暴露
司令官ことアガーテ・アウルム王女はどうやら現王の異母妹らしかった。王さまと反りが合わずに幼い頃から戦場をかけ回らされた挙句あの砦の司令官にさせられ、体制が整い安定してきたところでボンクラ王子に手柄を掻っ攫われたのだ。そしてボンクラ王子が戦果を挙げられなかった対ウィリディス・マティス戦線で停戦を結んだところにアウルム王女としてウィリディス・マティス王子の妃にねじ込まれたらしい。
つまり、司令官とウィリディス・マティスの王子との結婚は完全に政略だった。おめでとうじゃないわよ私!ばか!
「すみませんでした……」
フェルドも私のことを世間知らずというわけだ。ただ言い訳させてもらうとあの辺境には情報がびっくりするほど入ってこない。貴族ならいざ知らず、平民出の聖女が世情を知るのはハードルが高すぎる。
そんな私の事情を知っている司令官はにこやかだった。
「構わないさ。私は夫のことを気に入っているのでね」
「よかった!司令官があの国にいる時より幸せなら私も嬉しいです」
これは本心だ。あの過酷な砦で共に生き抜いてきた、というか私を明確に庇護してくれた司令官の幸せは何にも変え難い喜びである。そういや追放された後に司令官に無事を伝えたいと考えてたなあ。まさか向こうから見つけてくれるとは。
「で、私にご用があるんですよね?」
しかし司令官はものすごくリアリストなのである。砦が落ちたと知って私を探していたというのは心配してくれていたのもあるだろうけど、なんらかの理由があるはずだ。しかも私のスキルの詳細も知っているし。
「うむ。砦の状況は私も気にかけていたが、いかんせんあの王子が中身を総とっかえしたので詳しくは分からなくてな。聖女ステノ、まずは君があそこを出た経緯を教えてくれ」
「はい!」
確かに私が出る頃には司令官のいた頃の人たちはほとんどいなかった。と言っても、司令官に話すのはさっきウィルに話した内容と大差ない。
「アウルム王国に『神の落とし子』が現れたというのはご存知ですか?」
「ああ。ネファライティスが神の落とし子を連れ回していたとは聞いている」
「そう、王子が連れてきたんですよ、砦に神の落とし子を。それでその人が持っていたスキルが『スキル鑑定』で」
そこまで言ってハッと気づいた。さっき冤罪の詳細を誤魔化したのにヤバい!ここまで言ったら「スキル鑑定」で私のスキルがバレたから追放されたって話になっちゃうじゃん!司令官は知ってるから油断してた!
そこで司令官はちらとフェルドを見た。
「そなた、聖女ステノに『真名開示』を使ったそうだな」
「はい、殿下」
「エッ!?」
ちょっと待ってフェルドって「真名開示」持ちなの?!なんでそんなもん冒険者が持ってんのよ!ああ、ウィルが王族だから怪しいやつを排除するためか……。納得はするけど勝手に使われちゃたまったもんじゃないわよ。
「それで、聖女ステノ。君の称号は『砦の守護者』『魅了の悪魔』らしいではないか」
「あ、う、うう……」
にこやかに訊いてくる司令官に縮こまるしかない。あーもーこれはバレた。おしまいだ。ルー、いける……?とつい視線を向けてしまう。私は王族に「魅了」を使ったのだ。怒られまくるに決まっている。
「落ち着きたまえ、聖女ステノ。なにも君を責めようというわけではない」
「ほ、本当ですか……?でも、司令官はかばえないと……」
司令官に自分のスキルを打ち明けた時に言われた言葉はまだ私の中に突き刺さっている。だって本当に、誰一人として私を庇う人はあそこにはいなかった。
またああやって冷たい目を向けられる。私が悪いことにされる。いや、今回は私利のために使ったから完全に私の責任なのだ!
「あの時と今では立場が違うだろう。私は王子妃だ。今回の件は不問に付すと約束しよう。でなければ話が進まんのでな」
しかし司令官はごくあっさりとそう言った。た、確かに王子妃なら上にいるのは王子と両陛下のみと言っていい。たぶん。あとウィルよりえらいのは確実である。私はこの、追放の話が本題でないことを察して頷いた。
「わかりました。司令官がおっしゃるなら」
「うむ。で、結局君は『魅了』持ちであることを神の落とし子に暴かれたのだな?」
当然のように「魅了」持ちと言った司令官にウィルたちがギョッとした視線を向けてくる。あーもうやっぱそうなるよね!あ、なんかあの時のこと思い出したら一周回って腹たってきたわ。
「そうです。それで王子がエッラそーに私を追放だ!とか言って『死の地平』に放り出したんですよ!」
「よく死なずに済んだな。そのルプス・グランディスをテイムしたからか?」
「はい、『魅了』したら動きを止められたり命令を聞かせたりできるのですが、そのまま使役していたら従魔になっていました」
この使い方は司令官も知らなかったはずだ。説明すると、司令官は「魔物にも効果があったか……」と顎に手を当てた。そうだよね、びっくりだよね。
「ま、待ってください。ではそこのステノ嬢は、『テイム』ではなく『魅了』スキルでルプス・グランディスを従魔にしたというのですか!?」
そんなデカい声出さなくても聞こえてるわよ。私はフェルドにため息をついた。
「そういうことだけど」
「そんな……」
「だいたい聖女ステノの戦闘能力は微々たるものだからな。『テイム』でルプス・グランディスほどの魔物を従魔にはできまい。そうだろう?」
「微々たるもの……いやそうですけど……最近は頑張ってますよ」
そりゃあ司令官に比べたら大抵の人間の戦闘能力は微も微だろうけど。司令官は冒険者でいうとそれこそA級レベルの戦闘能力は持っていると思う。多分ウィルたちの誰よりも強い。
「それでテイムしたルプス・グランディスを戦わせて『魔の森』まで向かったというわけか」
「『魅了』使えば魔物は足止めできますから。ルーも結構強いので」
「ほう、なるほどな。魔物に使えることがわかっていれば砦でも役に立っただろうが……まあ、過ぎたことだ」
そうなんだよね、なんなら人を使わなくてもテイムした魔物を魔物と戦わせるとかできたかもしれない。いや、それ怖いな……。想像してみたが、一人で戦線を維持できる能力はあまりに強大すぎるだろう。我ながらとんでもないスキルだ。
司令官が口を閉じると、他の三人は黙りこくってしまっているので沈黙が訪れる。ウィルは目を細めて私を眺めているし、フェルドはやはり警戒するそぶりを解かない。ロサも……うん、隙がないな。私がここでルーを使って逃げ出すのはかなり厳しい。少なくとも無傷じゃ無理だ。
なので、司令官が私にしてほしいことを探るしかない。手に汗を握り、優雅にお茶を飲む司令官を眺める。私がこんなシチュエーションに陥っているのは司令官の命令があったからっぽいし、もう司令官を頼るしかない。せめて無茶振りでないことを祈るしかなかった。