魅了聖女の矜持
司令官、もといアガーテ王弟妃殿下は「明日改めて依頼を出す」と言って王宮に帰ってしまった。ウィルが説明してくれたが、ギルドを通さない依頼は冒険者としての評価に繋がらないらしい。もちろん貴族などと直接契約している冒険者もいるにはいるが、それはもはや傭兵だ。
特に平民だと貴族に強く出られてしまうこともあるようなので、きちんとした依頼は普通ギルドを通すのだとか。うんうん、大事だね。ギルドがちゃんと仕事をしていれば。
と振り返っていると、ウィルが思い出したように言った。
「君も冒険者登録さえしていれば無理矢理砦になど送られなかったんじゃねえのか」
「そんなこと今更言われても。それに当時子供よ?冒険者なんて関係なかったもの」
「そうだろうが……」
「というか自衛前提なのがおかしいわよ。貴族の方をどうにかしてくれないと。加害者そっちじゃない」
「……その通りだな」
この国の話ではないが、やはり王族や貴族に対する不信感は根深い。そんな権力持ってる奴らにお前が自衛しろとか言われてもは?って感じですけど。ウィルは素直に認めて難しい顔をし始めた。
「リア様って無神経なのよねえ。いっつも上から目線ですから、嫌だったらわたくしに言ってくださいね〜?ステノさん」
「あー、まあ今回は直接でないにせよ雇用主だもの。私の方もある程度は許容するわ」
じゃないと一緒にパーティーなんて組めない。そういう奴だとわかっていればこっちで折り合いはつけられる。ずっと一緒にいるわけでもないし。
ロサの発言に顔を顰めたのはフェルドだった。
「ロサ、君はどちらの味方なんだ」
「いやですわ、フェルド。あなたがそうやってリア様に過保護なのだからわたくしがステノさんのことをケアするのが当然ではなくって?だいたいあなたも参加をすると決めたのだからいつまでもうだうだと鬱陶しいわ。顔に出さないくらいはしなさいな」
不機嫌そうなフェルドにロサがピシャリと言い返す。ははーん、わかってきた。
ウィルが一番高貴な身分でフェルドはその護衛の意識が強いっぽい。対外的なリーダーをフェルドが担っているのはウィルを必要以上に目立たせないためかも。魔剣士という触れ込みもあるのだろう。
一方でロサは一番ウィルへの過保護さもなく常識的な人物に見える。平民の中でやっていくなら彼女がいなくては回らないだろう。ウィルが上から目線なのもわかっているし。
パーティー的に言えばフェルドが魔剣を使う剣士、ロサが魔術を使える槍使い、ウィルが魔術師兼治癒術師で全員魔術適正がありなかなか豪華である。
私が入ってあんまり連携を崩すといけないから、応援メインでこっちはこっちでルーで勝手にカバーすればいいかな。何せ彼らはA級冒険者だ。私よりはるかに経験豊富だろう。
「で、具体的に何を採取してくればいいの?」
私は司令官の依頼を遂行するだけなので、任務に支障が出なければどう思われていても構わない。それよりも内容が気になる。改めて依頼を出すとは言っていたけど、前からこの任務に従事していた彼らも詳しく知っているだろう。
私が尋ねると、ウィルはちょっと眉を顰めてから答えた。
「『死の地平』で採取する必要があるのは三つだ。ひとつはテラ・ヴェナ・ニムの毒」
「毒?」
テラ・ヴェナ・ニム自体は「死の地平」横断時に見かけたのでいることは知ってるけど、確か毒があるからと避けた魔物だ。攻撃しない限りは積極的に襲ってはこない魔物だし。というか毒なんて必要なのはヤバくない?
「毒は薬にもなるからな。使い方次第ということだ」
「……仮に材料を採ってきて、それで失敗しても責任負えないわよ」
お前が持ってきた材料が悪いからだ!とか言われないよね?するとウィルは鼻を鳴らした。
「なぜその責任を君に負わせなければならないんだ?当然現場責任は僕が負うし、全体の責任は王弟殿下が取られる」
「……そうなんだ?」
マジか、えらい人って下っ端に責任押し付けるものじゃないの?本気で驚いてしまう。こっちの貴族って、王族って、そうじゃないんだ。国が違うと違うものだ。
あ、司令官も王族だったんだっけ。だったらアウルムにいた時も司令官だけは特別だったな。
「君の反応を見るだけでアウルムがどんな国か知れてくるな……」
やれやれと首を横に振られてしまう。いや、差はすごいと私も思うけど。
「ちなみにあと二つは三つ首竜の真ん中の首の目玉とフィークス・カリカの花だ」
「めんどくさそう!」
何その真ん中の目玉とかいう指定。どの目玉でも一緒じゃないの?
「そりゃな。だから人手がいるし、君一人では難しいだろ」
偉そうに言うが事実なのでまあそうですねと頷く。司令官も言っていた通り、討伐と通過とでは話が違うのだ。
「だが君こそいいのか?この任務は危険だからな。通過するだけで精一杯の『死の地平』に再度挑むことになるが。褒賞の話だってまだ出ていないだろ」
まるで今から引き返せると言わんばかりだ。私は立ち上がるとフンと鼻を鳴らした。
「私はこれでも長年砦の聖女をやってたのよ。それにルーがいればたいしたことないわ、あのアンポンタンが負けて逃げた『死の地平』なんてね!」
実際、「魔王」が討伐されたなら「死の地平」の環境が変わっていてもおかしくない。それでも逃げるわけに行くもんか。これは司令官のお願いで、そして私のプライドの問題だ。
私の力なら「死の地平」だって攻略できる。それさえ分かればあのバカ王子がしでかしたことがどんな間違いか証明できるんだから!
そう息巻く私を三人はちょっと呆れた顔で見ていたのだった。




