A級冒険者の誘い
町までの道は、フェルド曰く「ルーの遠吠えのおかげ」で魔物は全くでなかったのでとても楽だった。いろいろと話を聞けたしね。私と話していたのは主にロサだった。というか、私があんまり男性が得意じゃないので積極的に話しかけたいとは思わない。
ロサたちはA級――つまりギルドランク最高位の冒険者だった。そりゃ自分たちが有名だと思うよね。ギルドランクなどのシステムは以前司令官から教えてもらったことがあったので、話にすんなりついていけて助かる。
普段は王都を拠点にしていて、近くのダンジョンにもぐることが多いのだそう。でも今回は「魔の森」の依頼を受けた。というのもウィリディス・マティスにはあるものがあって、王都から辺境へ向かうのが非常に簡単なのだとか。
「『転移門』?」
「そう、ギルドの中でも使える人は限られてますけどね~。こういう緊急の依頼があると使わせてもらえるんですよ」
「そんなものがあるのね」
それは便利だ。ウィリディス・マティスは大きな国ではないが、国境沿いにすぐ転移できるというのは大きい。話を聞くに、東西南北すべての国境に「転移門」はあるらしい。この「魔の森」は西側の「転移門」がある場所だ。
きっとウィリディス・マティスは「転移門」の位置を国境と決めているのだろう。「転移門」さえあれば奇襲は通じない。小国ながら領土を侵されることがなかったのはこの利点を生かしているからだと思う。
「魔の森」に一番近い町、「リンテウム」には日暮れ前にたどり着くことができた。真っ先に向かったのは冒険者ギルドだ。ここでル・ボルアの討伐証明をしなくてはならない。
ロサたちは有名なA級冒険者だからか、ギルドの建物に入るとざわめきが起きた。「フェルドさん!」と受付にいた女性がぱあっと顔を輝かせる。
「ル・ボルアの討伐、いかがでしたか?」
「ああ、討伐は完了しているよ」
フェルドの言葉にわあっとその場にいた人たちが歓声を上げる。しかし、この調子で私が討伐したと言うと……絶対目立っちゃうよね。私は仕方なくフェルドに小声で話しかけた。
「もう少し人のいないところで証明はできないかしら?」
「……ああ、わかった。すまない、個室を用意して上の者を呼んでくれないか?」
「かしこまりました!では第三会議室でお待ちください」
受付の女性はフェルドの言葉に笑顔で頷く。大物討伐で証明を出すのは個室が普通なのかもしれない。しかしル・ボルアにはたくさんの人が迷惑していたようだ。こんなにみんな喜んでいるなんてね。
幸いなことに私の素性を特に詮索されることもなく、四人と一匹で指定された会議室へ向かう。ソファとローテーブルが置いてあるそこは会議室というより応接間みたいだなと思った。
「騒がしくてごめんなさいねえ。この時間帯、仕事終わりの人も多いの」
「仕方ないわ。でも本当に有名人なのね?」
「はは、実はそうなんだ。『転移門』があるおかげでこちらには来やすいからね。知り合いも結構いるんだ」
ロサとフェルドとはにこやかに会話できるが、ウィルはほぼ黙ったままだ、まあちらちらこっちを見てくる視線には敵意を感じないので人見知りなんじゃないかと思う。そうじゃなくたって私には関係のない話だ。
雑談しているとすぐに会議室のドアがノックされた。ドアを開けたのはひょろりと背の高い男性だった。
「さてさてどうも、お待たせしましたお三方……と、お嬢さん。私は当リンテウムの副ギルドマスターを務めております、ツウェルと申します」
細い目をさらに細めて挨拶をしてくるので、私も立ち上がって名乗った。
「どうも。私は――ステノです」
うっかりいつもの癖で聖女ステノと名乗りそうになったので若干間が空いてしまった。だって毎回毎回聖女ステノと名乗らされてたからほぼ脳死なんだって、自分から聖女と名乗る羞恥心もすり減って皆無だったし!ただでさえ怪しい人物なのにヤバいかなと冷や汗をかきながら平静を装う。
「ステノさんですね。どうぞお座りになってください。さて、この度はこのお三方にル・ボルアの討伐を依頼させていただいておりましたが、どうにもステノさんが関わっていらっしゃるようで」
飄々とした口調で責められている感じはしないが、居心地は悪い。フェルドは頷いて口を開いた。
「ああ、我々がル・ボルアの目撃された場所に到着した時すでにステノ嬢がル・ボルアを討伐完了していたのだ。ステノ嬢、魔石を」
「はい」
言われて持っていた魔石を机の上に置く。ツウェルさんはまじまじと魔石を眺めてから「手に取っても?」と尋ねてきたので頷く。手袋をはめた指先が慎重に魔石を持ち上げた。ここまで素手で雑に運んできたので丁寧に扱われるとハラハラする。
「ほほう……これは間違いなくル・ボルアクラスの魔石でしょうね。A級冒険者であるあなた方の証言があるのなら間違いないでしょう」
どこか機嫌よさそうにうなずいているので私が倒したということは大きな問題にはならない、と思いたい。ツウェルさんはひとしきり魔石をまわしたり眺めたりした後元の場所に戻して私に向き直った。
「しかしステノさんは冒険者登録を受けておられませんよね。ル・ボルアを倒せる冒険者となると限られていると思いますが」
「……ええ、登録はしていません。ここで登録することはできますか?」
「ええ!もちろん。職業は――テイマーですかな」
視線が小さくなったルーに向けられる。
「しかし登録前に達成した討伐は実績に数えられません。その点だけご了承願いたい」
「かまいません。依頼が出ていると知らなくて倒してしまったのは私ですので。ただし、この場でその魔石を買い取っていただけます?」
ル・ボルアのもの、かつ私が討伐者であると証明されている現状でこの魔石は手放しておきたい。ル・ボルア討伐実績が加算されないのなら、私は登録を受けたとしてただのE級冒険者だ。そんな人間がル・ボルアの魔石を持ってきても盗品を疑われる可能性がある。
「ステノ嬢、いいのかい?このレベルの魔石は加工すると強力な武器になるが……」
「いいのよ」
武器が欲しいわけではないし、あとこれくらいの魔石でいいなら最悪「死の地平」に行けば手に入る。惜しむものではない。今欲しいのは、そう、現金である。
砦にいたころは手に入れた魔石はすべて武器に加工していたので売り払うとなると相場がかわからない。ツウェルさんが言った値段はだいたい平民が一年は暮らしていける価格だった。……そんなに高かったの?ロサたちの様子をうかがってみても変な価格ではないっぽいので了承する。
「では買い取らせていただき、ル・ボルアの討伐は完了としましょう。ウィル殿、ロサ殿、フェルド殿も王都よりご足労いただき感謝しています」
「また何かあれば呼んでくれ」
意外なことに答えたのはウィルだった。ウィルを最初に呼んだということは……あれ、フェルドがリーダーじゃないのかな?
「ええ、もちろん頼らせていただきますよ。ステノさんもこれからの活躍を期待していますので」
へらへら笑うツウェルさんと一緒に会議室を出る。三人のことはともかく、無事に資金を入手出来てよかった。ボスタウルスの角もあるけど、ル・ボルアの魔石でこれくらいの価格になるなら「死の地平」の魔物だと目立ちすぎるかもしれない。ひとまずは温存しておこう。
そのあとロサに教えてもらって冒険者登録を済ませたけどこれは一瞬だった。ステータスの称号に「E級冒険者」が無事に追加されていたので問題ないと思う。これで身分を手に入れるのはクリア、あとはこの町で生活基盤を築いていかなきゃ。
私が決意するのとは裏腹に、何か考え込んでいたフェルドが顔を上げた。
「ステノ、よければ俺たちと一緒に王都に来ないか?」
「……え?」
完全に予想外だったので面食らう。ロサも驚いてる様子なので、フェルドの独断だろうか。
「ステノはかなり強くなると思う、いや、実際に強いと思う。王都なら貴重な装備もすぐそろうし、何かあれば俺たちも手助けができる。冒険者としてランクを上げたいなら手っ取り早いと思うんだ」
……なるほどね。私はフェルドに「魅了」を一切使っていないので、これは彼が自分で判断した誘いなのだろう。話を聞いていると悪くはないと思う。この辺境の地よりも王都のほうが人も物も多い。それにA級冒険者である彼らとのツテがあるのだから、冒険者として成功するならこのリンテウムの町よりやりやすいのだろう。
――でも。
「お誘いありがとう。でも結構よ、私あまり人が多いところ好きじゃないの。しばらくはこの町でゆっくりしたいわ」
「そうか、わかった」
「ちょっとフェルド、いくらなんでも急すぎよお。ステノさん、ごめんなさいね~」
「いえ、いいのよ」
私にメリットはあるが、彼に何かメリットがあるだろうか?そう考えると簡単に乗れるものではなかった。私が人が多いところが好きじゃないというのは本当だしね。もう貴族とかにも関わりたくないので、王都は正直近寄りたくない場所だ。
フェルド、ロサ、ウィル。高位の冒険者であることは確かだが、完全に信用しきることはまだできない。そんな相手にこれ以上借りを作るのもね。
以前よりずっと疑心暗鬼になっている自覚はあるけど、これから一人で生きていくには必要だ。だから誘いを蹴ったことに後悔は少しも感じなかった。