そうだ、王都行きたくないけど行こう。
「C級昇格の認定は王都で受けてくださいね」
「そういうのは最初に言ってください」
ツウェルさんにC級クエストをいくつか振ってもらい、ようやくC級昇格推薦を出せますと言われたけど私がリンテウムに来てからまだ二か月ちょっとしか経っていない。C級クエストついでに「魔の森」で魔術スキル上げをしていたせいである。でも中級魔術はそう簡単に取得できるものでもなく、私のスキルは「初級攻撃魔術・全」のままだ。多少バリエーションに富んだりしてきてはいるものの、道のりは長いなあ。
しかしC級冒険者へのゴールはすぐそこだ。どうやらリンテウムの町の冒険者は「転移門」が近くにあるため王都で昇格試験を受けるのが通例らしい。えー、王都かあ。興味なくはないけど、進んでいきたいところじゃないわね。昇格試験があるなら行きますけど。
ツウェルさんがやたらと急かしてくるので私は早々に王都に行くことになった。荷物も大してないので、宿は引き払った。「魔の森」の奥まで行くとそれなりに稼げるので、金銭的には今のところ余裕があった。貯蓄を考えるなら早いところ引き払うべきなんだろうけど……宿暮らしって楽だからなんだかんだずるずる居座っちゃったんだよね。生活水準落とせない……。
C級昇格試験に伴っては王都の冒険者ギルドの一室を貸し出してくれるらしいから安心だ。私は荷物をまとめて「転移門」を使い、シュッとウィリディス・マティスの王都へ移動した。
「転移門」はなんというか、こういうもんなんだという感じで特筆すべきことはない。それよりも問題は、冒険者ギルドで昇格試験の手続きをしていたら声をかけられてしまったことだ。
「君!……ステノだったか」
「あ」
A級冒険者三人組の一人、ウィルだった。あたりにフェルドとロサはおらず、代わりにいかつい鎧を着た人たちを連れている。冒険者という感じではないような……。雰囲気だけど、兵士みたいな人たちだった。ま、王都には兵士レベルにお行儀のいい冒険者や傭兵くらいいるのかもしれない。
「どうも、ステノです。何か?」
「王都に来るのを渋っていた割に……いや、昇格試験か?」
「そうですけど」
「そうか。なんだ、その、がんばれよ」
「はあ」
知った顔があるから声をかけてくれたらしい、律儀だなあ。と、そこで私は思い出してポーチの中から以前ウィルにもらった布を引っ張り出した。
「そうだ!これ、なんかよくわかんないけどマジックアイテムよね?返すわ」
もらったときは薄汚れていたが、洗ったら多少マシになった。茶色いシミが残っているが……これ血じゃないよね?という疑惑がある。そんなん持ってたくないわよ。
「いらねえもんだっつったろ」
「こんな妙なもの私だっていらないわよ!ほら!」
無理やりウィルに握らせる。本人は微妙な顔をし、なぜか連れている鎧の視線が鋭くなった気がした。何?
「そういやロサとフェルドは一緒にいないの?」
「買い出し中だ。……別に僕がサボってるわけじゃなくて他に用があっただけだ」
「疑ってないわよ」
やましい気持ちがあるから言い訳したくなるんじゃないのか。鼻で笑うとウィルはぐう、と唸った。三人でいると無口だが、一人でいるとなんか面白い。
「ごほん。ところで昇格試験なら付き添いを選べるだろ?僕が受けてやろうか」
「え?ああ、ギルドに適当にお願いしたからそういうのは結構よ」
C級に限らず、昇格試験では指定されたクエストを受ける必要がある。そこで「付き添い」という上位ランクの冒険者を同行させ、安全を担保するシステムがあるらしい。指定することもできるが、ギルドNGが出ることもあるようなので絶対ではないのだとか。やろうと思えばズルもできてしまうし。
私は王都の冒険者で指定できる人もいなかったのでギルドお任せコースだ。まさかウィルがこんな申し出をしてくれるとは思わなかったし、あと同行してほしくはない。C級クエストなら「魅了」を使わないでもなんとかなるとは思うけど。
「君な!人がせっかく親切で言ってやってんのに」
「だってもう申請終わったもの」
「それくらいどうとでもなる。君の戦いぶりに興味あるしな。それにどうせ今はC級になってねえやつを一人で王都の外にやれないんだ。後でギルマスに言っとくか」
「なにそれ?本当に来るの?」
C級以下を一人で外にやれないとはどういうことだろう?王都にだってE級やD級の冒険者はいるはずだ。
「行くと言ったら行く。クエストの邪魔はしないし手も出さないから安心しろ」
それは安心していいのか?私が何か言う前に鎧に耳打ちされ、ウィルは「じゃあ筆記で落ちんなよ!」とだけ言って去ってしまった。いや一人だとよく喋るね、ほんとに。
「あーあ。ま、いっか」
私は足元のルーを見下ろす。ルーに大きくなってもらって魔物を薙ぎ倒してもらう方向にしよう。私はあくまで後方支援で。テイマーってそんなものでしょ。
そんなわけで王都に着いた当日は手続きを終え、街中をぶらぶらしてみた。広場には露店があって雑多なものを売っている。アクセサリーとかかわいい!けどいくら「転移門」で行き来するにしても荷物増やしすぎるのよくないしなあ。うんうん唸りながら何個か厳選して買うことにした。
リンテウムと同じく知らない人に声をかけられることもあったが、いい加減慣れたものだ。「魅了」で足止めしている間に立ち去るか、あるいは完全に忘れさせてしまうか。この忘れさせるのもどれくらいのことを忘れさせられるのかわからないけど、私に関わる記憶は消せるみたいなので重宝している。
ギルドでは部屋は貸してくれるけど食事は出ないので外で済ませて帰る。リンテウムの冒険者ギルドは酒場が併設されているからいつも人が多くてうるさいけど、王都のギルドはそこまでじゃない。もちろん素材買取やクエスト掲示板のところには人が多いし、静かというわけではないけど。
ぐるっと回ってみると過去の討伐資料なんかをまとめた図書室があるのを発見した。もう今日は時間が遅いから入れないらしい、失敗したなあ。明日入る時間あるかな?筆記の後に暇があったら行ってみよう。
与えられた部屋はリンテウムの宿より狭くて質素な感じだ。ベッドにルーが乗るスペースはなかったので、床にブランケットを敷いて寝床を作ると不満そうにしながらも従ってくれた。
「ルー、明日はお休みだけど明後日はクエストだから。それまで我慢してね」
「わう」
ひとしきりもふってから私もベッドに横になる。ルーと添い寝じゃないと物足りないのは私も同じだった。