六年ぶりのごちそう
フェルドに紹介してもらった宿のポイントはズバリ――ご飯がおいしい!である。
だって追放されてから、いや追放される前からロクな食事をしてこなかったのだ。食欲があるのだからおいしいご飯が食べたい!砦の食事はぶっちゃけマズい。物資も限られているから仕方ないけど、王子の側近が司令官になってからはヤツらの配下は贅沢をしていたのを私は知っている。前の司令官は一緒にマズいご飯を食べて魔物を食べる研究すらしていたというのに……!許すまじ。
それはさておき、宿に荷物(と言ってもボスタウルスの角しかない)を置いた私は早速お金を持って宿の食堂へ向かった。
冒険者ギルドで登録すると口座を作ることができ、世界各国の冒険者ギルドで引き出せるという画期的なシステムがある。私は魔石を売った代金のほとんどは冒険者ギルドの口座に入れたままにして、宿の代金や食事代、それから日用品を購入する分だけ現金でもらっていた。
ちなみに財布がなかったため困っていたらウィルが「いらねえからやる」と言って大きな布をくれたので今はそれに包んで持ち運んでいる。布は本当に「いらない」やつっぽくて薄汚れていた。ありがたいんだか微妙なラインだ。
食堂につくと、宿の従業員の人が席まで案内してくれた。ここは従魔もオッケーな宿なので、ルーのご飯も準備してくれる。ありがたいことだ。従魔によっては食べるものが特殊なので対応できないこともあるそうだけど、ルーは雑食なので私と同じものを食べても多分平気だと思う。もちろんその分お金はかかるけど。
そんなわけで頼んだのは日替わり定食だ。「苦手なものはありますか?」と尋ねられたけどパッと思い浮かばなかったのでオススメにしただけである。しいて言うなら、味もついていない焼いただけの肉はできれば食べたくないかな……。
「っ!お、おいしい……!」
そしてようやく文化的な食事にありつけた私の感想は、それに尽きた。
味がする!しかも塩だけとかじゃない、手の込んだ味だ。特にスープはいろんなものが溶け込んだ味――そう、コンソメの風味だ、これは。故郷を出て実に六年ぶりに口にするコンソメスープに泣きそうになった。
パンもお肉も柔らかくておいしい。ソーセージ、砦で食べたのはこんなにジューシーでおいしかった記憶がないけどあれは一体何だったんだ。野菜も新鮮でこれはオイルと塩だけで食べられちゃう!子どもの頃の生野菜を嫌って食べなかった記憶が今更蘇ってきたけど直ぐに忘れた。おいしいんだもの。
うっかりガツガツ食べてしまったけど、胃袋は正直で白旗をあげるのは早かった。でも少なめでお願いしたおかげで完食できてよかった。私の足元でお肉の骨をあぐあぐと噛み続けるルーも満足そうだ。
「ご満足いただけましたか?デザートはどうなさいますか?」
席に案内してくれた従業員の女性がにこやかに声をかけてくれたけど、デザートはやめておいた。くう、縮んだ胃袋が憎い……!早くいっぱい食べられるように頑張ろう。デザートが食べたい。今の私は食欲の悪魔だ。
「すみません、デザートは大丈夫です。でもご飯はどれもおいしくてお腹いっぱいになりました、ありがとうございます」
「ふふ、おいしいそうに食べてくださったのでこちらも嬉しかったです」
バレてたっぽい。いや、喜んでるんだからいいことよね、うん。
「この後はどこかお出かけになられますか?」
「いえ、もう暗くなりましたしやめておきます」
「かしこまりました。お部屋でゆっくりおくつろぎくださいね」
親切に声をかけてもらえたので気分良く部屋に戻った。実はこの宿、かなりの高級宿なのである。浴室が部屋についてるし、タオルなんかも用意されている。部屋に戻るとなんと!ルー用の寝床が準備してあった。ホスピタリティを感じる。
フェルドたちは装備からもわかったけどかなり稼いでいるんだろう。私が魔石を売ってなかったらこんなところ泊まれなかったからね。ビミョーにボンボンな感じがするのは気のせいじゃないだろう。
「ま、もうそんなに会わないでしょ」
私はなりたて冒険者だが、向こうはA級だ。積極的に会いたいとは思わない。部屋に戻って体を清め、おいてあったバスローブに身を包んでベッドにダイブする。
柔らかい寝床、サイコー……。ここ二年は布団を干す暇すらなかったからなあ。清潔の魔術を使っていても天日干しは大事だと思う、フカフカになるから。
ルーも寝床にうずくまるのかと思いきや、なぜかベッドに乗り上げてきた。浴室でルーもきれいにしたからいいけど、もしかして一緒に寝るつもり?寝床準備してもらったのに。
「ルー、そっちで寝ないの?」
「くぅーん」
「……おねだり上手よねえ。いいわ、おいで。これだけ広ければ二人で寝ても窮屈じゃないわ」
これまで散々ルーを布団扱いしておいて邪険にはできなかった。宿の人にベッドにあげたことを怒られるかもしれないがその時はその時だ。禁止事項にも書いてなかったし。
水浴びに加えて石鹸で綺麗にしたルーの毛皮はいいにおいがする。明日は服や日用品を買うのと、ルーの手入れ用品も探そうかな。従魔識別用の首輪も必要だ。「収縮」を使う従魔向けに特注品が作れる、というのを聞いたことがある。魔石のお金で足りると思うけど、足りなければ「魔の森」に行ってみよう。冒険者ギルドで依頼を受けられるらしいし。
「ふふ……なんだかわくわくする!」
新しい生活が始まるのだ!毎日毎日擦り切れるほど働いて、セクハラ発言をかまされまくることはもうない。そう思うだけで清々した。好きなことを自分で計画して実行できるってなんて楽しいのかしら。
いい気分で目を閉じる。きっとよく眠れるだろうという確信が胸の内に満ちていて、すぴすぴと聞こえるルーの寝息もまたいとおしかった。