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思わぬ依頼

 訓練された人はソーサーにカップを置くのもごく静かだ。司令官は音もなくティーカップを置き、私に向き直った。

「君を探していたのは、君の『聖女』としての力を借りたかったからだ。しかし今の君は冒険者だと聞いた。ならば、依頼を出させてもらいたい」

「依頼、ですか……?」

 確かに冒険者は頼み事をするなら依頼を出すのが普通だ。でもこれまで司令官は上司だったので、そんなふうに言われると予想していなくて驚いてしまった。

「アガーテ殿下。もしや彼女に我々と同じ任務にあたらせるおつもりですか」

 同じ任務?ウィルが言い出したのに私は首を傾げた。A級冒険者である彼らと同じ依頼を私に出すということ?いや、王族の立場だからウィルたちの方は「任務」なのかな。

「そうだ。『死の地平』を越えたステノの力はこの任務には必要だと思わないかね」

「……彼女の力は強力であるとは思います」

「『魅了』に懸念があるのか?そこは私が担保しよう。なんなら私が出ても良いのだが」

「それは陛下が許可されません。そのために我々を使ってらっしゃるのでしょう」

 よくわからないまま交わされるやりとりを理解しようとするが、とりあえず「任務には『死の地平』を越える実力が必要」「ウィルたちは私の『魅了』の悪用を恐れている」「司令官が私のスキルの保証をしている」ことくらいはわかった。

 いや私も司令官の顔に泥を塗るつもりはさらさらないので変なことはしないけどね!ウィルたちにも恩はあるし、変な人たちではないというのも何となくわかっている。別に悪事を働きたいわけではないんですよ、私も。


「はい!」

 置いていかれるのも嫌なので元気よく手をあげる。

「とりあえずその『依頼』について聞かせてください。全部です。でないと判断できませんし、というか断れないやつですよね?コレ」

「断ると君が困るな」

「でしょ〜?司令官そういうとこ容赦ないですもんね。多分受けるので、最初から最後まできっちり説明してください。あとウィルたちへの説得は司令官が責任持ってください」

 私が連れられてきた時点で司令官の中では確定事項になっているに違いない。それは司令官が私のことを信用しているからだといいなあと思うけど。あとウィルたちを同席させる理由もよくわからないので、それも聞きたかった。

「いいだろう。ではステノ、ここからは極秘事項で他言無用だ。いいな」

「はっ。かしこまりました」

 砦にいたころを思い出して敬礼する。うん、司令官が私を冒険者として扱おうとしているのはうれしかったけど、こうやって指令を下されるほうがしっくりくるなあ。六年も砦にいれば軍人に染まりもするか……。


 私が「最初から最後まで」と言ったので、司令官は本当に最初っから丁寧に教えてくれた。

 司令官はアウルムの王女であり、二年前の停戦のときにウィリディス・マティスの王子に嫁いだのだが、その王子というのは現ウィリディス・マティス国王陛下の弟君である。そう、現国王陛下にはまだ子供がいないのだ。

 今の陛下が玉座に就いたのは停戦より前で、王太子時代から結婚はしていたもののずっと子供ができていない。そしてウィリディス・マティスでは一夫一妻制で国王の離婚は認められておらず、王であっても子供ができないときは近縁の子供を養子にとるのが通例らしい。

 司令官の夫の王子殿下――王弟殿下と陛下は十歳くらい年が離れているようだが、それくらいなら王弟殿下が養子になるよりもその子が養子になるほうが現実的だ。アウルム王国側はそれを知って、次代の王の血縁とすべく司令官をねじ込んだのだ。


「まあ、私は今更あちらと関わるつもりはないがね。なにせ私にとっととくたばってほしいとばかりに戦場に放り込まれ続けた人生なわけだ。忠誠心などあるはずもない」

「ハードですねえ……」

 司令官が一般的なお姫様とは程遠いのはこのせいである。ていうかアウルムの王女で戦場で勝ち続けるってそれ子供のころ聞いたことある。「勇猛姫」さまだ。まさかこんな身近にいたとは……。

「しかし世間は放ってはおかないだろう。私の子を足掛かりに再度攻めてこようものなら今度はあの愚兄を討ち取るのもやぶさかではないが」

「それ、極秘事項ですよね?」

「ははは」

 いや殺意が強いんですが。いいのか隣国の王のことを愚兄とか言って……いや私も元上司の上司のことボンクラ王子って言いまくってたから人のこと言えないんでした。

「そんなわけで個人的な都合としては両陛下の間に子供がいてほしい。こういう時のための秘薬が王家に伝わっていてな」

「へえ!そんな便利なものが」

「材料は『死の地平』の魔物から採取しなくてはならない」

「いや、そんな無茶ぶりが」

 実際、「死の地平」って人が立ち入るところじゃないからね。私はルーがいたからなんとかなったものの……。


 しかしこれで話がつながってきた。A級冒険者である三人がリンテウムの町を訪れていたのも、「魔の森」が通行止めになっていると困るからなのだろう。誰かに「死の地平」に行かせて素材を採ってもらわないとならないのだから。

 さらに、この件にはタイムリミットもあるらしい。ただでさえ出産は命懸けだが、年齢が上がるにつれてさらに危険は増していく。子供だって健やかに育つかわからない。王妃殿下が二十代のうちに第一子を出産したいとなると、長く見積もってもあと一年しか材料集めの猶予がないのだ。それに時間をかけすぎるとアウルムが口出してくるだろうし。


「もしかして、ウィルたちはこのために冒険者になったとか……?」

 ちらりと視線を向けるとウィルは平然と「その理由もあるな」と頷いて続けた。

「そもそも王族や貴族の冒険者がいないわけではない。このような理由でなるべく少ない人数で秘密裏に動きたいというときは案外あるしな。いざとなれば騎士を総動員させるのも手だが、手薄になったところでアウルムが攻めてこないとも言えない」

「やりかねないわね」

 ていうかやると思う。話聞いている限りでは。ここにいる全員のアウルムへの印象が最悪すぎて最悪の想定が真っ先に出てきている……。

「ステノ、砦が崩落して君が無事でいるかを調べていたのはそこだ。君の力があれば『死の地平』で戦えるのは証明されている」

「あー、いや、じゃあウィルたちに『魅了』かけさせようとしてたんですか?最初から」

「そうだ」

「なるほどお」

 私の力イコール『魅了』なわけで。うん、自国の王族に対してそんなんでいいのか?私の力を評価して、私が変なことやらかさないと信じてくれてるのはうれしいですが。

「でも今はルーがいるので、一人でも『死の地平』へ行けますよ」

「それはいけないな。君が『死の地平』を抜けられたのは移動に徹していたからだろう。特定の魔物を討伐というのはまた別の困難がある。A級冒険者の手は借りるべきだ」

「うーん……」

 それもそうかもしれない。仮に現地で魔物を調達したとしても、私がうまく動かせる保証はないしね。あと私も自分の身がかわいいので、ものすごく危険なことを進んでやりたいというわけではないのだ。

「わかりました。私は任務について理解しましたが、あとは同行する冒険者たちの問題です。なので、司令官にお任せします」

 司令官の信用があるとしても、「魅了」をかけられる側がどう思うかはわからない。そこの説得は私の仕事じゃないので丸投げだ。こうやって私の能力を開示している時点で良心的だが――フェルドの「真名開示」のせいもあるけど――最悪別の人に応援することになるかなあ。


「そうだな。彼らがダメだとしても――」

「やります」

 が、食い気味にウィルが言ったので私は驚いた。ロサも間髪入れずに「わたくしも異論ありませんわ」と頷く。

「なっ、リア様!危険では……」

「フェルド。これは『死の地平』に挑める大きなチャンスだろう。つーか『死の地平』に挑むのに危険なんざ百も承知だ。冒険者がこの程度のリスクで怖気ついてどうする!」

「そうですわ。わたくし、このために冒険者になったのですから。あなたが来ないというのならそれでもいいわ」

 お、おう……。ウィルもロサも伊達や酔狂で冒険者をやっていないようだ。戦いで身を立てるなら騎士にだってなれるはず、なにせ王族と貴族だ。そのなかでわざわざ冒険者になるということは、魔物と戦い挑戦したいという気持ちがあるからなのかもしれない。

 あとは、自由かなあ。国に縛られた聖女(ぐんじん)の時よりずっと自由だもん、冒険者って。

「ステノさん、ルーさん。わたくし、お役に立てるよう尽力いたしますわ。どうぞよろしくね」

「ステノ。君のスキルでいつも以上の力が発揮できたのはこの身で体感している。『死の地平』攻略、そして陛下のお望みを叶えるために協力してくれ」

「あー……、ええ、いいわよ。こちらこそよろしくお願いするわ」

 いいんだけどさあ。フェルドがどういう反応をするのか気まずい。おそるおそる視線をやると、深いため息をついていた。

「わかりました。私も覚悟を決めます。ですがステノ嬢、わが主の信頼をどうか裏切らぬよう、頼みますよ」

「……いいの?本当に。私を信じられないのも不思議ではないし」

「いや。これも務めですから」

 そ、そんな嫌々参加されてもなあ。なんか腑に落ちなかったが、司令官は満足そうなのでまあいいだろう。というかこれくらいのストッパーがいたほうがいいのかもしれない。いくら冒険者と言ったってウィルは王族にしては向こう見ずすぎると思う。

「では決まりだな。リア、ステノはここに泊めてやれるか」

「はっ、かしこまりました」

「ではステノ、頼んだぞ」

「はい。お任せください」

 司令官に対して力強く頷いてみせる。なんだかんだ私も久々に司令官の元で働けるのにテンションがあがってるのよね。絶対達成してみせるんだから。元聖女の力、見せてあげましょう!

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