副ギルドマスターの諦念
冒険者というのは無法者である。
冒険者ギルドの仕事は、無法者を統率することである。
それがリンテウム冒険者ギルドの副ギルドマスターを務めているツウェルの「真理」だ。
ランク付けをして力があるものをもてはやすのだから、冒険者という生き物がまともであるはずがない。少なくとも大多数はまともではない問題児だ。そんな問題児を相手取る仕事をし続けていたら気が付けば副ギルドマスターにまでなってしまっていた。ちなみにギルドマスターは「問題児」そのものである。
そんなツウェルがステノと名乗る少女を見たときの第一印象は、めんどくせえ……だった。
A級冒険者の三人に連れられて現れた少女はテイマーなのか、狼系の魔物を連れていた。そして小脇に魔石を抱えていた。
魔石の価値は大きさ、そして濃度で決まる。少女の持つそれは一見しただけでかなり強大な魔物が遺したものだとわかった。そう、ル・ボルアのような魔物が。
ツウェルの予想は的中し、冒険者登録も済ませていない少女――ステノから魔石を買い取るはめになった。ここでステノがさらにめんどくさくなることは目に見えていた。
実力を持つ、しかし明らかに冒険者の流儀に慣れていない少女。何をどうしたらそんな人間が出来上がるのか不明だし知りたくもない(冒険者ギルドでやっていくには人の事情に首を突っ込みすぎない方がいいのだ)が、リンテウムの町を拠点にするのなら話は別だ。とっとと王都にでも行ってほしかったが、ステノは数日後に再び冒険者ギルドに姿を現した。E級のクエストを受けに。
その時からすでに他の冒険者に目をつけられていたらしい。さもありなん、ステノはかなり目立つ美少女だった。辺境でそんな美しい娘がたった一人でE級クエストを受けていたのならそれはもう下心満載の阿呆どもに声をかけられまくるだろう。
幸いステノはうまく交わしているようだったが、それもまた「問題児」どもに火をつけた。そこまで盛り上がってくると数少ない良識的な者がギルド職員に忠告をしたためツウェルの耳にも入ってきた。なぜル・ボルアを倒せる実力者がE級クエストなんかを受けているのか、とっととD級クエストを受けるなり上位ランク者推薦でランクを上げてくれと思ったものだ。あるいはもっと騒ぎになれば早く手出しをできたのだが、ステノに声をかけた全員が声をかけただけで済んでしまっていた。
結局ツウェルが出来る精一杯はD級に昇格したステノに無理矢理C級クエストを振ることだった。なんの躊躇いもなくクエストを受けたステノを見送り、賭けなんぞをしていた冒険者たちを取り締まった。ギルド内規則で冒険者間の賭けは一応禁止されている。しかし話はそれだけに収まらず――。
「……あなたの従魔、ルプス・グランディスでしたか……」
雨の中、大型の魔物がやってきたとパニック気味に駆け込んできた門番に、ギルドにいた冒険者たちはほとんど立ち上がった。辺境の地では異常事態の魔物の襲来に慣れているのだ。しかし、それがテイムされたルプス・グランディスであったなんて、誰が想像できるだろうか。
ルプスは「収縮」すると種族が分かりづらい。おそらくギルドのほとんどの者がステノが連れている魔物はルプス・パウラムだと思っていただろうし、ツウェルもせいぜいルプス・ドゥプレクス程度だと思っていたのだ。
それが「死の地平」に生息する魔物だなんて、あり得るのだろうか。
「死の地平」には、A級冒険者ですら挑むことが困難だ。隣国のアウルム王国では「死の地平」を領土化しようと砦が建てられたという話は有名だが、それこそ愚の骨頂である。物量に物を言わせ人命をすり潰すことでしか維持できない戦線に意味はない。領土としても荒地が広がるだけの場所は旨味も何もないのだ。
張本人は騒動を起こしたことにも興味がないようで、次にギルドに来たのはツウェルが依頼した調査を終えてからだった。その報告書に目を通しながらツウェルは考える。
冒険者になじまない、まだ年若い美しい少女。「死の地平」の魔物を従え、ル・ボルアの討伐を成すほどの実力者。さらにはツウェルが半ばやけくそで振った調査の報告書は簡潔で非常に読みやすいものだった。初めて書いたとは思えない、本人に聞いても経験があると答えた。
ではどこかの軍に所属していたのだろうか?例えば――アウルム王国の「砦」に。「死の地平」に最も安全に近づける場所はあそこしかないだろう。
そうなるとステノはアウルム王国から来た外国人である可能性が高い。ウィリディス・マティスは外の国からの移住を禁じてなどはいないが、アウルム王国は数年前まで小競り合いをしていた相手である。二年前に停戦と共に年嵩の王女を押し付けられたのは記憶に新しい。
まさかこんなに目立つ少女が間諜ではないだろうが、無視できることではなかった。ツウェルは今ステノに押し付けられるC級クエストについて思考を巡らせる。ルプス・グランディスを連れており、ル・ボルアを討伐した事実と共にC級クエスト数個の達成実績があればC級昇格推薦を出しても不自然ではない。そうなれば王都に連れて行き、上の判断を仰ぐこともできる。
ツウェルはこの時点で、ステノという面倒な冒険者が引き起こすであろう騒動の責任をとにかく他の誰かに押し付けることしか考えていなかった。