身バレ聖女危機一髪
私が「魅了」をかけた瞬間、ウィルの走る速度が格段に速くなった。
「ウィル!?」
フェルドの驚いた声に構わず、ルーの横に膝をついたウィルは即座に治癒魔術を唱える。
「清めよ、癒えよ補え血肉よ」
中級治癒魔術でみるみるうちに傷が癒えてゆく。砦にいたころに治癒魔術なんて何度も見たことがあるけど、あっという間に癒えていく様はさすがと言わざるを得ない。というか、ウィルは中級治癒も使えるのか。治癒魔術を使える人は少なく、初級治癒の使い手の治癒術師ですら砦ではありがたがられていた。中級治癒が使えるウィルが冒険者だなんて、なんというか……贅沢だなあ。冒険者ももちろん怪我や命の危険があるんだけど。
「……え?」
「ウィル!?なっ、なんで……」
感心する私をよそに、ウィルと駆け寄ってきた二人はなんだか困惑しているようだったけど視界に入らない。傷のふさがったルーが不思議そうに体を起こしたからだ。それでもふらついていたから、流れた血が完全に補われたというわけじゃないんだろう。あわてて抱きしめる。
「っ、ルー!よかった、ウィル、ありがとう!」
「……あ、ああ」
とにかく今はルーが治って安心した。砦を追い出されてからずっと一緒にいたルーにここまで情を寄せていた自分に驚きはする。テイマーの中には魔物を使い捨てのようにする者がいるらしいけど、私には到底無理そうだ。
ルーに抱きつく私にウィルは戸惑ったような視線を向けてきた。フェルドとロサもなぜか私とウィルの間に割り込むようにしてくる。
「ウィル」
「ああ……いや、何が起きたのか、僕にも」
「……とにかく彼女は放っておけない。ロサ」
「同感だわ」
何事か会話を交わした彼らは、私に向き直るとどこか警戒するように目をすがめた。嫌な予感がする。
「ステノ嬢、今、ウィルに何かしたか?」
何かしたかと問われれば、しまくった。スキルを使ったのだから。けれどウィルがただ治癒魔術を使っただけでこんな視線を向けられる理由がわからなくて戸惑う。そもそもウィルはこちらに駆け寄ってきていたのだから、治してくれるつもりはあったんじゃないかと思う。
この言い方、絶対になんかしたって感じよねえと思いながら慎重に答える。
「どういうことかしら」
「僕は初級治癒魔術しか使えないんだよ」
「!」
と、いうことは。
「だが今さっきは急に力が沸いてきた。君が僕に声をかけた瞬間からな」
はい、完全に「魅了」のせいですねー。こんなことあったなあ、私が応援するとスキルがランクアップしたりだとか。やらかした、クエスト自体は無事に終わったのに!なんでカランディーエなんかに遭遇してしまったんだ!
いやでも待って、「魅了」を使ったとはいえ今回は「魅了」っぽくない効果が発揮されている。ルーをテイムした時と同じだ。なので、その方向でごまかせるんじゃないのか?天才的なひらめきが頭を駆け巡って、私は堂々と頷いた。
「詳しくは言えないけど、スキルを使ったのはそうよ。同意を得なかったことについては謝るわ」
「そうか。ではステノ、君は『砦の聖女』だな」
「へ」
間髪入れずに告げられた問いでもなんでもない、断定のそれに虚を突かれてしまったのはしょうがないと思う。目を丸くする私に、ウィル以外の二人も驚いていた。
「『砦の聖女』……って、アウルム王国のか?」
「でも砦は落ちたのではなかったかしら?砦を守護する聖女がここにいるのはおかしい……あ」
「ちょ、ちょっと待ってちょいちょい、砦が落ちたですって!?」
聞き逃せない言葉が出てきてつい反応してしまう。なんでそんなことをウィリディス・マティスの冒険者が知っているんだとか、そういう疑問はぶっ飛んでいた。
「だって神の落とし子がいたのよ?!アレ使い物にならなかったってこと?ていうかあのバカ王子どうしたのよ!くたばった?!」
つい願望を口にしてしまう。私を追放なんかするからよバーカバーカ!いやあそこから逃げ出せたことに関してはラッキーだと思ってるけどね?!
まくし立てた私に三人は顔を見合わせて、うん、と頷いた。あ、ヤバい。つい否定し損ねた。私のこと「砦の聖女」だと確定してる?あと「砦の聖女」ってそんなに有名だったの……?隣国まで名前をとどろかせてしまったわね。幸い悪名は届いていないように見えるけど。
「砦の聖女っぽいな……。そういうことか」
「そういうことみたいねえ。ウィル、どうしてわかったの?」
「殿下から聞いたんだよ。ま、いい。ステノ、君の昇格試験はここで終了だ。この後は僕に付き合え。拒否権はねえ」
「はあ?!」
「アウルムの聖女がうちにいると面倒なんだよ。あと殿下がお前を探してたからついてこい」
「殿下って誰ェ!?私そんな偉そうなやつに知り合いいないわよ?!ハッ……、ボンクラ王子のこと?!ぶん殴っていいの?!」
「ネファライティス王子への敵意が抑えきれてねえ!アウルムの聖女だったんじゃないのかよ!」
「好きでなったわけじゃないわよ!」
ぎゃんぎゃん騒いでいてもフェルドに腕を掴まれる。どうしようか、ここで逃げ出しても相手はA級冒険者三人。「魅了」が効いたとして私の顔が割れているし、このまま冒険者ギルド出禁になると非常に困る。あとウィルには一応ルーを治してもらった恩があるしね……。ちらりとルーに視線を向けるとフェルドがあからさまに警戒の色を浮かべたが、「収縮」で小さくすると目を丸くした。
「いいわよ、ついてってあげる。でも気に食わなかったらすぐにルーと逃げてやるから」
「王都内でルプス・グランディスに暴れられたくはないな。わかったよ」
「じゃあ腕掴まないでよ。私男に触れられんの大っ嫌いなの」
フェルドを睨むと彼はまるで罪人を連行する兵士のように私を睨み返してきた。こいつ本当にフェルド?普段と雰囲気が違いすぎるでしょ。
が、ウィルが「離してやれ」というとしぶしぶ手を離した。ただ代わりにロサが私の横にぴったりとくっつく。
「フェルド、冒険者ギルドに行ってステノのC級昇格を告げてこい。それで王宮にはこれを」
「は」
しかもウィルが言うとまるで騎士のように返事をしてあっという間に走り去ってしまう。なーんか命令し慣れてない?ていうか今更だけどウィルって「殿下」と知り合いっぽいし、つまり貴族よね?殿下ってことは王族だからね……。
ロサに視線を向けると、にこっとお上品に微笑まれた。あー、ロサもかあ。
「ごめんなさいねえ。でもリア様のご命令ですから」
「リア様?」
「僕だ。リア・ウィリディス・トレシア。ウィリディス・マティスの王族だ――傍系だけどな」
「あんたも殿下じゃん!」
「傍系だから殿下とは言わねえ。つーか殿下なんて呼ばれる立場だったらさすがに冒険者やってねえよ」
「傍系とはいえ王族が冒険者やってたらビビるわよ!」
なんで王族が市井に転がってんのよ。私が文句付けるのもおかしな話だけどつけたくもなるわよ。はあー、とため息をついてしまう。
まっさか聖女バレするとはなあ。「魅了」持ちがバレるよりはいっか。うん、そう思おう。最悪の事態は避けられたわけだし。
そこからウィル(今更リアと呼ぶのは違和感があるのでこの呼び方で)の持っているとかいう屋敷に行くまで私が使ったスキルについて根掘り葉掘り聞かれそうになったが、黙秘権を行使し続けることしか私にはできなかった。