪我?!」
「おい、フェルド!しっかりしろ!」
取り乱すウィルにこっちもあせってくる。まさか、無理やり聖剣を取らせたから、なにかマズいことが――。
「落ち着いてください、二人とも。フェルドはただの魔力切れですわ」
ロサの冷静な声が降ってきてハッとする。確かにフェルドの顔色が悪いわけではなく、ただ単に眠っているようにも見えた。ウィルも瞬いてから「確かに……」とつぶやく。
「それより早く『竜』の採取を終えて戻りましょう~」
「あ、ああ。そうだな。ステノ、ルーと一緒にフェルドを見といてくれ。真ん中の首はもう確保しただろ?」
「うん」
「わかった」
立ち上がったウィルがロサと共に三つ首竜の死骸のほうへ向かったのを見て、私はフェルドを見下ろした。どうしよう。一応脈があることは確認して、ルーの背中に載せようと試みる。
「グル……」
「ルー、そんな嫌がらなくてもいいじゃない。フェルドが頑張ったんだから『竜』を討伐できたんでしょ。功労者を放置してたらかわいそうだし、ね?あなたの背中に載せて連れ帰るのが一番楽なのよ」
「ゥルルル……」
説得するとしぶしぶながらフェルドを載せてくれたのでほっとする。ウィルたちはすぐ戻ってきたので、フェルドが目覚めないまま野営地に戻ることになった。