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魅了聖女と「竜」

「さて、フィークス・カリカの花は手に入った。あとは三つ首竜(テリテム・ラセルタ)の目玉だが……」

 野営地に戻って、ウィルがそう切り出した。私はスープを啜りながら耳を傾ける。例によってフェルドのお手製スープは謎の旨味があっておいしい。

「問題は一旦帰るかどうかだな」

「え?探索続けたらダメなの?」

「三つ首竜は強力な魔物だからな。安全をとるなら一度戻って素材を確保するのも手だ」

 ウィルの説明に何が言いたいのか理解する。全滅の可能性があるということか。でも、本当にそこまで心配することかしら。

「ステノさんはこのまま三つ首竜を探すべきだと思ってらっしゃるの?」

「まあ、そこまで消耗もしていないし、続けるのもアリじゃない?」

「私も続けて良いと思います。良い流れがありますから」

 意外なことに私に賛同したのはフェルドだった。流れ、か。私も冒険者になってからそういうのを感じたことはあるし、砦でもそうだった。上手く行くときは続けて上手くいくし、そうでないドツボにハマることもある。目星がついていたとはいえ、この広い「死の地平」で立て続けに目的のものを見つけられたのはラッキーだった。その幸運が続いていれば三つ首竜も見つけられるはずだ。

「フェルド、ここから『魔の森』への撤退はどれくらいかかる?」

「そう離れていませんから、撤退のみに集中すれば一日あればいけます。負傷者が一人ならルーに載せて同じ時間で戻れるはずです」

「そう遠くはないな。とりあえずはリミットと範囲を決めて探索するのがいいか」

 ウィルも撤退しなくてはならないと思っているわけではないっぽかった。ここまで上手く行ってるからこの先も上手くいくという慢心があるわけじゃないのは安心する。というか、リミットをスムーズに合意するために一旦撤退という案を提示したのかもしれない。

「では、気をつけるのはリア様が負傷しないことですわね」

 ロサの言葉に私も頷く。ウィルが怪我をして治せなくなると、パーティーが壊滅してもおかしくないし。


 その後は三つ首竜へのアプローチで盛り上がったので、スープはすっかり冷めてしまった。冷めても美味しいのが不思議だ、砦のご飯なんて冷めきってまずかったのに。

 ちなみにフィークス・カリカの花を採取したときについでに採れた蜜が隠し味だったらしい。王弟殿下に頼まれて採ってきたものを余裕があるからって使っちゃうなんてフェルドも案外肝が据わっている。そういうの嫌いじゃないけどね。



 実際のところ、三つ首竜を探すのはルーの嗅覚が一番頼りになって、あとは大物の痕跡から割り出すしかない。「竜」はかなり大型だし、痕跡を消すような真似はしないから少しでも手掛かりを見つければ大きな進展だ。

 ただ、ここで少し枷になったのはウィルが提示した撤退案とリミットだった。「魔の森」から離れすぎるとリスクになるというのが一度みんなの頭に置かれてしまったから、わりと範囲を絞った探索になってしまったのだ。

「見つかんないわねえ」

 フィークス・カリカの花の採取から五日目に私はため息をついた。今日がウィルが決めた期限の日だ。日中に見つからなかったら、夜を過ごした後に朝一番で「魔の森」に戻ることになっている。

「だが、昨日は妙に魔物が多かったな」

 私と一緒にあたりを見回しながらウィルがつぶやく。それは確かにそうだった。そう強力でない魔物たちだったから、私の「魅了」でだいぶ蹴散らせた。それにしたって「魅了」の効きが強いという違和感はあった。

「今日も、ですわね」

「……逃げてきた魔物のように見えたな」

 私たちは顔を見合わせる。これは最終日にして、()()かもしれない。弱い魔物たちが逃げるなんて理由は限られている。

「こっちはアウルムの方面だな。『魔王』が倒されて混乱した魔物たちが逃げてきたも考えられるが」

「ちょっとウィル、あんまりつまんないこと言わないでよ。出るかも!って思ってたほうがよくない?」

「いろんな可能性を考えるのが冒険者だろうが」

 ぶすっとウィルが拗ねたように言う。がっかりしたくないのかな?私はテンションが下がったままのほうが嫌なんだけど。

「どちらにせよ警戒したほうがいいだろう、ステノ嬢。魔物が多いだけだとしても、あるいは強力な魔物が現れるにせよ――」

 フェルドが言葉を切ったのと、ルーがばっと顔を上げたのは同時だった。ピリッとした空気が伝わってきて、私も瞬時に身構える。これは――。

「上ッ!」

 誰が言ったのか、短く鋭い声につられて顔を上げる。

 そう、「竜」――翼を持つ強大な魔物。その異様な姿は遠くからでも肌がざわめくようだった。威圧感、なんて、魔物相手に。

 完全に場が支配されていた。想像よりもずっと恐ろしい魔物。

 ここが、「死の地平」だ。「魔王」が支配し闊歩する、矮小な人が踏み入り生存することなど許されない荒野だと、本能で理解してしまう。

 ウィルたちも各々武器を構えてはいたが、表情が硬く、同じ気持ちであることは見てわかった。ルーも低く唸っているが、威嚇はしない。相手が格上だと理解しているから。


 だから、私は。


「――奮い立て!恐れるな!」


 拳をぎゅっと握りしめてそう叫んだ。強い「魅了」と共に。

 「竜」がなんだ。「魔王」がなんだ。私はあの「砦」で生き残ってきた。兵士たちを生かしてきた。このスキルを使って、少なくとも負けたことはない。だってこうして生きている!

「ちょっとデッカいトカゲなんかに怯んでんじゃないわよ!あんなの『魔王』なんかじゃないわ!あなたたちはAランク冒険者なんだからっ、しっかりしなさい!あいつの目玉をいただくんだからね!」

「す、ステノ……」

 ウィルたちが私を振り向く。こういう時こそ堂々と、震える脚なんか見せちゃいけない。「聖女」としてふるまってた時とはすこし違う、仲間に見せる笑顔を浮かべた。

「何、私がついてるのに負ける気?」

「……まさか」

 フェルドが笑みを返してくれる。彼の魔剣の切っ先はいつもとちっとも変わらず、三つ首竜に向けられていた。

「相手はちょっと空飛ぶだけのデッカいトカゲですものね」

 ロサも余裕を取り戻したようだった。くるりと優雅に槍をまわして構え直す。

「ここで出会えた幸運に感謝すれど、怖気つくわけにはいかねえな」

 ウィルが一歩前に出る。もう少しで三つ首竜が魔術の射程範囲に入る。

「アオオオオンッ!」

 ルーが威嚇の遠吠えを上げた。三つ首竜の飛ぶスピードは落ちなかったけど、こっちを確かに認識したように見えた。いいんじゃない?逃げられるよりはずっと。

「いくわよ!」

 意識して「魅了」のスキルを発動させる。「聖女」に向けられたどこか上滑りする士気ではなく、みんなが向けてくれる信頼が嬉しい。


 だからこそ、絶対に負けるわけにはいかなかった。


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