かつての群れ
三人との依頼で一番得した気分になったのは――と問われると、私は食事を挙げる。
やたらこだわっていただけあって、フェルドのご飯はおいしかった。朝も夜もおいしい。昼も可能な限りは携帯できてすぐに食べられるサンドイッチなんかを作ってくれた。なるほど、お貴族様の冒険道中には必須の人材だ。フェルド自身も貴族なんだけど。
そんな大満足朝食を済ませ、私たちは次の目的――フィークス・カリカの探索に出かけていた。
「そういえば花なんてこの時期咲いてるの?」
そもそも「死の地平」はほぼ荒野で、植物なんてオアシスに生えているもの以外は雑草くらいのものだ。花を探すなら「魔の森」の近くの方がある気がする。
「割と年中咲いてる花らしい。文献によると共生蜂が近くにいるからそれを探ればいいんだが」
「蜂?今のとこ見てないわね」
「それか、フィークス・カリカの匂いだな」
なんか独特の匂いがするんだっけ?独特、といってもルーが知らない匂いを探せるかどうかはちょっとわからないけど。
「フィークス・カリカは共生蜂とほぼ完結した共生関係を築いているのですわあ。ですから、魔物が嫌うフェロモンを出してるのです」
「蜂は魔物じゃないの?」
「フェロモンに耐えられる唯一の魔物ですね〜」
蜂と共生しているからフェロモンが蜂に効かないのか、フェロモンに耐えられる蜂だから共生関係を築けているのか、それは謎らしい。考えてみるとややこしいなと思ったのでそれは横に置いておく。
「じゃあルーが近寄りたがらないところを探せばいいのかしら」
「そうですわねえ」
近寄りたがらないところに行かせるというのも酷だけど……。幸いこの蜂はフィークス・カリカのフェロモンに守られているため強力な魔物ではないみたいだ。なら、最悪ルーが本当に近づけなくても戦闘はなんとかなるかも。
とりあえずは拠点の周りを探索することになった。植物が生えていそうな場所を探しつつ、かつルーが近寄りたがらないポイントがあればその先を探る。ウィルは索敵魔術を使えるので、私もちょっと教えてもらっていた。ルーがいるとは言え、自分でできるようになった方が安心だものね。
そうすること数日、先行していたルーがぴたりと立ち止まったのを見て私たちも足を止めた。私の索敵には引っ掛からなかったけど、より広範囲のウィルのそれは何かを感知したみたいだった。
「敵が複数……この感じは共生蜂じゃないな。おそらく――」
ウィルが言いかけたのを遠吠えが遮った。聞き覚えのある、でもルーのじゃない。
「ルプス・グランディス!」
「リア様、撤退しますか」
「接近速度が速い。無理だ、迎撃する」
私は咄嗟にルーを見た。前ほど落ち着きがなくなってるわけじゃないけど、やっぱり浮き足立っている。私は息を吸った。
「ルー。私がいるんだからあなたが負けることはないのよ。戦えるわね」
「ヴゥ……ガルッ!」
応えが力強くて満足する。大丈夫、私もいるし三人もいる。戦闘力で言えば私よりずっと頼りになる。
「悪いけど付き合ってもらうわよ」
「僕たちはただ襲ってきた魔物を迎撃するだけだ」
ニヤリとウィルが笑う。そうよね、いつもと何も変わらない。私も歯を見せて笑った。
「ルー!」
「アオオォオオオオオオオオオオンッ!!」
ルーの遠吠えが響き渡る。ここにいると示すための、そして負けはしないと威圧するための。
私にも感知できるほど敵が近づいてきているのを感じる。数は、五匹。ちょうどいいのかしら。
姿が見えてきたルプス・グランディスたちは、明らかにルーに向かって敵意を剥き出しにしていた。個体を認識しているような反応に、やっぱりルーが元いた群れなんだろうと思う。
「グルル……」
唸って威嚇する彼らに対して、ルーは落ち着き払って堂々と佇んでいた。しかし油断はしていない。ちらりとウィルに視線をやると頷かれたので、私は意識して「魅了」を発動させた。
「動くな!」
ビクッとルプスたちの体が震えて不自然に動かなくなる。そこにウィルの魔術が炸裂した。
「凍れ、地を這え」
足元が凍りついて身動きが取れなくなる。正直このコンボはズルい。ルプスたちは戸惑って鳴き声を上げたが、そこに真っ先に切り込んでいったのはルーだった。
「ガウッ!」
氷を避けるように跳躍して、動けなくなった一体の喉元に食らいつく。鮮血が舞い、その個体は力を失った。
フェルドも前に出て剣を振るう。ロサが少し下がり気味だったけど、その分ウィルの魔術がカバーしていた。
「フェルド、右だ!」
ルプスたちを分断するように氷が壁になって、それに合わせてフェルドも地を蹴った。炎の剣は氷を溶かしてしまうけど、一対一の隙さえあればいい。二体目が地にふせる。
「っ、こちらに……!」
そこまでは順調だったけど、氷が溶けたせいで一際大きな個体がこちらに向かってくるのが見えた。もしかしたらこいつが群れのボスなのかもしれない。
「アオンッ!」
「ロサ、守って!」
「光よ、盾よ!くっ……!」
ルーが吠えるのにも構わず一直線に向かってくるのをロサが受け止める。するとウィルが持っていた杖を突き出した。
「爆ぜよ!」
「ギャンッ!」
至近距離で火魔術で攻撃されたルプスが怯んだのを見てロサが押し返す。でもなんかこっち見てる?ばちりと目が合ってしまって、悪寒が背筋を這い上がった。
ルーに襲われそうになった時のことを思い出した。死を覚悟したあの時。
こいつは私を敵と、獲物として見ている。私だけが弱いことに気づいている――?
「ふっざけんじゃないわよ、この――下がりなさいッ!」
私にはこの「魅了」のスキルがある。そりゃ魔術も大したことないし、武器も上手く扱えないかもしれないけど、でも!
ぐっと拳を握って言葉にならない怒りを「魅了」としてぶつける。ごっそり魔力が減った感覚がしたけど構うものか。私はこいつに勝たなきゃいけない。今のルーの主として、元いた群れに負けるものか。
ボスのルプスは完全に硬直し、何かに怯えるように数歩ヨロヨロと後ずさった。その隙だらけの姿に、背後から現れたルーがそいつを突き飛ばして喉笛を噛みちぎる。それはほんの一瞬の出来事だった。
「――おい、ステノ!」
ウィルの焦ったような声がしてハッと我に返った。今……。
「ほ、他のルプスは?!」
「全て倒した」
フェルドが剣についた血を拭って答える。確かに周りには五匹分の死体が転がっていた。
「大丈夫ですか?かなり強くスキルを使っていたかのように思いましたけど」
「え、ええ……少し集中しすぎたみたい」
やりすぎたのかもしれない。口元を汚したルーが擦り寄ってくるから頭を撫でてやった。
「このまま探索続行できそうか」
「……ごめん、ちょっと魔力を使いすぎたわ」
「わかった、一旦撤退だ。君の力を使えないのはまずいからな」
ウィルの言葉に他の二人も頷く。何だかホッとした。これくらいなら続行するかもと思っていたから。
やっぱりこの人たちはアウルムのお偉いさんたちとは違うんだ。もちろん自分の身の安全を確保するためもあるんだろうけど。
「ルプス・グランディスの群れを完全に撃退できるとはな」
「やつらの連携攻撃を無効化できたのはかなり楽でしたね」
「でも、あのボス格の子には『魅了』が効きづらかったように見えましたわ」
「そうね、魔力も使ったし……」
ルーを従えた時はこんなに使わなかったから、あのボスと当時のルーを比べたらボスの方が圧倒的に格上なんだろうな。ルー、本当に足手まといで追放されたのかな……。勝てたし、今はこっちのが上だし。いいんだけど。
ようやく勝てたという実感が湧いてきて何だか達成感が込み上げてくる。負けない自信はあったけど、「魅了」をかけるのにこんなに魔力を消費するハメになるとは思ってなかったわけだし。
「これで今日からは落ち着いて眠れるわね、ルー」
「ワフッ」
ルーも心なしか一段と凛々しく見える。……口の周りの血のせいかも、毛が固まっちゃう前に落として手入れしないと。そんなことを考えられる余裕が戻ってきて、私は強く握りっぱなしだった拳をようやく解くことができた。




