「魅了」は「罪」になりますか?②
人は「スキル」を持つ生き物だ。
「スキル」とは何か。生まれながらに持つ才能の具現化であり、努力して得た技術の結晶である。基本的に自分のスキルが何なのかは人に話したりはしないし、申告しても真偽を確かめることはできない。例外は「スキル鑑定」スキルだが、これを持つ人はほぼ存在しない。いたのなら国に保護されるレベルだ。
私が生まれつき持っていたスキルは「魅了」だ。基本的にスキルが使えるようになるのが五歳前後からだけど、私は当時すでに「魅了」が悪いスキルだと知っていた。だから誰にも言わず、こっそりと両親に試してみた。
両親は忙しい人だったが、「魅了」を使うと仕事を放り出して私に構うようになった。それが恐ろしかったから、「魅了」を使って「お仕事頑張ってね」と送り出した。するといつもよりよく頭が働き、仕事も効率よく終わったらしく、一緒に過ごせる時間が増えた。
なるほど、と幼い私は理解した。「魅了」を使って応援をするといいことがあるらしい。意のままに操る――ということかはわからないけど、私がそうしてほしいと願ったことに対してプラスの能力が発揮できるようだ。
でもこれはあまり濫用してはいけないスキルだろう。だって人の行動を自分で操ることができるなんて怖すぎる。私だって他の人がこのスキルを持ってたら怖いと思うし。
「魅了」持ちであるとバレたらよく思われないというのは察していたので、普段はスキルを使うことなんてなかった。人はスキルの内容で自分の将来を決めることが多いけど、自分がどうすればいいのかはさっぱりわからなかった。
そして十歳になったある日、あの出来事が起きた。
住んでいた町の近くで魔物の大規模発生があったのだ。数年前に大きな魔物を倒した影響で生態系バランスが崩れて――といろいろ理由はあったみたいだけど、とにかく町は沢山の魔物に襲われた。町の兵士だけではなく冒険者も総力を上げて対応して、その中で命の危機を感じた私はスキルを使ったのだ。
「頑張ってください!」
「魔物になんて負けないで!」
「絶対勝てます!いっつも守ってくれてるの知ってますから!」
「誰も死なないように祈ってるから、待ってますから!」
初めは倒れそうな兵士へ。顔見知りの冒険者のお姉さんへ。それから、もっとたくさんの人に声をかけた。生き残るために必死だった。
みんなハッと私を見て、武器を握って魔物を倒すために走り出した。罪悪感や恐怖がなかったわけじゃない。でもこの応援に力があって、そうしないとみんな死んでしまうと思うと動かずにはいられなかった。
結果として死者は出たものの町は守られた。危機を乗り切って一息ついたあと、誰かが言い始めたのだ。
「ステノちゃんに応援してもらったおかげでいつも以上に力が出たんだよ」
それを誰も否定しないどころか肯定した。するとこの町の領主が急に出てきて、私を「聖女」の素質があると言ったのだ。
違います、とその時言えればよかったんだろうか。私が持っている力は「魅了」です、と。でも貴族に逆らってはいけないと教えられていた中で、突然現れて偉そうに私を「聖女」認定するとか言い出す大人に反論できなかった。あっという間に私は両親から引きはがされて、そして砦に送られたのだった。
「砦」は魔物との戦いの最前線だ。大陸にはいくつもの国があるが、この国は「死の地平」と国境を接している。正確にいうと「死の地平」へ踏み出すと強大な魔物が襲ってきて人の営みなど簡単に滅ぼされてしまうのだ。
けれど先代の王は戦争を好み、しまいには「死の地平」に砦を作って領土を拡大しようとした。たくさんの兵士たちが犠牲になって、前線はどんどん下がっていって、けれど今の王も先代の王の偉業を途中で放り出すことはしないと決めたらしい。
「馬鹿らしい。ここは流刑地みたいなものだよ。天然の処刑場さ」
私が砦に送られた時の司令官は、王の不興を買ってこの地に送られたのだと言っていた。私を見て「聖女を送ってくるなどまだ諦めていなかったのか」と呆れたように言っていたその人は、ひとまず私に力を見せろと告げた。
「でも、私には聖女の力なんてないんです……」
「報告書を読んだが、たった200人で大規模発生を退けたのだろう?十分に力があると思うがね」
「ちが、うんです……私の、スキルは……」
言っていいのかと迷った。「魅了」だとわかったら、その時点で追い出されてしまうかもしれない。ここから家に帰ることなんてできない。どうしよう、と幼い私は泣きそうになった。
「まあ、報告書にあるような力が発揮できるのなら私はなんでも構わない。これ以上兵士が無駄死にしなければよいのでな。どうだ、聖女ステノ。一度やってみてから考えないか」
「……はい」
兵士の無駄死に、と聞いて内心震え上がった私は頷いた。だってまるで、私がしないとたくさんの人が死んでしまうように聞こえたから。
――この時の私にはまだ、この国に尽くさなくてはという気持ちがあった。だから懸命に働き――成果を出してしまった。