城へ、そして準備①
「それではステノさん、明日の準備をいたしましょう」
にこりと微笑んだロサが引き連れてきた女性たちに私は目を丸くした。明日の準備?明日は司令官から詳しい説明があるということだったけど。
「登城するのにその格好ではいけませんからね」
「とじょう……というと城に行くってこと?」
「そうですわあ」
「な、なんで?!」
確かに話するとは言ったけど!城に行くとは言ってない!
「陛下に御目通りしなくてはなりませんもの」
「ステノ、諦めろ」
「いやいや、冒険者一人雇うだけで大げさじゃない?!王弟殿下が責任者なんだし!」
「いいから。『砦の聖女』なんだし慎重にもなるだろ」
他の人に聞こえないように小声で告げられてうっと言葉に詰まる。確かに他国の聖女やってて追放された人間なら雇うのも慎重になるよねえ。司令官の口添えがあってもなあ、ていうかどうせ陛下にも魅了持ちってバレてるんだろうし……。
ええい、やると決めたのは私だし、ここまできたらこっちの王様の了解を得た方がいい。そうすりゃ冤罪追放コンボはないよね、流石に!
「覚悟は決まりまして?」
なんか凄みのある笑顔でロサに言われて頷くしかない。
そして私は、女性たちに部屋に連れ込まれてえらいことになった。
頭のてっぺんから足のつま先まで採寸され、いろんな布を当てられて、あれよあれよと言う間にドレスが出来上がった。既製品を合わせてるだけらしいけど、これもう魔法かなんかじゃない?!
「ステノさんはなんでも似合うから迷いますわね〜」
なぜかニコニコなロサはそう言いながらもドレスを決めてくれた。平民の私のセンスよりはいいだろうからね、もう全部お任せコースです。口出さない方がいいって。
「こんな美しいお嬢様がいらしたらどんな方も見惚れてしまいますわ!」
「ええ、間違いありませんわね」
「まるで女神のようです」
女性たち――侍女さんたちに絶賛され、いや悪魔らしいんだよなーと内心呟く。確かに私によく似合うドレスだ。スカートが膨らんでいるやつではなく、すとんと流れ落ちる形は動きやすい。露出もほとんどなくて首元が見えるくらいだ。なんというか、貴族のお姫様というよりは聖職者みたいな感じ。豪華だけど派手じゃない感じがイイ。でも女神は言い過ぎでは?
「うふふ、勇ましい冒険者の装いもお似合いですが、こういうのも悪くないでしょう?」
「そうだけど……」
「明日は髪をセットしてお化粧もしますからねえ。早起きいたしましょう」
ま、まじか。すでになんか塗られたんだけどあれ化粧じゃなかったの?まあいいけど……。
ドレスから楽な服装――これもなぜかロサが準備してくれていたかわいいワンピースだ――に一旦着替えて与えられた客室に向かう。ルーはそこですっかりくつろぎモードだった。
「そういえばお城にルーも連れて行っていいのかしら」
ルーは私の命綱みたいなものだ。彼がいるのといないのとでは何かあった時のどうにかなる度が大きく異なる。
部屋を出るとちょうどウィルがいたので声をかけた。
「あ、ウィル。ちょっといい?」
「明日の支度は終わったのか?」
「たぶん」
何をすべきかなんて全部把握してるわけではないのでそうとしか答えられない。
「それよりルーなんだけど、明日王城に連れて行っていいわよね」
ほぼ決定事項のように告げると、ウィルもあっさりと頷いた。
「収縮させるなら問題ない。流石にルプス・グランディスだと周りにバレると騒ぎになるが、その姿なら君をテイマーと言えばいいだろう」
「へえ、テイマーなら従魔を城に連れて行っていいんだ」
「そういう職務の騎士もいるからな。人より優れた従魔の感覚は警備に有用なんだ」
なるほど、砦でも魔物相手に戦わせてたけど、確かに彼らの嗅覚なんかは頼りになった。とはいえそれはあそこが前線だったからで、まさか王都でも同じように使っているとは。
「王城で何かあっても、さっき言った通り責任は僕が負う。君に何かないように、という責任もな」
「ふうん?」
ルーを連れて行く意図がわかっているのか、ウィルがそう言ってくる。でもなー、私が信用してるのはウィルじゃない。司令官だ。
司令官の旦那さんや、司令官の仕えてる王様はとりあえず信じてもいいけど……王城っていっぱい貴族がいるんでしょ?絶対変なのいるもの。
「何か企んでんのか?」
「いーえ、企んでなんかいないわ。でも貴族ってやつが平民に対してどう出るか、よくよく考えておいたほうがいいわよ」
そして変なのがいたら私は容赦するつもりはない。大事にならないためにウィルがいるんだし。責任を負うと言ったのだから取り消すことはしないだろう。
ウィルは片眉をあげて、「君は本当に貴族を信用してねえんだな」と呟いた。
「私の生い立ち聞いてそんなおめでたいことになると思う?」
「思わねえが……僕の周りにいたのは貴族や商人、ある程度行儀のいい冒険者だけだったからな。君のように心底貴族を警戒している者とこうして話すのは初めてなんだよ」
「まあ、私がこうなのはアウルムにいたからよ。ウィリディス・マティスでは違うのかもしれないけど」
そりゃずいぶんおきれいな上澄みだけ見せられてるんだなとは思うけど。アホンダラ王子はチヤホヤされて育ち、王女だった司令官は戦場にいたけど、ウィルはそれらとは違う環境で生まれ育ったんだろう。王族と言ってもいろいろいる。
「そうだと思うのは楽観的すぎるな。君とパーティーを組むのはそういう意味でも勉強になりそうだ」
「はー、お好きに学んでください」
面と向かって言うとはなかなかいい度胸をしている。いや、これは私が貴族の悪口を言っても許すということなのかな?ま、別にいっか。私は私のやり方を変えるつもりはない。友好的な関係を崩す愚も犯す予定もないけどね。