城へ、そして準備②
私、貴族には絶対なりたくないな。特にお姫様には。
などと思ったのは朝から叩き起こされて登城の準備をするのがやたら大変だったからだ。私はほぼ何もしてないけど、それでも着付けと化粧をされるのにあんなに時間がかかればぐったりもする。同じことをされたロサはどうしてケロっとしてるんだろう。そしてウィルとフェルドはこれがなくてズルい。
「私もその格好で良かったじゃない」
「あら、今度からはそうしましょうか。ステノさんなら男性の服装もきっと似合いますわ」
「……今度はないからイイデス」
文句を言うとロサにそんなふうに言われてゾッとした。やりかねないって、絶対。
「ドレスは大変らしいな。姉上も同じことを言ってたな……」
「え、ウィルお姉さんいるの?」
「とっくに嫁いだけどな」
へー、こういうのに理解あるの意外。フェルドなんかは服用意したんだから文句言うなって顔してんのに。べっつにー、私は城なんか行きたくないもん。
するとウィルが手を差し伸べてきた。え、何?と見つめてしまう。
「エスコートのされ方はわかるか?」
「そういうのは結構。貴族じゃないもの」
「わかった」
誰かの手を取ってちまちま歩くなんて嫌だもの。あと男に触るのがヤダ。動きにくいドレスを捲し上げてルーを従えさっさと歩くと後ろからため息が聞こえてきた。知らんぷりだ。
王城へは馬車で移動するらしい。馬車って、乗るの久しぶりだなあ。砦にいた頃はどこかに移動することなんてなかったし、子どもの頃以来かな。そんな私でもわかるくらい揺れが少ない豪華な馬車だった。
「いつも馬車で移動してるの?」
「いや、冒険者業では徒歩か、乗っても馬だな」
「わたくしたちは荷物も少なく済ませられますから」
つまりマジックバッグを持ってるということだ。だったら馬の方が小回りがきいていいもんね。
「ルプス・グランディスがいる君は移動に困ることはないだろうね」
フェルドがそう言ってくるが、それも時と場合による。もちろんこんな街中では乗れないし。
「森では乗れなかったわね、流石に。でも『死の地平』では乗れるから……馬連れて行くの?」
「ああ、それは頭が痛い問題だな。実際馬を連れて『魔の森』を抜けるのは無理だろう。広範囲の探索が必要であれば君に偵察を頼む可能性もある」
「そうねえ。でも私が離れて大丈夫なの?」
私は最悪一人でも生還できると思うが、三人はどうなんだろう。まだ「死の地平」に行ったこともなさそうだし。
「A級冒険者だからね、三人いれば……」
「フェルド、僕たちはまだ『死の地平』を経験していない。その判断を下すのは時期尚早だろ」
「……そうですね」
こういうやりとりを見ているとウィルがリーダーなんだなあと思う。しかしフェルドも決して自信過剰な訳ではないだろうし、やっぱA級冒険者ってすごいもんなのかな。
そういえばどさくさに紛れてC級に昇格したっぽいから受けられる依頼の幅も増えたのだった。でもA級が有名人というなら、そこまではいかなくていいな。注目されるのはもうこりごりだ。
本当はもっと「死の地平」での探索方法について議論したかったけど王城に着いてしまったので馬車を降りる。ずらりと並ぶ兵士たちと忙しく歩き回る動きやすそうな格好の人たち、そして彼らとは一線を画すきらびやかな服装の人たち。わかりやすいなあ。
なんだか痛いほどの視線を感じるけど無視だ、無視。ルーをそばに引き寄せ、黙ってウィルについて行く。
城自体は大きくてやっぱり豪華だ。砦の寒々しくて実用一辺倒な感じとは違う。ウィルの屋敷も大きかったけど、それよりもはるかにすごいことは私にもわかる。
私は司令官が昔教えてくれたことを思い出していた。王宮とか貴族の屋敷とか、権威を見せびらかす場で一番してはいけないのはその権威にビビることだと。こんなん全然普通ですし?という顔していればナメられない。
そんなわけで私はこっそり観察はしていたもののなるべく平静を装っていた。
「これは、リア様」
するとニコニコ顔の貴族男性がやってきてウィルに話しかけ始めた。ちなみにウィルたちは貴族の間では冒険者をやっていることを一応伏せているらしい。例えばウィルは次期公爵であるお兄さんの手伝いをしていることになってるのだとか。
そんなウィルに話しかけるとは知り合いだろうか?ウィルは全く顔色を変えないのでここから推し量ることはできない。
「久しいな、シェザー伯爵。何用だ?」
「いえいえ、随分と久しぶりにお見かけしたものですからお声をかけさせていただいただけですよ。なんとも美しい女性を連れていらっしゃる」
「そうか」
私を紹介する気は全然ないみたいなので仲良いとか事情を知ってる人ではなさそう。そもそもこんな人目のあるところで私がアウルムの元聖女とか言えないよね。
……でもそう考えると私を堂々と、しかも着飾らせて王城に連れてくるってのは妙だ。私の素性を公にしないならコソコソくるべきじゃない?
ウィルは私が考え込んでいる間も貴族を追い払おうとしていた。しかし食い下がってくるので、はあとため息をつく。
「私のようなものに興味などおありではないでしょう」
ただまっすぐ見つめて、なるべく自然に「魅了」をかける。貴族は一瞬表情を消し、それからハッと我に返ったようにウィルに頭を下げた。
「申し訳ございません、リア様。私はこれで」
「ああ……?」
ウィルは急に引き下がった伯爵に不思議そうな顔をして、それから私を振り返った。なんでもない顔をしておく。
「君、今……」
「なにか?」
「いや……」
フェルドも私をじっと見つめてきたが、やましいことはしていない。それより早く案内してほしいと視線で訴えると諦めたように再び歩き始めた。
城は広いしまるで迷路みたいだ。道はさっぱりわからないけどルーがいれば脱出くらいはできるかな、一応。
さて、たどり着いたのはウィルの屋敷の応接室をさらに豪華にしたような場所だった。座っていいと言われたのでありがたくフカフカのソファに座り、持ってきてもらったお茶を飲む。あったかいお茶よりも水を飲みたい気分だけど文句は言わない。
そして私はなぜかいるツウェルさんに声をかけた。
「どうしてツウェルさんがここに?」
「……今回の案件にはギルドとの書面契約が必要ですから、出向いたんですよ。私はまあ……リンテウムであなたと直接関わりがありましたし、ウィル殿とも顔見知りですからね……」
なんかものすごく疲れたように答えられてしまった。大丈夫なのかな。
「ツウェル殿は元々王都のAランク冒険者なんだ」
フェルドに言われてびっくりしてしまう。そんなにすごい人だったなんて。
「え、すごい腕利きじゃないですか。なんでギルドに転職したんですか?」
「所属していたパーティーが腕利きだったんですよ。私はただの雑用係です。いろいろあって解散して……まあ、安定した生活をしたくてですね……」
確かに安定した生活と言われると冒険者は厳しい。怪我とも隣り合わせなわけだしね。……本当に色々あったっぽいなあ、ツウェルさんも。副ギルドマスターまでになってるから相当優秀なんだろうけど。
「それよりあなたがアウルムの聖女だったとは……。うすうすそんな気はしていましたが」
「えっ、そんな気してたんですか?!」
当然だがツウェルさんも私の正体を聞いているらしい。多分スキルのこともバレてるんだけど、まさか聞く前から気づいていたなんて。素でびっくりした。
「職業柄こういうのはわかるんです。あなたもそんなに隠す気なかったでしょう」
「普通に冒険者やってるつもりでしたけど」
「普通に冒険者やる人はいきなりル・ボルアを倒しませんし、『魔の森』で平気で活動しませんし、ルプス・グランディスを使役しませんよ」
それは、まあ、そうかもしれない。ウィルたちもうんうんと頷いていた。えー、いきなり王都に誘われた時といい、そんなに怪しかったか。しょうがないね。
そんな話をしながら待っているとやってきたのは司令官と、それから知らない男性だった。服装と立ち振る舞いからして絶対に偉い人だ。立ち上がって挨拶をする。
「やあステノ。その装いも似合っているな」
「おはようございます、司令官……アガーテ殿下。ありがとうございます」
「リア、ロザリンディア、フェルドルス。ご苦労」
「はっ」
「ツウェル殿もわざわざすまないな」
「いえ。殿下のお呼びとあらば」
ツウェルさん、司令官と知り合いなのかな?いや、殿下って司令官のことじゃなくて……。私は知らない男性に視線をやる。
その人も私を見返してにこりと微笑んだ。あ、なんか大丈夫そう。威圧感なんて全然なくって、そう思わせるような微笑みだ。
「はじめまして、聖女ステノ。私はリヴァロ。この国の王弟といえばわかるかな」
「はい、リヴァロ殿下。お目にかかれて光栄です」
昔司令官に教えてもらい、ついでにロサに復習させられた所作でお辞儀をする。ドレスだから、いつもより見栄えがするんじゃないかな。司令官も満足そうに頷いている。
「リヴァロは私の夫だ。今回の君の雇用主となる」
「わかりました」
しっかし、この柔和そうな男の人が司令官の旦那さんかあ。お似合いといえばそうなのかも。こんなに威圧感がないのに、かといって頼りないという印象も受けないリヴァロ殿下はなんだか不思議な人だった。
「一応概要は話したと聞いているけれど、改めて説明するね。ことがことだから書面に残せるのはギルドとの間に結ぶ契約書だけなんだ。細かなことはここにいる面々が証人になる。アガーテさんとツウェルくんがついているから心配ないと思うが、いいかな」
「はい、大丈夫です」
そっか、この国の王様と王妃様に子供ができないかもしれないなんて思われていても、リヴァロ殿下がその解消のために動くと知られると都合が悪いわけだ。アウルムに邪魔されるかもしれないし、そんなことをしなくてはならないほどまずいと思われてもいけないし。
なので書面に残るのはリヴァロ殿下の言う通りこれを持ってきてねという通常の依頼契約だけだ。その発注も公式にはウィルたちのパーティーが契約したもので、私はパーティーに臨時で雇われた立場になる。報酬はウィルたちを経由して私にいくわけだ。
もちろんウィルたちパーティーと私の契約もギルドの正式な契約書面に残るから、その辺に問題はない。
「報酬は金銭にしようと思うが、物品で欲しいものはあるか?」
司令官に訊かれて私は元気よく手を挙げた。
「前払いしてもらうことはできますか?」
「ほう、前払いか。何が欲しい?」
「マジックバッグが欲しいです。『死の地平』の探索にも役に立ちますし」
「ああ、それはそうだな。こちらで準備する装備に入れておくから報酬に含めなくていいぞ」
それはまた太っ腹な!私は感動して司令官を見つめた。砦にいた時はあんなにケチケチしていたのに!あそこでは物資が足りなかったというのはわかってるんだけど。
「……ステノ、何か言いたげだな?」
「ええっ、なんでもないです。それなら他に欲しいものは特にありません」
「それなら報酬の計算は……」
リヴァロ殿下がサラサラと何かを紙に記入していく。成功報酬、怪我をした時の手当、必要物資の手配などなど。
今回は中級治癒術が使えるウィルがいるし、ウィルが怪我した時用のポーションもあるし、しかもそれも超高級品だから怪我とかのリスクは少ないと言える。普通こっちで用意する物資も手配してくれるしね。
私は一度に全部取ってくる気分でいたけど、何度かに分けて取ってきてもオッケー。ただしかかった時間に関わらず報酬は同じで、この報酬額になる期間制限もある。うん、普通に家とか買えそうな金額だ。こんな大金普通に暮らしてて使い切れるのかな。額が大きすぎてなかなか想像がつかない。
とはいえやっぱり一発で終わらせたいよなあと思うわけで。
「なるべく早く済ませますね」
「……やはりあなたも『砦の守護者』というわけだね。『死の地平』に行くのにこんなに平然としているお嬢さんだとは。頼もしいよ」
リヴァロ殿下に褒められて私はえへんと胸を張った。
そう、私は「聖女」だった。誰になんと言われようとその役割は全うしていた。私は私の誇りにかけて、この能力でこの任務だって成し遂げてみせる。
「ご安心ください、殿下。必ずや期待に報いてみせます」
力を入れすぎて無意識に魅了をかけてしまっていたのにも、私は気が付かなかった。