正体
ウィル達に連れられて向かったのは王都の中心部近くにある邸宅だった。この辺りは似たような豪華な屋敷が並んでいるので、多分貴族の屋敷が立ち並ぶエリアなのだろう。当たり前のように入っていく彼らに対して、屋敷のデカさに流石にビビった。いやこれ、故郷の町の貴族の屋敷よりデカいもん……。根は庶民なのよ私は。
使用人もいるようで、いよいよウィルたちは貴族なんだなあと実感が湧いてくる。ロサは丁寧な口調になったからお嬢様っぽかったけど、ウィルってなんか口悪いのよね。まあ好きにしゃべってくれて構いませんけど。私もかしこまるつもりはない。あのボンクラアホ王子のせいで王族ってもんに敬う気が皆無なのだ、私は。魅了して逃げられる算段がないわけじゃないし。あくまでルーを助けてくれたことに対する義理立てだからねこれは。
「さて、フェルドが戻ってくるまでにこちらで把握していることを話しておくか」
フッカフカのソファに座らされてお茶とお菓子を出してもらったので遠慮なく食べているとウィルが切り出した。私は頷くが、お菓子は食べる。王都のこんなおしゃれなお菓子を食べられるのは今だけ!高くてなかなか手出せないからね!
ウィルはそんな私に呆れたような顔をしたが知るものか。ロサは私の方に自分のお菓子をスッと寄せてくれた。好き。
「……と言っても僕も昨日殿下に話を聞いただけだ。一ヶ月ほど前にアウルム王国の『砦』が落ちたらしい。どうやら『魔王』を討伐したようでね」
「んむっ!……げほっ、ちょ、『魔王』討伐できたの?!」
驚いてむせてしまった。ぬるくなってきたお茶を飲み干してなんとか言葉を続ける。
「それ、『神の落とし子』のおかげよね?」
「強力な光魔術の使い手がいたらしいということは聞いてる。それが『神の落とし子』なんだろうな」
「はーん、『魔王』倒せるなんて相当ヤバいわね」
そもそも「魔王」というのは、「死の地平」のあの辺にいためっちゃ強い魔物のことだ。司令官はそいつがあたりの魔物を統率しているのだろうとアタリをつけており、その行動によってある程度の魔物の襲来を予測していた。二年前まではそのデータを用いて我々砦側の兵士と魔物の間の均衡はそれなりに保たれていたのだ。
しかし司令官が居なくなってからそんな細かいコントロールはできていなかったし、私がこき使われまくることで前線が維持されていた。なので私が居なくなってから砦側が「魔王」に攻撃を仕掛けたとしても不思議ではない。アレが親玉で、討伐すりゃいいってのは単純な発想だからね。
ただ「魔王」を倒せちゃったのは最悪のパターンである。魔物側も「魔王」が統率することによって全体被害を最小限に留めていたんだろう。「魔王」を倒したら、まー半端ない大群が押し寄せてきたってことだろうな。頭を潰して逃げ出すならいいけど、あのあたりの魔物はそれぞれの強さが尋常じゃない。次の「魔王」を決める前に、邪魔者である「砦」を壊滅させたんだろう。いくら「神の落とし子」と言っても数で押しつぶされるのは目に見えている。
「じゃ、魔物がパニックになって押し寄せて、砦は崩壊しておしまいと。その勢いでアウルムも被害は半端ないでしょ。滅ぶ?」
「ワクワクしながら聞くな。君、聖女か?本当に」
「だってアイツら私を馬車馬のように働かせた挙句冤罪着せて放り出したのよ?知らないわよ、そんな国。私だって聖女なんてお役目したくなかったし。なんなら滅びてくれた方がせいせいするわね」
疑わしげな視線を向けられるが、私は残念ながらそんなお綺麗なモンではない。あー、そういう意味では「悪魔」かも。国が滅びろなんて言ってしまう人間はロクじゃないもんね。
「冤罪ってのは?」
「それは黙秘します」
突っ込まれると私が「魅了」持ちなのがバレるので黙っておく。ウィルは納得していなかったが、ドアがノックされたので追撃はなかった。
「リア様、アガーテ殿下をお連れしました」
「ご苦労。アガーテ殿下、こちらからお呼び立てして申し訳ございません」
そう言ったウィルが立ち上がり、扉が開かれる。私は思わず目を見開いた。
「結構。そなたに頼んだのは私だからな。聖女ステノを見つけた働きに感謝している」
声に聞き覚えがある。そしてウィル越しに見えたその姿にも覚えがあった。なんか豪華な服を着ているのには違和感があったが、ミョーに似合っているので文句のつけようがない。いや私が文句つける筋合いはないし、何着ててもつけませんけど。
「し……っ、司令官!?どうしてここに!」
「聖女ステノ、久しいな。砦が落ちたと聞いて冷や冷やしていたが、君が息災で安心した。あの時助けてやれなくてすまない」
「別にそれはいいんですが!いや殿下って何ですか!?」
多分二年前に急に王子がやってきて私を妃にするとか世迷言を言い司令官をどっかにやったことを言っているんだろうけど、なんでウィリディス・マティスにいるわけ?!司令官って軍人じゃん。アウルム王国の軍人の偉い人で、あと王さまの不興を買ってたはずなんですが。亡命した?いやそれで「殿下」はおかしすぎる。
混乱する私に司令官は楽しそうに笑った。いや、いっつも険しい顔をしていたからこんな楽しそうな司令官初めて見たよ。ビビる。
「そりゃあ、私がウィリディス・マティスの王子に嫁入りしたからだ」
「嫁入りィ!?マジですか!?まあ司令官は背高くてかっこいいからあり得えるか。おめでとうございます」
「はは、聖女ステノ、君は知らなかったのか?私は曲がりなりにもアウルムの王女だぞ」
「………………、は?」
え?はい?
ウィルが王族と知った時の数千倍の驚きが襲ってくる。
王女。誰が?司令官が?
あの魔物相手に先陣切って血まみれになって戦っていたこの人が!?ただのやたらめったら強くてカリスマ性がある半端ない軍人さんじゃなくて?!王女!?あのボンクラと血ィ繋がってんの!?
「……冗談ですか?」
「冗談ではない」
「いや信じられませんよ。だって司令官ですよ?司令官は司令官じゃないですか……?」
混乱して思考が回らなくなってくる。ウィルが「お前不敬だぞ」としかめ面で言ってくるがうるさい私は司令官と四年の付き合いなんですよ。四年間なんで誰も教えてくれなかったの!?
「せ、せめて司令官の結婚式に行きたかった……」
呆然としながらそう言った私に司令官は腹を抱えて笑い始め、ウィルは肩をすくめ、フェルドは「この聖女流石に世間知らずすぎだろう……」と頭を抱え、ロサは「あらまあ」と微笑んでいたのだった。