花の採取
ルプスの一件のあと、フィークス・カリカは案外すぐに見つかった。ルーが調子を取り戻したというのもある。あの群れの気配のせいでうまいこと周りを探れていなかったのかな。
「うわ……」
そんなわけで、蜂の大群を前に私は顔を顰めていた。だって魔物だから、デカい!羽音がうるさい!ルーも今回は尻尾を丸めていてアテにならないっぽいし!
「ルーは後方を警戒してくれ。僕たちで突撃する」
「大丈夫なの?あんなにいるけど」
「ルプスの時と同じだ。動きを止めて貰えば一網打尽にできる」
「……はーい」
デカい虫ってなんか、苦手かも。いままであまり意識してこなかったことを感じて、鳥肌の立つ腕をさすりながら改めて大群を見回す。
実際どれくらいなら一気に「魅了」をかけられるのかしら。この蜂はそんなに強力な魔物でないようだしいけるのかな。
しかもなんだか様子見してるみたいでなかなか襲ってこない。……よく考えたらこれ、別に戦わなくていいんじゃないかしら?
「ウィル、ちょっと試してみてもいいかしら」
「何を?」
「動かなくするんじゃなくて追い払えないかなって」
目当てはフィークス・カリカの方なんだから蜂自体を倒す必要はない。私が言うとフェルドが眉を顰めた。
「どの程度追い払えるかにもよるんじゃないか。バラバラになって襲い掛かられたら面倒だ」
「そのリスクはありますわね。けれど戦わず済むのならそれでも構いませんこと?一網打尽にしてしまったらここのフィークス・カリカは子孫を残せませんわ」
子孫を残す?蜂とどう関係あるのかわからなかったけど、ロサは追い払うのでもいいみたいだ。ウィルは少しだけ考え込んだけどすぐに答えた。
「どうせ共生蜂はフェロモンの効かない範囲には深追いしてこない。逃げるだけなら簡単だからな、一回ステノに試してもらってもいいだろ。フェルド、構わないな」
「御意に」
大袈裟にフェルドが頷いて蜂たちから距離を取る。私は逆に「魅了」が効く、そしてヤツらが襲ってこないギリギリまで近づいた。
「いくわよ――立ち去りなさい!」
たぶんなんだけど、この蜂たちは戦いたいわけじゃないと思う。好戦的な魔物だったらとっくに襲ってくる距離だ。そもそもこの「死の地平」でフィークス・カリカのフェロモンに守られて生きているような魔物なんだから、戦闘経験もあんまりないのかも。
つまり、意思に反しない「魅了」というのは効かせやすいっぽかった。こっちがびっくりするくらい蜂たちは素直に散り散りになっていったのだ。
「まあ。蜘蛛の子を散らす、という感じですわねえ」
「蜂だがな」
のほほんとロサが言うのにフェルドがぼそっとつぶやいた。なんかの慣用句?どっちにしろぞっとしないわ。
「よし、今のうちに花を採取すんぞ」
ウィルはそう言うと奥へ進んでいった。フェルドが慌てて前方をカバーするためについていき、私はルーを振り向いた。
「ルーはこれ以上進めないから待っててね」
「ウゥ……」
「心配いりませんわ、わたくしがついています」
「ワウ!」
ロサの言葉にいい子の返事をするルー。あ、これ私が心配される側なんだ。でもロサが強くて頼もしいことは私も知っているので文句は言わないでおく。
奥に進んで行っても蜂の羽音は聞こえるものの姿は見えない。私はふと思い出してロサに尋ねた。
「そういえば蜂を全滅させたらフィークス・カリカは子孫を残せないのはなんでなの?」
「この二種類の魔物は共生関係を築いていると言いましたが、フィークス・カリカ側の利点は何だと思いますか〜?」
フィークス・カリカの利点?蜂はフェロモンで敵を追い払えて蜜を吸えて嬉しい、でもフィークス・カリカに利点なんてあるのかしら。
首を傾げていると、ロサが目の前の茂みを指さした。ウィルとフェルドが茂みから生えている何かを取ろうとしている。これは……実?それこそあの蜂が丸ごと入りそうな大きな実だ。
「フィークス・カリカは実の中に花が咲くんですよ。なので、蜂が中に入ってくれないと受粉できないんですねえ」
「そうなんだ」
「実の中には蜂の卵がありますから〜、採取は二人に任せましょう〜」
触りたくないと顔に書いてあるロサを見て、私も頷いた。こういうのは平気な人に任せよう。
実際ウィルとフェルドは平気なようで、実を割ると中から花を取り出していくつか瓶に詰めていた。私とロサはさも警戒していますと言わんばかりに視線を逸らしてあたりを見回す。蜂の羽音は聞こえたけど、近寄っては来ないようだった。
「終わったぞ。早く戻ろう」
「はあい」
そう言って二人が立ち上がるまで蜂たちは静かだった。自分でやっといてなんだけど、この「魅了」の効果っていつまで続くのかしら。
「どうした?」
つい考え込んでしまっていると、ウィルに声をかけられる。うーん、この三人だったらウィルが一番詳しそうだ。
「『魅了』の効果って、どれくらい続くのか考えてたのよ」
「効果時間か。それは君が決めるものだろ」
「そうなの?」
確かに、術者である私がコントロールできるものなはずではある。
「そういう能力低下あるいは向上のスキルの継続時間は、相性とか使った魔力の量で決められるもんだからな」
「相性っていうと、ルプス・グランディスのボスは効きにくかったみたいなやつね」
「逆に、君を『聖女』だと崇めていた奴らには効きやすかったんじゃねえのか。抵抗がないってことだからな」
あの「称号」にはもしかしてそういう意味があったのかもしれない。じゃあ「魅了の悪魔」はなんだって話になるけど……。効きにくくなる?でもウィルたちに使って「応援」しても変わった感じはないし。
「呪いや祝福なんかもそうだが、どうなってほしいか具体的に言った方が効果は出やすい。『強くなれ』って言うより『剣を振り下ろせ』つったほうが剣戟のスピードは早くなるし、同じ魔力量で継続の時間も長いと思う」
「じゃあ相性と魔力量と、言葉の使い方かしら」
「だろうな。今回蜂にかける時は数が多かったが相性が悪くなかったんじゃねえか?多分あいつら自身も戦いたいと思ってなかったんだろ」
「効果時間に関して言えば……まあ、フィークス・カリカの採取が終わるまで、って感じだったと思うわ。あんまりはっきり考えてなかったけど」
もしかしたらこれからは効果時間とか考えてスキルを使った方がいいのかな。でも咄嗟にそこまで考えてる場合じゃない時もあるだろうし、時と場合によるか。
「ウィル、そういうのって誰から教わってるの?」
「誰って……僕の場合は家庭教師だな」
あー、ウィルは王族だしそんなものか。私も幼い頃は家に教えてきてくれる先生がいたけど、「魅了」の話なんでできなかったしスキルや魔術の使い方の勉強はしなかったな。「砦」で司令官に教えてもらったのがほとんどだ。
「冒険者ギルドで教えてるところはあるが、うちの国じゃ大々的にはやってねえな。冒険者業が盛んな国だとそういう学校もあると聞いたことはある」
「さすが、他の国のことまでよく知ってるわね」
私なんかせいぜいウィリディス・マティスのことしか知らなかった。それも「死の地平」とつながっているからで、国の内情なんて全然知らなかった。
「君は聖女なんだからもう少し知っててもいいと思うけどな」
「私のスキルのことなんてほとんど話せる相手もいなかったし、あそこじゃ生きてくのが精一杯よ」
本当に碌でもない場所だったわね。砦が落ちて、そしたらもう「死の地平」を攻略しようなんてこと考えなくなるかしら。なんにせよ、私みたいに働かせられる人がいなくなればそれが一番いいと思う。