C級昇格試験
C級昇格試験には筆記試験とクエスト達成の二つの要素がある。ツウェルさん曰く「推薦した人は基本落ちませんよ」とのことだけど、クエストはともかく私の筆記の出来なんて知らないんじゃ?そう思ってたが、普通に楽々終わってしまった。魔物に関する基礎知識がメインで、あとはギルドの制度とかを問うものがあった。
読み書きができない人向けに口頭試験もあるらしいから、冒険者として多少活動した人ならこれは受かるものだろう。まあ、掲示板を読めなかったり報告書作成系のクエストが受けられなかったりとデメリットが多いため冒険者はほとんど読み書きができるらしいけど。
なのでその後はルーを連れて散歩をし、戻ってギルドの図書室で「魔物図鑑」に新たな知識をインプットした。魔物に関する知識ならするする入っていくのにそれ以外はすぐ忘れてしまうのでこのスキルもちょっと面倒だ。スキルを授かっても使いこなすのは本人の才覚次第ってことね。
そこで調べた結果、ウィルの言っていたC級以下を単独で王都の外に出さない理由というのが判明した。この時期、季節風に乗って何年に一度かカランディーエという鳥型の魔物が王都近くにやってくるらしい。
王都には結界が張ってあるが、その外が危険になる。カランディーエは人を襲うが、ターゲットにするのは魔力の高い人間だ。つまり、高ランクの冒険者と共にいさえすれば割と安全なのだとか。ヒットアンドアウェイで深追いしてこないという狩りのスタイルということもある。なるほど、いろんな魔物がいるものだ。
それにしても、昇格試験は随分日程に余裕があるなあと思う。着いた日に筆記試験をして、翌日にクエストをすれば二日で終わったのに。おかげで王都を見て回ったりこうやって図書室で資料を読んだりできるからいいけど――それが目的なのだろうか。C級になるなら視野を広げろ、的な。
C級冒険者は冒険者一本でやっていけるレベルと言われている。その中でB級になる人は冒険者として一流で、A級は超一流。つまりフェルドたちは実際かなりの実力者というわけだ。見た感じまだ若いのにすごい、私より年上だろうけど。
――そんな超一流の冒険者が、なぜかC級昇格試験に三人も集まっているという異常事態が発生していた。
「なんでこんなに付き添いがいるのかしら」
A級冒険者、暇なの?どっちかというとひっぱりだこなはずなんだけど。腕を組んで三人をにらむ私に、ロサがうふふとおだやかに笑った。
「ステノさんが来られると聞いたので、ついてきてしまいました~」
「まあ付き添いが多くて困ることはないからね。ウィルが勝手に引き受けるし……」
「別にいいだろ。文句があんなら僕一人で十分だ」
「はいはい、文句は言ってませんよ」
ウィルもどうやら不服らしい。というか……一昨日会った時にフェルドとロサ以外の鎧を連れていたことを思い出すと、もしかしてあれは護衛か何かだったのではないだろうか。いや、A級冒険者であるウィルより強い護衛なんて滅多にいないだろうけど。今日もウィルの単独行動はNGと言わんばかりに二人がついてきている。
実は貴族なんじゃ……と一抹の不安がよぎるが、三人もA級冒険者がいて私に責任が発生するような事態は起きないだろう。大丈夫大丈夫、と心臓を落ち着かせる。
「ギルドが許可してるなら私もこれ以上言う権利はないわよね。じゃ、さっさとクエストに行きましょう」
考えても無駄なことはあるのだ。私の号令に三人は素直に頷いて従った。
クエスト自体は魔物の討伐で、非常にサクっと終わった。だいたいC級クエストも既にいくつかこなしているし、そもそもそのC級クエスト自体は「魔の森」の手前側の調査や採取しかない。奥まで行って魔物を倒し魔石をゲットしたりして売り払っているのは単純に宿代のためだ。つまりC級の実力自体は持っているのである、主にルーが。
「やっぱ半端ないな、ルプス・グランディス」
「この程度の魔物では束になっても敵わないわねえ。ステノさんは戦わないのですか?」
「ルーで足りるときは……」
こう言うと私がルーより強いと言っているみたいで心苦しいが、通常テイマーが自分よりはるかに格上の魔物をテイムすることはない。私がテイマーを名乗っている以上は実力が無さすぎることがバレるとルーとの関係を疑われてしまうのだ。なかなか「魅了」スキルで従わせたなんて発想には至らないだろうけど。
「パーティーも組んでいないんだろう?ルー君がいれば必要ないのはわかるが」
「そうね。パーティーを組んでなくて困ったこともないわ」
「ステノさんなら今後も組む必要はないのではないかしら?テイマーはソロも多いでしょう」
「ああ、複数の魔物を従えている者もいるしな」
いろいろ聞かれて、これが雑談なんだか面接なんだかわからないので答えるしかない。しかし複数の魔物、かあ。いや、困ってないんだからわざわざ増やす必要もないな。ルーはルプス・グランディスの中でも賢くて強いけど、そういった個体に当たるのもレアだろう。あの日ツイていたのはルーが私の前に現れたことくらいだった。
クエストを終え、王都に戻る道中で私はほぼ合格だろうとウィルに告げられていた。それでホッとして油断していたのが悪かったのだろうか。
ヒューイ……と妙な音が聞こえて空を見上げる。ウィルたちも同じように空を見上げていた。
「カランディーエだ!」
フェルドが声を上げる。げ、まさか本当に遭遇してしまうとは。フェルドとロサがそれぞれ獲物を構えてウィルを守るようにして立つ。
「ウィルを狙ってくるぞ!ステノ嬢、ルー君と離れていてくれ!」
「わかった!」
ウィルは魔術師なので、おそらく一番魔力が高いのが彼なのだろう。言われた通りルーと共に彼らから距離をとり、カランディーエの迎撃が終わるのを待つ。
――それだけでよかったはずなのに。
「なっ!?」
カランディーエは勢いよく三人の脇をすり抜けた。そして私に向かって猛スピードで飛びかかってくる。
「あ――」
来るのがわかっても避けられない。スキルを使うこともできずに硬直していた私にカランディーエがぶつかろうとするその瞬間、横から大きな塊が飛び込んできて私を庇った。
「ルー!」
カランディーエは人を襲うとき、爪で切り裂き連れ去ろうとする。その爪がルーの体に大きな傷を作り、そして去っていった。それに気づかず、ただ目の前に倒れたルーの傷から溢れる血に思考がうまく働かなくなる。どうしよう、どうしよう!砦で人の血は見慣れている、傷ついた人がいたらどうすればいいか、そうだ。
顔を上げるとこちらに向かって走ってくるウィルたちが見えた。そう、治癒魔術が使えるウィルがいる。その人に「魅了」をかけて、力を底上げすればどんな傷だって治ったのだから。
「ウィル!ルーの傷を治して!」
真正面からウィルを見据えて「魅了」をかける。それは身に染みついた、ほとんど無意識下での行動だった。